騎士、“風の墓所”に立つ
結論から言うと、怒られた。
叱る、とかではない。治療が済むが否や、どつき回された。
「なに考えてるんだ! なに考えてるんだ!!」
「いやぁ、その……」
「なにも考えてないんだろう!」
そうですね、と口にしかけて頬を変形させられるようにして顎をつかまれた。
「ご令嬢を守って死ぬのは構わない! だが、お前のはわざと死にに行っているようにしか見えないんだよ!!」
「……すんません」
「謝るくらいならやるな!」
この第三分隊の長であるジェレミアは、カッとなりやすいのが玉に瑕の赤毛のイケメンくんだ。オレと同期で同い年で幼馴染、長い付き合いの弟分だ。身長も体重も体つきもオレにそっくりで、後ろから見ると見分けがつきにくい。「似てない双子」だなとよくからかわれる。吊り目のジェレミアと垂れ目のオレと。
真面目で堅物なジェレミアは、オレとは正反対の性格でぶつかりあうのはしょっちゅうだった。それでも昔はもうちょっと仲が良かったんだが……。
「上手く行ったから良かったものを、あんな大物相手に防御専念せずに反撃狙いだとぅ? 呆れたヤツだ、どれだけ自分が強いと慢心している! 大体、呼子を使ったんだ、仲間を待つべきだったろうが!! その……僕とか!! しかも盾を固定したせいで火傷するし! 常々、固定するなら剣にしろと僕があれほど言っているのに聞きゃしないし、というか、その、お前の体ごと盾にして攻撃を叩き込む戦法は、騎士として間違ってるぞ? いまのお前は白術すら覚束ないのに、そのやり方じゃいつ死んでも……って、聞いているのかっ、トマス=ハリス!?」
「ああ。あのお嬢さんはどうなった?」
「そんなの自分で聞きにいけぇっ!」
「わかった」
「ん? いや、違うぞ! いま聞きに行けと言ったわけじゃない! おい、トマス=ハリス、行くな、話はまだ終わってないぞ!! 戻ってこぉい!」
ジェレミーちゃんは、話が長いんだよな。だから陰でこっそり「おかん」って呼ばれるんだぞ。
“炎の尾持つ殺戮者”と一戦交えたそこは、オレたち聖堂騎士団第六小隊が警護する“風の墓所”を訪れる連中の休憩所になっている。件の断崖絶壁に行くためには幾つかルートがあり、難所が多く行く者が少ないのがこの休憩所を挟むルートだ。
ジェレミアの説教から逃れて視線をさまよわせると、この場所を立ち入り禁止にするためだろう、手斧で手頃な木や枝を伐って目印を作っているベイジルと、何やら客人と揉めている様子のロクフォールが見えた。
治療を終えたお嬢さんは、やはりというか何というか、立ち入りを許可されなかったために無断で侵入して来たらしい。四十年前の忌まわしい事件からずっと、聖堂教会はこの地への女性の黒術士の参拝を禁じてきた。そして今回の事でその措置は正しかったことが図らずも明らかになったのである。
「帰りません」
「しかしですね……」
「炎の尾を追い払ったのはわたしです。あの怪我ではしばらく出てこないでしょう。お願いです、あの場所へ行かせてください」
「そもそも無許可でここに居る以上、罪に問うことも出来るんですよ? 大人しく帰ってください、お嬢さん」
「帰りません。絶対にここを動きません!」
「参ったなぁ、もう……」
彼女は頑なだった。その宣言通り、黒術士が「動かない」と言えばいくらだって動かずにいられる。彼らの導く術の効果にそんなものがあるのだ。彼女の腕前はこの目で見た限りでもかなりのもので、十代後半にさしかかろうかという若さだが、位階的には最上段の七位にも届いているかもしれない。
付き人だろう女が何と言っても、護衛の男が道理を説いても彼女は首を縦に振らなかった。説得が上手くいかないロクフォールは、情けない顔で辺りを見回し、オレと目が合った。縋るように見つめてくるロクフォール。「何とかしてください」と書いてある。……やめてほしいなぁ、オレは説得ってやつは苦手なんだよ。
「お嬢さん、失礼ですがどうしてそこまであの“風の墓所”に拘るんですか?」
「貴方は……、先ほどの騎士様。わたしの名はエトワールです、長いのでどうぞエトとお呼びください」
さっきまでの神秘的な雰囲気はどこへやら、エトワールと名乗った彼女はふにゃんとした笑顔を浮かべた。ちょっと、ちょっとだけ、声をかけたのを後悔する。
何も言わずに別れた方が、綺麗な思い出にしておけたんじゃないかと。
「いや、長くないですし、普通にエトワールさんと呼ばせていただきますよ……」
「そうですか? じゃあ、わたしはトムさんって呼ばせていただきますね!」
じゃあってなんだ。
「トマス=ハリスをさらに縮めて? 初めて言われましたよそんなの」
「あら……」
「いや、誉めてないですし。照れなくていいんで……」
……………。いや、そんなことよりお嬢さんがここに来た理由だ。ミステリアス美少女が決まりを破り危険を冒してまで禁足地を訪れる理由に興味はあったが、こっちの頭がゆるそうなのが本当の彼女なんだとしたら……? 大した理由じゃないなら魔物用の拘束具を嵌めてでも担いで連れ帰ってやる。それが仕事だからな。
「ああ、そうそう、あの場所へ行かなければならない理由でしたね。あそこには、わたしの祖母が眠っているんです」
「なるほど……」
“風の墓所”とは、文字通り森林葬の場所である。“永遠の円環”へと旅立つ者は導師によって最期の秘蹟を授けられる。そしてその体は様々な方法で葬られるが、この西部大森林では旅人を森に還すのが一般的だ。オレの故郷である聖火国では火葬だったし、人が信じた数だけ葬儀のやり方はある。
しかし、見たところ良い家柄のお嬢さんだ。西部大森林には貴族は少ない。もしかしたら貴族じゃないのかもしれないし、敬虔な聖堂教会の信徒なのかもしれない。
「お願いです、最後の機会なのです」
「ん~。しゃあないですね」
「ラペルマ!?」
「トムさん!」
お嬢さんは躍り上がりそうなくらいに喜色満面で、ロクフォールは反対に焦りを顔に浮かべていた。
「どうするんだよ!」
「近いんだし、墓参りくらい許してやればいいさ。だって、考えてみろ。あのお嬢さんを無理に連れ帰って、今度こそ夜中に誰も連れずに樹海に入ってみろ。帰ってこなかったら後味が悪いくらいじゃ済まんぜ」
「……分隊長になんて言うんだよ?」
「そりゃ……、言いくるめるしかないな」
「…………」
ロクフォールは無言で顔を覆った。
大丈夫だ、ジェレミアの攻略法はよぉく知ってる。