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剣を取れ!

 弓の競技は達人と名高いマクレガンと、同じく弓で鳴らしたトマス=ハリスとがほとんど同時に射を終えた。正確に的を射ていった二人の技に観客は皆、魅了され、ざわめきと控えめな拍手が起こる。


 評定(ひょうてい)は僅差だった。だが、マクレガンの得点が上だった。観客席から疑問の声が起こる。口さがない者は、マクレガンの出場できる機会が今年で最後だから、審査員が甘い判定を下したのだと言い放った。中でも怒りを露にこの評定に不服を申し立てたのは勝者であるマクレガンであった。


「納得いかん!」


 兜をむしり取った大男は、憤怒に髪を逆立て怒声を轟かせたのだ。六フィートを超すマクレガンが拳を眼前に突き出し大声を上げる様に文官は真っ青になる。だが、彼を止めたのはトマス=ハリスだった。いつものようにへらっとした態度でふた言、三言マクレガンに告げると、大男は引き下がった。


「さて、切り替えていこう」


 負けたというのにトマス=ハリスは晴れがましい表情で手を打ち合わせそう言うと、マクレガンと共に馬術競技の準備に取り掛かっていった。順当にスローン、セドリック・ドゥケス、トラン、ベイジルが勝ち上がっていき、ジェレミアとフレデリックもほぼ同点、わずかな差でフレデリックが勝ちを拾った。


「悪いね、ジェレミア」

「いや、いい勝負だった」


 二人が手甲に覆われた拳をぶつけ合い健闘を称えると、そこかしこから女性たちの悲鳴が上がる。流し目も優雅な黒髪の貴公子フレデリックと、爽やかな笑顔が胸をくすぐる炎髪のジェレミアとは、女性客を二分するほどの人気だ。まだお気に入りの聖堂騎士に向かって薔薇を投げる時間ではないにもかかわらず、その大多数の行き先は知れたも同然だった。


 続く馬術競技では、弓の順位が芳しくなかったヨックトルムが豪快な斧の技を見せ、会場を沸かせた。ヨックトルムが大きく拳を突き上げると、大きな歓声が上がる。ジェレミアがそれに続き、また、第一分隊のギィとトランが上位をかっさらってその実力を見せつけた。本人に派手さはないものの、堅実な運びと技の冴えがきちんと評価された形だ。弓の競技ではもたついて最下位だったロクフォールも、ここでは上位に躍り出て名誉を挽回した。






 前半二つの競技を終えて、トマス=ハリスらは昼食の席を囲んでいた。鎧も脱いでサーラが腕を振るった料理の数々は、そこらの店に負けないくらいに見た目も味も素晴らしかった。食べ過ぎると後半戦に支障が出るのが分かっていても、ロクフォールは誘惑に耐えられずにいた。一方、初戦でロクフォールと当たってしまったベイジルは既に体力を使い果たしているのか、勝ちを譲るつもりなのか食事には手をつけずに横になっていた。


「せめて戦って散れ、ベイジル」

「……自分こそエースにボロ負けだろう。みっともない試合するなよ、ラペルマ」

「……へぇ」

「やめないか、二人とも。ベイジル、せめて果物くらい食べられないか?」

「……分隊長、ありがとうございます」

「あっ、ならレモネードをどうぞ!」

「………………」

「どうしたんですか、寝ちゃダメですよ!」


 ベイジルはレモネードが差し出される前に、頭を抱え込んで寝たフリをしはじめた。以前にエトワールの苦酸っぱすぎるレモネードを飲んでひどい目に合っているベイジルとしては遠慮したいのだろう。ジェレミアが笑って彼女の手から飲み物をさらった。


「そろそろ個人の技を披露する時間だ。ベイジル、用意しよう。……あれ、これレモネードじゃない、蜂蜜林檎だ」

「えっ、やだ……」

「あ、甘いんだったら、いただきます」


 変わり身の早いベイジルだった。聖堂騎士たちのアピールタイムでは、歌を吟じる者もいれば、術を披露する者もいる。ヨックトルムは縦に三つ重ねた水樽を斧の一撃で叩き割って見せたし、トマス=ハリスは続けざまに放ったナイフで十フィート先に置いた林檎を五つ、真っ二つにしていった。ジェレミアは請われて黒術を見せ、フレデリックは弦楽器を演奏した。


 トマス=ハリスが喝采を浴びて戻ってくると、興奮に頬を赤らめたエトワールが跳びはねるようにして出迎えた。サーラがたしなめるのも聞かず、称賛の言葉を捲し立てる。


「トムさん、すごかったです! 皆さんも! わたし、どうしましょう、すごく楽しいです」

「そりゃ良かった」

「わたしはもう、救護の席に戻らないといけないのですが、近くでトムさんの演目が見られて良かったです」

「そうか……」


 トマス=ハリスは名残惜しそうに目を細めてエトワールを見た。その寂しそうな笑みにエトワールの胸はきゅっと締めつけられる。どうしてこの(ひと)はいつも、何か言いたいことを言わずに秘めているように笑うのだろうかと。どうしていつも、これで最後だと言うように自分を見つめるのだろうかと。


「トムさん、気をつけてくださいね。無茶しないで……」

「はは、オレはいつだって無茶はしないさ。もっと本気を出せと叱られてるくらいだよ」


 トマス=ハリスの言葉に、エトワールは胸中で「嘘ばっかり」と呟いた。初めて会ったときに“炎の尾持つ(ファイア)殺戮者(スパイク)”を相手に死を覚悟で立ち向かった彼の姿を忘れたことはない。そんな彼を見たエトワールだからこそ、今から始まる試合の行方を思い描いて心穏やかではいられなかった。


 ここからは怪我人が出て当たり前の実戦的な一対一の勝負が始まる。よほどのことがなければ死者は出ないはずだが、絶対とは言い切れない。エトワールがことさらトマス=ハリスの身を案じるのも、彼が全く術を使えないことを考えれば無理もないことだ。しかも相手は剣を持たせれば達人級の腕前を誇る第五分隊のエースという男だ。事前の評価を聞けばトマス=ハリスが勝てる相手ではない。


(だからといって、棄権したらどうかなんて、そんなことは言えないわ。勝てない相手だとしても、立ち向かうのが彼らの生き方だもの……)


 刃を潰した剣ではなく、研ぎ澄まされた本物の長剣での試合である。場合によっては腕が斬り飛ぶこともある。エトワールは思わず涙ぐんだ。


「……戦勝を祈って、贈り物をしても良いですか? わたしのリボンを結ばせてください」

「それは……」


 戦いに赴く者に女性が持ち物を与えるのは、勝利への祈りではあるが、それ以上に愛する者の無事を願うまじないでもある。見る者が見れば、彼の鎧に結ばれたリボンが誰からの物かすぐに分かってしまうだろう。


「わかっています。ですから、見えないところに……」

「……?」


 エトワールはトマス=ハリスの髪を結っている紐を指さした。その意図に気がついた男は、草むらに腰を下ろして彼女が結びやすいよう首を傾けた。エトワールは嬉しさに小さく笑みをこぼし、青いリボンを外れないようにしっかりと留めた。


「お返しと言うには微妙な品なんだが、これを持っていてほしい」

「あら、ブローチ……? 可愛いですね。あ、これはもしかしてあの夜の……」

「そうだ。きみを連れ出した夜にオレが持っていた物だ。葉っぱのところが外れて、小さなナイフになってる。ジェレミアに貰ったんだ」

「ふふふ、護身用ですか?」

「まぁね。きみに変なヤツが寄ってこないように」

「えっ……」


 エトワールは驚いたように視線を跳ね上げ、自分を見つめる薄い緑色の瞳を見返した。そのまま互いに視線を外せずにいる二人を引き裂くように、サーラが大きく咳払いをする。存在を忘れ去られていたサーラとドニだった。


「お時間、なくなりましてよ?」

「ああ、どうも……」

「もう、サーラったら!」


 しかし、そのおかげでトマス=ハリスは鎧をつけて試合に参加するのに間に合ったのだった。エトワールの祈願のおかげか試合運びは五分五分、エースの猛攻を凌ぎつつ反撃を狙うトマス=ハリスの姿に観客は魅了された。決定打のないまま時間だけが過ぎ、二人の戦いは他の組よりも長引いていた。


「エース、強化の術はどうした……?」

「お前が使わないなら、俺も使わない」

「格好いいね、色男」

「抜かせ」


 荒く息を弾ませながら、からかうように疑問を投げかけるトマス=ハリスに、エースは憮然とした態度で答える。格下の相手ごとき、術なしでもさっさと下せるだろうと慢心していたエースだったが、意外な粘りを見せるトマス=ハリスに内心では苦い思いをしていた。ここまできて今さら術を使おうものなら大恥だ。時間がかかればかかるほど、彼の評価に傷がつく。エースは焦りを感じていた。


「来ないなら、こちらから行くぞ!」


 エースは吠えると共に大きく足を踏み出していた。






 その頃、ジェレミアは試合を終えたロクフォールとベイジルを労っていた。二人の腕前は拮抗していたが、やはり体力で劣るベイジルをロクフォールが下して勝ち越した。


「二人とも、良い試合だったぞ」

「ありがとうございます!」

「……ラペルマはどうなりました?」

「まだ、負けてない」

「じゃあ、見に行ってやらないと! 分隊長、自分たちには構わず、先に行ってください。おれはベイジルの奴を担いですぐに追いつきます!」

「……おい」

「わかった。じゃあ、先に行く」

「はい!」


 ジェレミアはふっと微笑って、くたびれきった二人を残して試合会場へ足を向けた。ロクフォールはああ言ったが、実際には次の試合に向けて体を休めるだけで精一杯だろう。ジェレミアが気を遣わないよう強がってみせたのだ。


 だが、会場の人ごみを掻き分け進む途中、ジェレミアは呼び止められた。振り返ると、まだ若い聖堂騎士だった。彼はジェレミアの顔を見もせずに捲し立てた。


「あの、その赤い髪、あなたがラペルマさんですよね?」

「え? いや……」

「隊長が探していましたよ。聖堂の、鐘つきの塔まで急いで来いと。確かに伝えましたから!」

「あっ、ちょっと待て僕は……!」


 見回りの当番か何かなのだろうか、まだここに来て日が浅い新入りの彼にはトマス=ハリスとジェレミアの違いを見分けられなかったようだ。ジェレミアの格好も悪かった。今は鎧をつけておらず、他の聖堂騎士と同じ布の服だったし、分隊長の銀鼠のマントも脱いでしまっていた。


「どうして隊長が……?」


 気にかかるのは急ぎの用件ということと、指定された場所だ。鐘つきの塔と言えばエトワールのことと関係があるに違いない。この予選にはアウストラルの貴族も観戦しに来るという噂もあった。もしかしたら何か良くない事態が起こったのかもしれない。


「…………」


 ジェレミアは試合会場とは反対方向の鐘つきの塔へ走った。

★いちゃいちゃする二人★


エトワール「ふふ、トムさんの髪の毛って、思ったより固いんですね!」


トム「そうかな」


エトワール「そうですよ」


トム「ほどけないようにキツく頼むよ」


エトワール「は~い」


トム「兜を脱いだらバレる気がするんだが」


エトワール「大丈夫ですよ、きっと。鎧の首の部分がありますから見えません」


トム「エトワールも、ブローチは見えない位置にな」


エトワール「心配性ですね、トムさんは!」


トム「そりゃあ、まあ。きみはジェレミアの婚約者なわけだし……」


エトワール「やだ、言わないでください……」



サーラ「こ、こんな野良犬ごときに……お嬢様……!(白目)」

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