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帰還 下

 馬車には女性二人とドニを乗せ、フレデリックが手綱を執る。木々を分けるように踏み固められた剥き出しの道を、オレとジェレミアは徒歩で先行していた。


「……なぁ」

「うん?」

「エトワールは僕の婚約者ということで、皆には紹介しなくちゃならない。だが……やけになってくれるなよ、トマス=ハリス。彼女の心は僕を向いていない、そんなこと、分かっているのだろ?」

「はは、ぶん殴った後は無視で、久々の会話がこれかよ。愛されてんね、オレ」

「…………」

「冗談、冗談。本気にしなさんな、ジェレミーちゃん。これでもオレは、エトワールには幸せになってほしいと望んでるんだぞ? だから、お前さんには期待してるんだよ」


 言外に、「お前が彼女を幸せにしろ」と言ったつもりだった。だが、ジェレミアは黙って悔しそうに唇を噛み締めると、オレを無視して歩き出した。


 いつもならきっと叱り飛ばされている。だというのに、ジェレミアは口を閉じたのだ。失望と同時に罪悪感が押し寄せる。そうだ、オレはジェレミアに叱ってほしかったんだ。今までと同じように「何を言っているんだ、お前は!」と、檄を入れてもらいたかった。あんな表情をさせるつもりじゃなかったんだ……。後悔を胸に抱き、謝るべきか思い悩んだまま足を進める。そのうちに聖堂の頂が見えてきた。小さな聖堂、オレたちの守るべき“人々の心の寄る辺”だ。






 道が終わり、視界が開ける場所に出迎えが来ていた。大柄なロクフォール、やや小柄で地味なベイジル。……うん、一人足りない。


「分隊長~! お帰りなさーい!!」

「ロクフォール、ベイジル。仕事はいいのか?」

「それより一人足んないんだけど?」

「あ、本当だ。奴はどうした?」

「あぁ……あいつは拾い食いして寝込んでます」

「またか!」


 またか……。馬鹿なヤツめ。

 オレはお調子者のもう一人の顔を思い浮かべた。拾い食いはするなといつも言ってるのに。


「ところで分隊長、もしかしてどっか悪いんですか?」

「え? いや、ちょっと旅の疲れが出たかな……」


 あからさまな嘘に二人とも黙った。そうだな、密林で五日間サバイバルして元気いっぱいだったヤツが、馬車の旅で疲れるもんか。だが、どうしてこっちを見るんだ? オレが悪いと思ってるのか?


「ん? お前たち、隊章はどうした?」

「それが……」

「うぅ、面目ないです!」

「自分たちは謹慎中で、隊は……なくなりました」

「なんだって!?」


 ジェレミアは驚きに目を見開いた。オレもちょっとびっくりしている。それはそうとフレデリックが馬車を止めてエトワールたちが下りるのをエスコートしている。こんなところで止まったままなのはマズイ。


「とにかく話は後だ。僕たちは隊長のところへ行かなくてはならない。二人とも、馬と馬車を頼めるか? これは借り物なんだ、返してこなくては……。とりあえず隊の厩舎に空きがあれば置かせてもらってくれ」

「はい!」

「オレがリリオに行って、手続してくるって」

「いや、駄目だ。お前は僕についてこい」

「……へいへい」


 どさくさに紛れて逃げようとしたところ、さっそく襟首を掴まれた。てきぱきと指示するジェレミアの姿を、サーラ嬢がうっとりと見詰めている。フレデリックはいつの間に手に入れていたのか土産物らしき籠を馬車から下ろすと、小脇に抱えてオレに並んだ。


「逃げないって」

「どうだか」

「……信用ないの、オレ?」

「ははは」

「…………」


 ふてぶてしくなりやがって。いや、違うか。コイツは最初から嫌なヤツで、今まではいい子のフリをしてきただけなんだよな。フレディちゃんめ、ジェレミアにもその性格の悪さを見せてみろ!


「フレデリックも、疲れているところ悪いが……」

「もちろん、ご一緒させてもらうよ」

「あ、あの、分隊長……このお嬢さんたちは?」


 ロクフォールの問いかけに、いつになく自信がなさそうに曖昧に微笑んだジェレミアは、エトワールの横に立つと彼女に耳打ちした。そして、作業をしていたベイジルにも声をかけ、彼女を紹介した。


「僕の婚約者の、エトワール・ノレッジ嬢だ。これから世話になるだろう、よろしく頼む」

「エトワールです、よろしくお願いします」


 ロクフォールは顎が落ちるのではないかと心配になるほど口を開け、ベイジルも普段は眠そうな目を見開いていた。祝いの言葉を受けてなぜか誇らしげなサーラ嬢をあまり見ないようにしながら、エトワールの様子を窺った。今まで気がつかなかったが、意外と演技派だったようだ。オレの見てきた彼女は、もっと感情を表に出していたから……。


 ふと、オレの横でミシッという音がした。視線を向けると満面の笑みで籐の籠の持ち手が割れるほど握り締めているフレデリックがいた。


「フレディちゃん? おーい、大丈夫?」

「……聞くな」


 結局、ロクフォールたちとは別れ、六人で隊長が詰めている聖堂横の事務所に向かった。エトワールたちは以前に不法侵入したときにここでこってり絞られているはずだ。良い思い出はないだろうが仕方がない。オレたちが許可を得て室内に入ると、隊長は書類仕事から顔を上げて嬉しそうに笑った。


「良く帰ってきたな。ささ、ちょっと座れ。色々聞かせろ」

「いえ、挨拶だけして帰りますから」

「そう言うなよ~」

「貴方は仕事をしたくないだけでしょうが。後回しにしたって誰も代わってくれませんよ」


 エトワールに来客用の椅子を勧める隊長に副隊長が釘を差す。それに動じないどころか、隊長は机の引き出しからおやつまで取り出してきた。


「かわいい()だなぁ、干し芋食うか?」

「まぁ、美味しそう。ありがとうございます」

「お、お嬢様、干し芋なんてそんな……」


 おいおい、ご令嬢相手に出すものが干し芋だと? オレは黙っていられなくなってついつい口を出してしまった。


「隊長! オレにもくださいよ」

「おう、いいよ」

「甘いですね、これ。サーラも食べる?」

「いいえ、結構です!」


 そんなオレたちの背後で、ジェレミアは真面目に第三分隊の処遇についてを副隊長に問いただしているようだった。声を荒げている様子はないから、きっと大丈夫だろう。帰ってきたら職がないとか、前代未聞だよな。分隊長は大変だ。


「とにかく、金杯騎士の武術大会(トーナメント)の予選が終われば……いや、終わっても君は大会に出るから変則的な編成にはなるんだが。リスタール分隊を解散させたり、追い出したりはしない。安心してくれ」

「ありがとうございます。彼らには良く言って聞かせます」

「そうしてくれ……。ところで、あのご令嬢はいったいどなたかな?」

「彼女は僕の婚約者です」

「気のせいかな、彼女はラペルマ君ととても親しそうだ」

「はい、エトワールはラペルマに求婚中ですから」

「……ええっと?」

「エトワール・ノレッジ嬢です」

「ノレッジ……ノレッジ!? 求婚中? だが、だが、君と、その」

「はい、婚約者です」


 副隊長は両手で顔を覆って黙ってしまった。ああ、きっと胃が痛みだしてるんだろうなぁ。


「むしろ彼女は私と結婚するべきなんですよ。そうすれば好きなだけラペルマと一緒にいられるし、ジェレミアは私の側にいればいい。これで丸く収まる。ジェレミア、結婚しよう!」

「何を言ってるんだガルム君!?」

「落ち着くんだ、フレデリック。長旅で疲れているんだろう」

「無理だ、もう君の口から婚約者だなんて言葉を聞きたくない!」

「すみません、副隊長。やっぱりちょっと疲れが溜まっているみたいです。さあ、もう失礼しよう」

「ジェレミア!!」


 フレデリックの首根っこを掴むと、ジェレミアは優雅に一礼した。エトワールを伴い、部屋を出ていく。その後ろをサーラ嬢とドニがついて行った。まるで嵐の後のようだ。特に、副隊長にとっては「品行方正な部下が破天荒な婚約者を伴って帰還したかと思うと、同じく品行方正だったはずの部下がトチ狂って男に求婚している」のだから。


「あああ、予選大会の直前なのに……。士気が……。観客の入りが……」

「お疲れ様です」


 そうか、あの二人は男にも女にも大人気の言わば花形役者だったな。今、ジェレミアの婚約が発表されたら予選大会の観客が減るかもしれないのか。聖堂騎士の仕事だって給与が出る以上、慈善事業じゃない。こういう大会で騎士団の運営費を稼ぐのだ。予選までに帰ってきたから大丈夫かと思ったが、それだけじゃ駄目だったようだ。お偉いさんは大変だな。


「本当に、お疲れ様です」

「うぅ……」


 へその辺りを押さえる副隊長に声をかけ、オレもジェレミアの後を追った。

★ジェレミアさんの部下に聞いてみました。★

Q:彼の下で働いてみて、どうですか?


A:ロクフォール

「すごく働きやすいです!!

 ジェレミア分隊長の前の方は、引退前のおじいちゃん先生だったんで、正直物足りませんでした。仕事も指導も、穏便にやればいいという方針で……。ジェレミア分隊長を紹介されたとき、若いし細いし、大丈夫かなって心配だったんです。すごく可愛いひとですしね……。でも、それは自分の見込み違いでした!

 型の綺麗さだけじゃなく実技も申し分なく強いんですよ。それでもまだ上を目指す向上心があって、すごく、尊敬しています。ジェレミア分隊長の熱い指導を受けて、「ああ、このひとだ!」って思ったんです。もう、一生ついて行きます!」



A:ベイジル

「とても良い環境です。

 仕事以外にもルールを作ろうと言い出したときは、うっとうしいと思いました。でも、そのルールのおかげで他人の尻拭いをせずにすむようになったので今は感謝しています。口以上に手を動かしてくれるから、負担は逆に減りましたね。それと指導は熱心ですが「覇気がない」とかの理由で怒鳴られないのはありがたいです。あとは第四小隊のゴミどもを……。

 ジェレミア分隊長の下で働き続けたいですね」



A:ラペルマ

「あ~。良い上司ですよね。

 ルールをちゃんと守ってるし。鍛錬も欠かさないし。飯はウマいし。あれで口煩いのと大雑把な部分がもうちょっとマシなら……。あ、や、こっちの話。

 性格も素直でいいと思いますよ。顔もいいし、人当たりもいいし真面目だし。女嫌いでもないのにどうして……いや、まさかなぁ。何でもない何でもない。え? もう一人? ああ、あいつならジェレミーちゃんに叱られてるよ。集めたゴミを別の隊のゴミ箱に突っ込んでたのがバレたとかで。運の悪いヤツ。え、オレはやってませんよ?」

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