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アウストラルの出口、ゼイルード

 今回はならし始めのギャグ回でございます。ごゆるりとお楽しみください。薔薇が咲き乱れているのはご愛嬌で(笑)。

 順調に旅路を辿り、西部大森林も目と鼻の先というところまで来た。アウストラルの勢力圏内ではあるが、ここゼイルードまで来れば聖堂騎士の制服に戻った方が通りやすくなる。というわけで、黒衣(ワンピース)を脱ぎたいと主張する美女(ジェレミア)ひとり……。


「眉は白術(はくじゅつ)で生やす、もうこの格好は嫌だ!」


 よく似合ってるのに、残念だなぁ。という思いは口に出さずとも伝わったようだった。なにせ顔を見合わせた全員が同じ表情をしていたからな。


「くっ……、すぐさま変装を解いてしまったお前たちには僕の気持ちは分からないんだろう! 嫌なものは嫌なんだ!」


 情けなく眉を下げてオレを睨むジェレミア。どうしてここでオレなんだ。その格好させたのは兄貴だろうが。


 まぁ、男三人と女一人であっても、それが聖堂騎士と黒術士ならば変に勘ぐられたりはしない。そういう意味ではカムフラージュも必要なくなってきたし、こんな姿を知り合いに見られたらそりゃあ嫌だろう。着替えてきていいぞ、と言ったら喜んで馬車に飛び込んでいった。


「惜しかったな、フレディ」

「いやいや。……ジェレミアはどんな姿であっても輝いているよ。私は、ただ彼の側にいられるだけで満足だ」


 フレデリックはそう言いながらもどこか苦しそうだった。強がりめ、コイツの心は手に取るようによく分かる。オレもまさに今、同じような状態だからだ。愛しいその姿を目で追い、耳で追い、だが、真の意味で触れることは許されない。


 焦燥と諦観。


 その身を我が手にと……乞い、請う。そんな当たり前のことすら口に出来ない秘めた想いは、肉欲を削ぎ落としてもなお、ぐつぐつと煮えたぎっている。それは一歩踏み外せば、全てを壊してでも奪い取りたいという破滅の願いだ。憧れと似ているようで似ていない、昏い熱を孕んだ視線を、この男はジェレミアに注ぎ続けている。


 オレとコイツじゃ年季が違う、完全に理解できると言えば嘘になるだろう。それに、胸に抱いた想いは似ているに違いないだろうが、きっと根本的な部分で食い違っている。何故ならオレの恐れは……


「待たせたな!」


 下らない妄想を断ち切るように、ジェレミアは颯爽と現れた。しばらく見なかったせいか、いつもの隊服だというのにひどく新鮮に感じる。


「ふっふっふ、やはりこの格好は落ち着くな。スカートだと動きの差異が気になりすぎる。ちなみに、僕が一番落ち着くのはフルフェイスだ!」

「おま、それ最前線の殲滅戦装備だろ……」

「“墓所”の守りでは装備が軽すぎて頭が寂しいんだ」

「ハッ、元が軽いから仕方ないな」

「なんだと!?」


 掴みかかってくるジェレミアを受け止めた。ガッチリ組み合うと、顔に似合わず馬鹿力なのがよく分かる。コイツは無手格闘術においても抜群のセンスを持っているから、本気でやるとボロ負け確実だ。つまりは、遊ばれている。


「撤回しろ、トマス=ハリス……!」

「やだね。ジェレミーちゃんはどこもかしこも軽いな~、っと!」

「貴様っ」


 体重が軽い分、防戦するだけなら何とか捌ける。しばらく好きにさせておこう。


「二人とも、仲が良いんですね」

「でしょう? 私など、入る隙もないくらいですよ。普段は真面目で分隊を率いるジェレミアが、あんな風にはしゃいで笑えるのは彼の側でだけですからね……このまま変わらずにいてほしいものですよ」

「フレディさんは、本当にジェリーさんがお好きなんですね。わたし……、応援します!」

「あ、ありがとう、エトワール……」


 いや、待て。応援しちゃだめだ。ジェレミアの恋人が(フレデリック)だなんて、兄ちゃん許しませんよ!?


 とかなんとか別のことに気を取られていたら、見事に転がされた。一応遠慮してくれたのか、叩きつけられはしなかった。


「それにしても、久々に我が愛剣の重みを感じられて嬉しいな。僕にはこれがないと駄目だ~!」


 長剣(ロングソード)を抱き、その柄に頬擦りまでしてしまうジェレミア。まったく、危ない発言はよせ、聖堂騎士が皆こうだと思われたらどうするんだ。


「フレデリック、きみと交換した短剣もちゃんと持っているぞ。こちらは肌身離さず、常に側に置いていた。さすがガルム家秘蔵の鍛冶師の作だ、造形だけでなく切れ味も素晴らしい!」

「わかるのかい?」

「もちろんだとも!」


 短剣を鞘から抜き、うっとりと目を細めるジェレミア。オレは不肖の弟の代わりにエトワールに謝った。


「すまない、コイツはこうなったら長いんだ」

「ふふ、気にしていません。それに、好きなものを前にして周りが見えなくなるのって、わたしにも身に覚えがありますから」

「…………」


 それはひょっとして魔道具のことかい? 右にジェレミア、左にエトワールで二人同時に蘊蓄(うんちく)を垂れ流し始めたらオレはどうすれば……


「……交換を持ち掛けられたときには驚いたが、今では僕の方が手放せなくなってしまった。この短剣はもう僕の一部みたいなものだな!」


 そう言ってジェレミアは抜き身のそれにチュッと口づけた。


「っ!?」

「馬鹿、危ない!」


 立ちすくむフレデリックの脇を抜け、オレはジェレミアから短剣を取り上げようとした。だが、本人は軽やかに躱して「大丈夫だぞ?」と笑う。


 危ないのは絵面だ、馬鹿ジェレミア。男のシンボルの隠喩に口づけするなんて、フレデリックの我慢が限界を越えたらどうする! お前のそういうトコが心配になるんだよ。普通に振る舞っていてさえ、ジェレミアを「運命の相手」だと勘違いした女が幼女から熟女まで押し掛けて来るっていうのに、ここに男まで加わったらそれこそ聖堂騎士をクビになるぞ! ……すでにロクフォールあたりが怪しいんだ、アイツの前ではやめてくれ。


「クビになんないように気をつけてくれよな。オレはお前の下以外で働きたくないぞ」

「なんで僕がクビになるんだ? 素行不良でクビになるならお前だろうに」

「この……!」

「ト、トムさん、クビになっちゃうのですか? も、もしかして、それはわたしのせいなんじゃ……」

「待ってくれ、まだ決まってないから」

「そうだとも、大丈夫だろう……きっと」

「やっぱり! トムさん、ごめんなさい、ごめんなさい、わたしのせいで~!」

「おいちょっとフレディちゃんよ、余計な心配させんなよ」

「す、すまない。ジェレミアも大丈夫だと思うだろう?」

「ああ、多分な!」

「どうしましょう、わたし、そんなつもりでついてきたわけじゃ……」

「大丈夫、大丈夫だから!」


 くそ、どうして誰も「絶対に大丈夫だ」と断言してくれないんだよ!


 黒衣を震わせて泣きべそをかくエトワールは可愛かったが、その後の台詞はいただけなかった。


「もしわたしのせいでトムさんがクビになってしまったら、わたしが大聖堂でお勤めして養いますから!」


 正直、それだけは避けたい。オレにも男の意地ってヤツがあるんだ。エトワールがこれからどう生きていきたいのか、それによっては聖堂騎士を辞めて兄貴の仕事を手伝うことにもなるかもしれない。だが今は、“風の墓所”へ戻ってもう一度エトワールの祖母に挨拶をしたい。隊長たちにも礼を言わないといけないしな。


 なんとかエトワールを宥め、その日はゼイルード領下の街、クロッコに宿を取ることになった。聖堂に世話になるのではなく宿となるとちょっと治安が気になるところではある。それでも術士が三人も揃っていれば防犯はバッチリだろう。夕暮れの街をゆっくりと歩く。並び立つエトワールが、オレを見上げてふんにゃりと笑った。

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