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騎士、思い悩む

 エトワールとジェレミアをまとめて抱え上げ、馬車に押し込んだ。同時に鞭のしなる音が耳を打つ。また置いていかれてはたまらないと、オレは急いで戸口に足を掛けて掴まった。


 山を伐り拓いて通したこの峠道は片方が崖、片方が剥き出しの岩肌と、かなりな難所である。急発進した馬車だったが、下りにさしかかると速度をゆるやかに抑え、蛇のようにうねりを見せる道を危なげなく辿り始めた。オレはしばらくの間、戸口から頭を出して警戒していたが、相手は射掛けてくることもなく追ってくる様子もなかった。


「おーい、とりあえず追ってこないみたいだ。安全運転サンキュー、フレディちゃん!」

「フレデリックだ!」

「いやほんと、馬の扱い上手いねお前」

「まぁ、多少はね。道が平坦になったら代わってくれないか」

「りょ~かい」


 最後にもう一度、後ろを確認する。先程までの騒ぎがまるで嘘のように、山は静まり返っていた。






 馬車の中には黒術士二人が並んで腰かけていた。二人とも吊り目がちで凛とした清楚な雰囲気を纏っている。口許に尊大さが出ている方がジェレミアだ。その可愛いジェレミーちゃんは頭巾を脱いで、赤い髪をくしゃくしゃと掻いた。


「ノレッジはとんだものを抱え込んでいるものだな」

「ん? ああ、確かに凄まじいばあ様だったな」

「そっちもだが、あの杖だ。魔道具というのだったか……あれはまさしく反則だぞ」

「何されたかわかるか?」

「……わからん。触れた瞬間、意識が焼き切れたように感じた」

「そうか……」


 憮然とした表情のジェレミアは、両手を組んで黙った。オレはエトワールに向き直り、目が合ったので笑いかけた。ふにゃっとした笑顔が返ってくる。うん、ショック状態からは抜け出しているな。


「エトワール、ノレッジはああいった道具をたくさん揃えているのか?」

「いいえ、たくさんはありません。とても貴重なんです。ロクサーヌが持っていたものはかなり特殊なもので、あれ一本しかありません。本来、ああいった威力の高いものは使用者になにかしら代償を求めるものなんですが、あの杖にはそれがありません。厳密に言えば、あれは魔道具ではなく……」

「待った。すまない、オレが悪かった」

「うふふ、わたしったら、つい。ごめんなさい」


 そうだった、彼女は有能な最高位の黒術士で、魔術の大家ノレッジの娘だったんだ!


「トマス=ハリス、あのご婦人は追ってくると思うか?」

「……いや、どうだろう。怒り狂っているというよりは、玩具をぶっ壊された子どもみたいな反応だったしな」

「刺されるんじゃないか、お前」

「うわ、そりゃ困る」


 真顔はやめようぜ、ジェレミア。あのばあ様は逆恨みしてきそうだから、あり得ないとは言えないのが嫌だ。エトワールも複雑そうな表情を浮かべている。


「彼女が言っていることもさっぱりわからなかったが、お前もちょっとよくわからないことを言っていたろう、トマス=ハリス」

「ん? そう、だったか?」

「ああ。彼女の、その……、腹の中に子どもがいるとかなんとか……」

「ああ! あれか、あれはほら、ばあ様を挑発するためのあれで……」

「まさかと思うが……。トマス=ハリス・ラペルマ、正直に答えろ。さっきのお前の発言について、どこまでが本当でどこまでが嘘だ? 婚前の女性に不埒な真似など、よもや……」

「ないない、誓ってない! そもそもそんなことする時間なんか全然なかっただろ!」

「……生々しい発言はよさないか、女性の前だぞ」

「えっ? あ、悪い……。えっと、ちょっと外の空気を吸ってくる!」


 頬を赤らめてうつむく二人を前に居心地が悪くなったオレは逃げ出した。






 収穫を終えた畑はもの寂しい。日に日に秋の迫る音が聞こえるようだ。さらには雨の匂いが立ち込めてきた。厚い灰色雲が天を覆っている。


「降ってくる前に町に宿を取るか」

「そうだな。ところでラペルマ、さっきから黙り込んで考えごとかい? 話なら聞くし相談にも乗りたいが、私もそろそろ、ここに座って長いんだ。休憩しながらにしないか?」


 道幅に余裕のある場所に車を停めて、馬たちを休ませてやる。ばあ様の襲来で昼飯を食いっぱぐれていたので、ついでに食事も摂ることになった。エトワールとジェレミアはそっちを、オレたちは馬を、それぞれ面倒みることになった。


「それで、何を悩む?」

「ん~。これからどうするべきかと思ってな」

「政治的問題は解決したと思うがね。ジェレミアの兄君の言うように、リスタール家との婚約が成立している状態だ、ノレッジからの干渉はないと見ていい。もちろん、やり方次第ではリスタールとの対立から婚約を破棄、ともできる。だが、王子誕生に沸くアウストラルで貴族家同士がいさかいなど、王家から睨まれるような真似はすまいよ」

「それは、兄貴も言っていたからな。ノレッジのことは心配してない」

「ならあの老婦人か。あれは凄まじかったな……家を継ぐ者がより力を持つよう、配偶者に優れた資質を持つ者を選ぶというのは理解できる」

「………………」

「そんな目で見るな。貴族なんてそんなものだ。私だって、優れた体格や両属性持ちという長所は、先祖からの掛け合わせの結果だと見ている。が、あれは行きすぎだよ。ヒトとヒトとの掛け合わせで、望んだ結果など出るわけがないんだから……」

「そうか……」

「まあ、ああいった手合いに対して、なんの価値もない男であることを強調してやったのは良かったんじゃないか? 他人を使って自分の望みを叶えようとする人間には、番狂わせをぶつけてやるのが一番クスリになるよ」

「へぇ、結構言うなぁ」

「そりゃあまあ、これでも生家はお貴族様だからね!」


 そう言って、貴族の坊っちゃまは馬にブラシをかけてやっていた。オレも同じく世話をしてやりながら考える。ここから約十日、ひと巡りかけて西部大森林の“風の墓所”へ帰る。そこではエトワールの侍女だったサーラ嬢が待っているだろう。


 そこからエトワールはどうするのだろうか。そりゃ、側にいたい。だが彼女はジェレミアと婚約中の身だ。……いやしかし、あのロクサーヌとかいうばあ様にはオレと結婚したと嘘を吐いた。それがどう伝わるだろうか。


 胸に下げた指輪に触れると、オレの心臓の上で温まった重厚な金のそれは、なんだか生き物の一部みたいな肌触りだった。リスタールの一員であるという証明、きっとこれがオレを助けてくれるだろう。今はそう信じるしかない。

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