第四分隊
およそ二巡り半ぶりに宿舎に帰ってきた。旅の間に主座も変わってしまっている。見慣れた建物を見ていると、帰ってきたんだなぁと少しホッとした。おかしいな、オレは仕事人間じゃないハズなんだが。
夕飯までまだ間があり、ジェレミアとフレデリックは仕事の確認をすると言う。だったらオレは荷でもほどこうかと思っていると、ジェレミアに招かれて分隊長の相部屋へと連れて行かれた。ところが、ジェレミアと第四分隊のヨックトルムの部屋のはずなのに、明らかにジェレミアの領域に使われている形跡がある。おいおい、冗談じゃないぞ。
「僕はさして気にしていない。特に見られて困る物もないしな」
「気にしろよ。そこは気にしろ、許すな。何なら今すぐにでもフレディちゃんを呼び寄せて犯人を捜索させるぞ」
「そう言われてもな。ここを使っているのは第四のキャフリーだろう、悪いやつじゃない」
また第四か!
いつもいつもジェレミアに嫌みを言ってくるヨックトルムの顔が浮かんできて不愉快になった。ジェレミアはキャフリーがベッドに投げていた衣服を洗濯物のかごに放り込むと、腰を下ろして珍しく溜め息を吐いた。
「ちょっと、疲れたな」
「大丈夫か? 丈夫さだけがとりえだっていうのに」
「うん……」
いつもならムッとして何か言い返してくるところだ。それが、返事は「うん」ときた。こりゃ重症だ。
「ずいぶんと悩んでるみたいだな。フレデリックのことか? それとも……」
「言えない。きっと、言うべきではない」
「そうか。なら聞かないよ。けど、あんま溜め込むなよな」
「うん」
「お前さんは器用じゃないんだから」
「うん」
俯くジェレミアの柔らかい頭髪をポンポンと叩くと、向こうから手のひらに頭をすり寄せてきたので、しばらく撫でてやった。こんな風に弱気になることなんて、成人してからはなかったというのに……フレデリックのヤツめ。
そうしている内に足音が部屋の前で止まり、急に戸が開いたかと思えばヨックトルムとキャフリーが入ってきた。
「帰ってきていたか、リスタール! だが、隊を失くしたお前に居場所なんかないぞ?」
高圧的な口調で断言する太眉毛。その背後ではジェレミアに負けず劣らずの女顔のキャフリーが麦藁色の髪の毛を揺らして申し訳なさそうに微笑んでいた。
「第三分隊はなくなったわけではない。今日からまたここに戻る、荷物をどけてくれ、キャフリー」
「もちろんですともリスタール分隊長。すぐにでもどけますので、談話室でお待ち願えますか?」
「わかった、そうさせてもらう」
「フンッ、お前が隊を任せたロクフォールと言ったか、ホントに使えない愚図だな。第三に与えられた新人騎士が全員辞退したんだぞ、見る目がないな、お前!」
「…………」
なるほど。
何かしやがったなコイツ。
「隊が成立しなくなって、仕方なくお前の部下をウチに二人加えてやったのに、やたらと突っかかってくるから、追い出してやったんだ。もう会ったか? 奴らは今、掃除係なんだぞ! っはははは!」
高笑いするヨックトルム。どうしてジェレミアは言い返さない? コイツが脅すか何かして配属される新人を辞退させたんだろうに。オレは顔色ひとつ変えないジェレミアに仄かな苛立ちを感じた。だが、ヤツの拳が血の色を失うまで握り締められていることに気がついて、大人しく待つことにした。
「ヨックトルム、僕のことならいくらでも悪く言うがいい。だが、僕の部下を侮辱することだけは、許さない」
「はぁ~?」
「なぁ、第四分隊長さん、少なくとも、ウチの分隊長はアンタより優れてると思いますけど? なにせアンタと違って部下に言うこと聞かせらんなくて追い出す、なんてこたぁしませんからね」
「なんだと!?」
「ウチの分隊長は、言うこと聞くまで根気強く接しますから。そっちと違って」
「ラペルマ! すまない、ヨックトルム。だが、きみの部下の扱い方には物申したい部分がある。追って話をしよう」
「このっ……!」
「ヨックトルムさん、穏便に、穏便に」
「では、失礼する」
「ど~も~」
キャフリーがヨックトルムを羽交い絞めにしている間に、オレとジェレミアはゆうゆうと部屋の外に出た。ぎゃんぎゃん騒いでいる声はこの際、無視することにする。
「まったく、お前という奴は……」
「すんませーん」
「仕方のない奴め」
だが、そう言うジェレミアの表情は優しかった。
しっかしあのヤロウ、どうしたってジェレミアに嫌がらせしたいみたいだな。ヨックトルムはどちらかというと「デキない」類のヤツという印象が強い。体が硬くて無手格闘には向かない、鎧を頼りにしての突撃と膨大な魔力を放出するだけの戦闘スタイルだ。普段は直接戦わない指揮職を務めている。だがそれだって頭ひとつ抜きん出ているわけじゃない。黒術が多彩でどんな魔物にもそれなりに対処できるジェレミアや、対人戦闘における剣技が一流の冴えを見せるフレデリックとは比較にならないお粗末さだ。見ての通り人心把握も上手くない。……ジェレミアがキャンキャン吠えるのはオレにだけだから、それは置いておくとして、ジェレミアは支えて支えられてが上手いと思う。
「あんなのと同室じゃ大変だな。さっすが、ジェレミーちゃんじゃなきゃ分隊長は務まんないわ」
「……僕は、お前の方が向いていると思うぞ。僕なんかより、ずっと」
「ちょっとちょっと、ホント、どうしちゃったのお前。仕方ないな……ほら、おいで」
オレは少々強引にジェレミアを抱き寄せると、その頭を顎の下に抱え込んだ。
「迷うな、ジェレミア。多分、お前が最初に思ったことが一番正しい。だから思ったとおりにやれ」
「ん……」
「お兄ちゃんとして言えることはこれくらいかな」
「……僕のが年上だ」
「そうそう、その調子。頑張れ、お兄ちゃん」
「ふん……」
どうやらここ最近、色々なことがありすぎて頭の中がいっぱいになってしまったようだ。元々が難しいことを考えられるようにできていないんだから、無理をさせるのはよくない。オレとエトワールのこと、フレデリックのこと、第三分隊のこと、すぐには片付かないことが山積みだからな。それにヨックトルムのこともある。……オレのことはさておき、他のことは早め何とかしたいところだ。
「お疲れ、ジェレミア。よく頑張ってるよな、お前」
「何だ、いきなり。もういい、放せ」
「いきなりじゃないだろ、慰めてやってるのに」
「うるさい、いいから、もう放せ!」
「兄貴がやるみたいにほっぺにキスしてやろっか、ほら、何だよ逃げるなよ」
「ええい、やめろ!」
オレのキスを避けようとジェレミアが暴れた。どうやら元気になってきたようだ。良かった良かった、と思っていると通路の先から雄叫びが聞こえてきた。
「何してるんだ、ラペルマーー! ジェレミア分隊長を放せ!!」
「おう、ロクフォール。もう雑用は終わったのか?」
「黙れ、不埒者がぁ!!」
「……雑用じゃなくて、仕事だ。一応」
「お疲れ、ベイジル」
「こらトマス=ハリス、僕の頭の上でしゃべるな!」
「また一人足りなくないか?」
「あいつならまだ第六の仕事の最中だろう」
「ああ、なるほど」
「いいから放さんか! 大丈夫ですか、ジェレミア分隊長!」
「ありがとう、ロクフォール。僕は平気だ」
「良かった! この馬鹿!」
「いって~!」
ようやくいつもの第三分隊らしくなってきたと思ったら、よその隊に「うるさい!」と叱られてしまった。そんなところも含めて、帰ってきたんだと実感した。仕事はどうなるか分からないけどな!
明日からどうなるかなんて、明日になってから考えよう。エトワールのことも、明日になってから……。サーラ嬢の態度に当てられて、ちょっと冷たくしてしまったからな。明日からもうちょっと、優しくしよう。




