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 ルールや選手説明が間に合いませんでした。申し訳ありません。今夜、割り込み投稿でこの話の前に入れておきます。

 朝食を済ませて鎧を着けていく。日常では使用することのない全身板金鎧だ。皆それぞれ少しずつ意匠も違えば寸法も違うし、年代物の鎧やら部位によって材質が違う物もある。例えばオレの鎧は親父から継いだものを鍛え直したものを一部に流用しているし、ジェレミアの物は兄貴が勝手に作って押し付けたものである。どれにとっても言えるのは、着用者に合わせて調整してあるために、本人以外がそれを着られるなんてことは滅多にないということだ。


 ロクフォールが分隊長の証である銀鼠のマントをジェレミアに着せ、金具で固定するとそこかしこから感嘆の溜め息が聞こえてくる。正装のジェレミアはその美貌と威厳があいまって惚れ惚れするほど美しかった。しかし本人は全く気にしていない風で兜の具合を確かめている。心強いことだ。


「ジェレミア! ああ、何てことだ、私がマントを掛けてやりたかったというのに!!」

「ああ、おはよう、フレデリック」


 銀鼠のマントを翻し、騒がしくこちらへ駆け寄ってきたのは言わずもがな、第六分隊長のフレデリック・ガルムだった。いつにも増して男前を上げているが、邪魔臭さはさらに増している。ベイジルが迷惑そうな表情を隠しもしないでいるのに気がつかないんだか無視しているんだか。オレの隣でロクフォールが小さく呻いた。


「とてもよく似合っているよ、ジェレミア。やはり君の美しさを惹き立てるためには装飾もそれなりの物を用意しないといけないとも。ああ、麗しき暁の騎士よ、私に君の勝利を祈らせてはくれまいか!!」

「構わないが、僕たちは今日は敵同士……」

「なんて甘美な響きだろう! いやなに、競争相手ではあるけれども対立しているわけじゃないだろう? 冠を戴くのは君だよ、ジェレミア」

「えっ、僕と戦わないつもりなのか? きみとの試合を楽しみにしていたんだが」

「そ、そうだったのかっ!! ……では、ご期待にお応えして、本気でやることにしよう」


 頬を赤らめ、ぐっと握りこぶしを作るフレデリック。どうでもいいがジェレミアしか目に入ってないな、コイツ。本気で他の参加者なんてゴミ同然と思っている顔だ。それがこちらを向き、初めてオレに気がついたというように笑いかけてきた。


「やあ、トム。おはよう。もしやジェレミアにマントを掛ける栄誉を担ったのは君かな?」

「いや。ロクフォールだけど」

「なんだって……。くっ、前から思っていたがどうして君はいつもいつも一歩引いた位置にいるんだい? 今年は白騎士と黒騎士が同時に交代するんだ、今日はジェレミアにとっては輝かしい歴史の始まりなんだぞ、義兄弟の君がそれを応援しなくてどうするんだ!」

「いやぁ、応援はしてるぞ」

「なら態度で示したまえ。手をこまねいているうちに横からさらわれてしまうぞ、今、現に私が間に合わなかったように! 全力疾走で来たというのに!」

「はいはい、頑張ったね」


 大げさな身振りのフレデリックを労ってやると、なぜか怒られた。理不尽だと思う。さらに説教めいた小言が続きそうだったところ、いいタイミングでセドリックが割り込んできてくれた。フレデリックの補佐役でオレが弓の指導をしてやった後輩だ。素直そうな顔をしているが食えないヤツである。


「すみません、ウチのがお邪魔しちゃって。さあ、もう行きますよ、フレデリックさん」

「引っ張るな、セドリック。私はまだジェレミアと話が……」

「ないでしょ、そんなの。あ、ジェレミアさん、この間淹れていただいたお茶、すごく美味しかったです。また誘ってくださいね」

「ああ、もちろんだとも」

「初耳なんだがっ!?」


 セドリックの言葉に驚愕するフレデリック。そのまま引き摺られながらもフレデリックはまだ叫んでいた。騒がしいヤツらだな、まったく。


「お前、いつの間にドゥケスと仲良くなってたわけ?」

「僕がここに来て、フレデリックが話しかけてくるようになってから割りとすぐだな。毎日じゃないが、いつも朝練で一緒になる」

「へぇ。そりゃ知らないわけだ」


 オレもフレデリックも朝に弱いからなぁ。そうこう言っていると入場準備の銅鑼が鳴った。皆、ぞろぞろと野外の試合会場まで移動していく。第一分隊から順に兜を脇に抱えて一列で入場するわけだが、被ったまま入場する者もいる。変わり者のパドルーや弓の一強、マクレガンがそうだ。ウチでは緊張しやすいロクフォールが兜を脱がない派だ。まだ観客席も見えない段階で、ロクフォールは兜を被った。


「大丈夫か?」

「大丈夫じゃない……」

「平気だ、誰もお前なんて見てない。皆、ジェレミア分隊長を見てる」

「ベイジル?」

「そ、そうか、なら平気だな……!」

「それでいいのか、ロクフォール」


 だが、ベイジルの言う通りだった。千にも及ぶかと思える観客たちが熱狂的な拍手と声援でオレたち選手を迎える。その多くが有力な聖堂騎士たちやここの土地に配属されて長い聖堂騎士たちに注がれている。そして、オレたちのすぐ前を行くジェレミアが入場すると歓声はいっそう極まった。うら若き乙女たちの黄色い悲鳴に混じって男たちの低音の吼え声が聞こえてくるのは、まあ、ご愛敬だろう。


 そんな中でオレだけに向けられる声援があった。


 救護班の設けられた席から立ち上がり、オレに向けて手を振るのはサーラ嬢とドニに付き添われたエトワールだ。オレが手を振り返すと、彼女は白い歯をきらめかせて笑った。


『救護席から一番良く見える位置に君の射場がくるように配置したから、上手くやりたまえよ』


 そんなフレデリックの言葉が思い出される。最初は余計なことをしてくれたと思ったものだが、ヤツは悪びれもなく「彼女の愛を受け取らないことと、彼女の愛を自分に向けておく努力は別に矛盾しない」と言い放ったのだ。傲慢な男だ。だが、オレの中にも同じような気持ちがあったことは否定できない。


 エトワールを愛することは苦しい。だが、彼女の愛を失うこともまた苦しい。オレに向けられるあの微笑みが、別の男に与えられるかと思うと心が痛むのだ。


「身勝手だ……」


 オレの呟きを、近くにいたヨックトルムが聞き付けたのか、憎々しげな視線が突き刺さる。「お前のことじゃない」と言ってやりたかったが、そんなことをすれば開会式中にもかかわらず乱闘騒ぎが起こってしまうだろう。傲岸不遜なヨックトルムが、まさか自分のことだと勘違いするような繊細さを持ち合わせていたことに驚きだ。


 式が終わるとすぐに弓の競技が始まる。オレは足早に移動することでヨックトルムの追撃をかわした。こんなところで集中を乱したくなかった。


 狙うは、的だけ。


 今は、オレより格上のマクレガンのことも、競技の点数のことも頭から消す。エトワールはきっとオレの射を邪魔しないよう、声を出さずに祈ってくれているだろう。だが、彼女のことも今は考えない。意識は的と、空気の流れにだけ向ける。使い馴れた弓の重みが手に伝わる。合図の瞬間、オレの体は流れるように自然と動き出していた。

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