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相容れない存在

 先週は唐突に更新がストップして申し訳ありませんでした。ここからは流れが止まらないよう頑張ります。よろしくお願いいたします。

 朝が来た。鐘の音が聞こえる。だが、これはきっとエトワールの鳴らしたものじゃないだろう。しゃっきりとしない頭を覚ますために顔を洗い、口をゆすぐ。いつものようにジェレミアが朝食を作って待っていてくれた。


「おはよう」

「……おはよ」


 ひとり足りないのは第六分隊にしょっぴかれているからだろう。隊舎の外にある食堂へ流れていく者たちの恨みがましい視線が刺さる。ははは、羨ましいだろう、でも食べたきゃ自分で作りたまえよ。まあ、可哀想なので言わないが。食卓に載っていたのは休日用のメニューだ。赤カブと豆のサラダ、半身にした白身魚のソテー、パンという朝食をありがたくいただく。塩味の効いたバジルのソースがもちっとしたパンに絡んで美味い。


 今日も食卓でどこの隊よりも早い会議(ミーティング)が始まる。ジェレミアは書類仕事、ロクフォールとベイジルは清掃の仕事、そしてオレの仕事は越してくるエトワールのために鐘つきの塔を綺麗にすることだった。オレだけで、だ。異議を唱えようと思ったが、ジェレミアの有無を言わさぬ笑顔に負けた。昼食が終わったら全員で家具の搬入を手伝いに来てくれると言うから、それまでの辛抱だ。エトワールと二人きりも気まずいが、サーラ嬢に睨まれるのはなおさら気まずい。そのときにはドニと作業しよう。


 結局、来たのはエトワールはひとりだった。鐘つきの塔の下に立つオレを見つけると、大きく手を振って駆け寄ってくる。今日は黒い服ではなく、動きやすそうな木綿のブラウスに膝丈のスカートだった。襟ぐりの大きく開いた白いブラウスが眩しい。サフラン色のスカートもよく似合っている。



「トムさ~ん、おはようございま~す!!」

「ああ、おはよ……。どうして誰も連れてきてないんだ、危ないだろう?」

「そんなことありませんよ~。とっても親切なひとばかりで、素敵な街です。お仕事に出掛ける聖堂騎士さんたちも、手を振ってくださいましたよ」

「……鼻の下伸ばしやがって」

「え?」

「いや、なんでもない」


 さっそく掃除しようと、まずは道具を取りに行く。エトワールは何にでも興味津々で、通りがかりにある建物だけでなく、置いてある道具や小さな菜園にまで、見たり寄ったりとはしゃいでいた。塔への帰り道、鎧を着けて任務に出るヨックトルムの第四分隊を見かけた。無視して通りすぎてくれないかと願ったが、残念ながら気づかれてしまった。


「そこの赤毛、リスタールかと思えば……ハッ、ラペルマか。こんな所で何をしている」

「…………塔の掃除を任されたんでな。今から行くところだ、そこをどいてくれないか」

「どいてくれないか、だと? お前が避けていけ」


 ……コイツのやりくちは分かりやすい。オレを怒らせて失態を犯すところを狙っているのだ。


「お言葉ですけど……!」

「よすんだ、エトワール」

「ん? 何だ? 言いたいことがあるなら言ってみろ」

「…………」

「特になにもありませんよ。じゃあ、オレたちは避けていますから、どうぞお通りを」

「フン、なら引っ込んでいろ! ……ああ、そういえばブーツのベルトが緩んでいたな。そこの女、お前が直せ。やり方くらい分かるだろ?」

「なっ……!」

「オレがやろう」

「ト、トムさんっ!」


 ヨックトルムの相手構わずな挑発にオレも一瞬、手が出かけた。丸腰で良かった。でなければきっと、ジェレミアに迷惑をかけるところだった。オレはさっと前に進み出て、ややぬかるんだ道に跪いてバカのブーツを正してやった。取り巻き連中の薄ら笑いも、侮蔑の言葉もいい。気にならない。だが、髪を触られるのだけは勘弁ならなかった。ぞわりと背筋に悪寒が走り、オレはヨックトルムの手甲のついた腕を跳ね上げていた。


「っ! 触んな……」

「この色を見るとつい、むしりたくなるんだよな。フッ、いいザマだ、お前たちは地面に膝をついているのが似合いだよ! あっはははははあ!」


 このバカの太眉野郎は本当にどうしようもないな。流石にひと言、チクッと刺してやろうかと思ったが、それより前に冷気が流れ込んできた。もちろん、その源流は礼儀的な微笑みさえ消したエトワールだ。


「チッ、行くぞ! ……女に庇われやがって、この腰抜けめ!!」


 ご丁寧に捨て台詞を吐いて、ヨックトルムとその部下たちは早足で去っていってしまった。


「助かったよ、エトワー……」

「わたし、あのひと、嫌いです!」

「おっと。ちょっと意外だな、きみがそんな風に言うなんて」

「……トムさんは、こんなわたしを嫌な子だって、思いますか?」

「いやいや。オレもあんなヤツ大嫌いだしね。でも、きみなら、もう少し遠回しに言うんじゃないかと思っただけだよ」

「トムさん、わたし、悔しいです……!」


 みるみるうちにエトワールの目に涙の珠が膨れ上がる。体の前で組まれた指には力がこもり、かすかに震えていた。オレは思わず手を伸ばして、彼女の頭に触れていた。優しく叩いてやると、しゃくりあげる声が大きくなった。こんなとき、師匠だったらどうしていたかと考える。あの、粗野で乱暴で、それでも女心を掴むのがとびきり上手だったあの英傑は。


「泣くんじゃないよ、大丈夫だから。こんなこと何でもないって」

「でも……でもっ……!」

「困ったな。ほら、おいで。オレのために泣くなんて……」


 背中を叩いて宥めるだけのつもりで抱き寄せた。だが、エトワールはそれでは足りなかったのか、オレの息が詰まるほど思いきり胸元に飛び込んできた。ぎゅっとしがみついてくるその腕を振り払うわけにはいかない。力の強さがそのままヨックトルムへ向けられた怒りなのだと思った。


「……めんなさい」

「え?」

「ごめんなさい。余計なこと、しました。わたしが、何もしなければ、あんなひとにあんなこと、言わせることなんてなかった……!」

「エト、いいんだ。いいんだよ。オレは嬉しかったんだから」

「うぇぇ……」

「ありがとう、エト」


 深くうつむいて顔を見せてくれないエトワールだったが、それでも小さく頷いてくれたのは分かった。その丸い頭を思い切り胸に抱きこむと、笑い声もこぼれる。オレは彼女が離れるまでのしばらくの間、ずっとそうしていたのだった。






 午後になり、ジェレミアたちがやってくると、全く掃除が進んでいない塔の内部を見られて怒られた。ふざけながらも夕食前には全てが整い、皆でそろって食堂まで繰り出す。聖堂にくっつく鐘つき塔に住むエトワールも同じ食事だからだ。ヨックトルムも当然そこにいたが、ちょっかいはかけてこなかった。それはもしかしたら、ジェレミアの隣でペラペラと舌を回している黒髪の伊達男のおかげかもしれない。


 話題はもちろん、すぐ間近に迫っている武術大会(トーナメント)の予選についてだ。ロクフォールたちが任されている清掃の仕事というのは、その前準備や設営の最中に出たゴミの処理だったりするので、最新の情報を交えた会話はよく弾んでいた。


「私とジェレミアの二人は突破するとして、残りの三枠はいったい誰が選ばれると思う?」


 はたと会話が止む。今は予選前半部にやる技の披露を話題にしていたはずだ。そこにフレデリックは「この内の誰が勝ち残るか」と無遠慮に言い放ったのだ。しかもご丁寧に予選出場者が多いこの食堂でだ。さっきまでの喧騒が嘘のように静まり、空気さえも耳をそばだてているように感じる。


「もちろん、勝つのはトムさんですとも!」

「まあ、そうだろうね。だがうちの隊のヘンドリックスも負けてないよ」


 空気を読めないのかあえて読まないのか、エトワールのよく通る声が食堂に響く。剣呑な視線が痛い。今のオレは何の力もない最弱の聖堂騎士なんだ、買いかぶりはよしてくれ。目立ちたくないし、汗水垂らして勝ちあがるつもりはないんだぞ、勘弁してほしい。オレはすぐ脇のジェレミアの黒スグリのシロップが入ったカップを失敬すると気付けにぐいっと飲み干した。


「あっ、こら!」


 椅子を蹴立ててこちらを睨み、肩を怒らせて去っていくヨックトルム。皆の目がヤツに集中した。煩わしいアイツのことすらありがたく思ってしまうくらい、注目ってヤツには耐えられない。頼むからオレをそっとしておいてくれ……。


「僕のだぞ、それを勝手に飲むなんて、信じられない! あ、おい、聞いているのかっ?」

 

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