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騎士、星に出会う ★

 大きな力を秘め、ありがたがられるような場所や物というものは確かに存在している。それは古代からあると伝わる奇岩(きがん)だったり、樹齢四百年を越えるような大きな木だったりするだろう。人々は何らかの御利益(ごりやく)を求めてそこへ参拝する。そこがヒトの領域で、かつ行き来のしやすい場所なら文句はない、「参拝大いに結構、好きにしてくれ」というものである。だがそこが魔物が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)し、獣棲む森の中、寒風吹きすさぶ断崖絶壁、一寸先は闇どころか帰る者もない大樹海を見下ろす場所だとしたら、話は別だ。特に、参拝者ならびに自殺志願者を監視する役割で、そこに勤めるオレたち聖堂騎士団第六小隊にとっては。


 苦痛に満ちた男の悲鳴に被さるようにして、湿りを帯びた密林独特の空気をつん裂く女の悲鳴が上がった。

 近い。だが、直線的に移動が出来ない場合もある、間に合うかは判断しかねた。


 さらに悪いことに緊急時の合図である呼子の音がしない。付き添い(ナビゲーター)の騎士が初撃でやられたか、付き添いなしで入り込んできた連中だろう。可能性としては後者の方が高い。この近辺に出る獣は猪か鼠、たまに山犬も見るが彼らは賢い。ヒトを襲えば報復があるのを知っている。人間の方から何かしない限りは見ているだけだ。


 そんな(せん)ないことを考えながら、背負っていた小盾を籠手に噛ませる。オレは走りつつ呼子を吹き、獣やらいの笛を隠しから準備した。






 でかい樹は避け、丈の長いだけの草は踏み分けた。大体、四十から五十フィートは移動したところ、見渡しが開けてまばらに木々の生えるだけの場所に出た。休憩場所の一つだ。そこに居るはずのない俊敏な獣の姿に息を呑む。


 “炎の尾持つ(ファイア)殺戮者(スパイク)


 もっと奥地に棲む魔物だ。かつて黒術の使い手である処女ばかりを十五人も殺して喰った、最警戒種である。位階の低いオレには倒せないだろう。琥珀色の毛並みに、犠牲者の血が飛び散って黒ずんだような斑点、山猫に似た顔に小さな丸い耳をしたこの四つ足の魔物の最大の特徴は、大麦の穂先のような太い尻尾だ。燃えて逆立つ真っ直ぐなそれは大人が両腕を広げた程の長さもある。


 襲われているのは三人。男、女、黒い髪の少女だ。そして“炎の尾持つ(ファイア)殺戮者(スパイク)”の狙いは少女だろう。黒術の【障壁】が、丸盾のような形で虹色の膜となって彼らとヤツを分断している。まだその盾は三つ残っていた。男の怪我は腕だけで、女にも少女にも怪我はない。走れる。そう判断したオレは咄嗟に叫んだ。


「逃げろ! 後は引き受ける!」


 少女が顔だけをこちらに向けた。

 青よりも深い藍色に輝く瞳、魂までをも見透かすようなその眼差しに背筋がぶるっと震えた。


 ……勝ち筋がないのがバレてしまったろうか?


 だが、少女の【障壁】だけでヤツの攻撃に耐えている現在、腕の使えない戦士とただの女、接近戦しか能のない聖堂騎士じゃあ決定打に欠ける。ならオレが体を張って三人を逃がした方が助かる人数が多いってもんだ。開き直って睨み返すと、少女は表情を丸きり変えずに“炎の尾持つ(ファイア)殺戮者(スパイク)”に向き直った。


詠唱(チャント)を」

「っ、おう!」


 時間を稼げ、だと。強気な……!

 しかしそういうのも嫌いじゃない。


 オレは獣やらいを落とし、長剣を引き抜くと少女の前に盾を掲げた。

 瞬間、気を引くためだろう男が大声を上げて“炎の尾持つ(ファイア)殺戮者(スパイク)”に背を向けて走り出した。


「何てことを! お嬢様……っ」

「あんたも早く行け、お嬢さんからヤツの気を逸らすんだ!!」

「でも……!」

「行け! あいつとは逆に行け、今しかない!」


 言い淀んでいた女も走り出した。恐怖で足が上手く動かないんだろう、つまづきながらの遅い動作だった。

 ……女に対してああは言ったが、予想通りヤツは獲物を追わなかった。戦士も恐らくは分かっていたはずだ。何故なら“炎の尾持つ(ファイア)殺戮者(スパイク)”は(いん)()を持つ処女しか喰わないからだ。遊びとして他の生き物を殺しはしても、絶対に食べたりしない、魔物が魔物であるからには何かしら“縛り”が存在している。ヤツの場合は食餌の内容という事だ。

 もし、ヤツの気紛れが男に向かえば依頼主の少女が助かる確率が上がり、そうでなければ彼自身は助かる。どちらにしても誰かが助かるのだ。むしろ、使えない腕で残られた方が邪魔になる。賢明な判断だ。オレは二人のことを頭から追い出し、ヤツの気配にだけ集中した。


「……散らせ……(ことわり)の…」


 少女の詠唱は続いている。

 まだか……! チャントが終わる前に一撃が来る……!


 オレは身構えた。少女の纏う(いん)()が強くなっているのは、魔物であるヤツも感じ取っている。木の陰から来るか、やはり習性通りに頭上から踊り掛かってくるか……。


 ガサッ


 地上の落ち葉が立てる軽い音。

 違う、これは陽動、実際は……


 上だッ!!


 小盾と剣の腹を並べてヤツの爪が数度振るわれるのをやり過ごす。ヤツが空中で体を捻って着地の姿勢を整えつつ燃え盛る大麦の穂のような尻尾――これが本命の攻撃だ!――を鞭のようにしならせるのを、盾でいなしつつ、右手の長剣をその紅玉(ルビーアイ)に向けて突き出す。確かな手応えと共に、ヤツの左目から光を奪うことに成功した。悲痛な叫びが空気を震わす。


『ギャオオオゥ!!』


 ヤツは横転した、はずだった。

 しかしヤツの強靭な後ろ足はしっかりと大地に突き刺さり、その姿勢から繰り出した右の爪でオレの長剣を粉々にした。残る片方の爪が迫る中、オレは熱された鍋の様な小盾を反射的に掲げながら、


 あ、死んだな。


 と、どこか他人事のように冷静に考えていた。


「……を、奪いたまえ【奪魔】!!」

「!」

『オォォォォォ…!!』


 “炎の尾持つ(ファイア)殺戮者(スパイク)”の左の爪は彼女の左の二の腕を引き裂いて鮮血を散らせた。オレの真下で小さく悲鳴が上がる。オレは腰の裏に括り付けてある背剣(はいけん)を抜いて構えた。だが、左目を失っただけじゃない、彼女の術によって尻尾の炎の消えかけたヤツは、唸り声を立てるだけで仕掛けては来なかった。


「失せろ!!」


 まさかオレの恫喝(どうかつ)に怖気づいたわけではないだろうが、“炎の尾持つ(ファイア)殺戮者(スパイク)”は一つだけになった紅玉(ルビーアイ)でこちらをじっと見つめていたかと思うと、さっと身を翻して密林の奥へ去った。


「はぁぁ……」


 思わず気の抜けた声が漏れるのも仕方がない。オレはその場にどすんと腰を下ろした。足が笑ってる。最後のは、正直殺されていてもおかしくはなかった。


「あの……助けていただいて、ありがとうございます、騎士様」

「いやいや、こちらこそ助かりました、お嬢さん」

「止血くらいしか出来ませんが、どうぞ傷を見せてください」

「いけません、貴女が先に治療を受けるべきだ。じきに仲間が来ます、ほら、呼子が……」

「あら……」


 オレは同じく呼子で返事をして、目の前の少女を観察した。


 仕立ての良いえんじ色のフェルトの半外套(ハーフマント)は無残な有様になり、その下の柔らかい皮(バックスキン)製のスカートにも染みを作っている。膝でカットされたそれからロングブーツに包まれた細い足が伸びていた。白い肌は血の気を失いさらに白く、激しい動きで編みこんだ黒髪から落ちた、一筋の墨を思わせる流れを貼り付かせた滑らかそうな首に目が行ってしまう。


「……オレの仲間が、癒しの術を心得ていますから、安心してください」

「思ったよりも無茶をなさるのね」

「へ?」

「どうしてわたしの術が完成するまで待っていて下さらなかったの」

「……待ってましたよ?」

「いいえ? 反撃(カウンター)を狙うことを、待つ、とは言いません」

「しかし」

「言いません」

「…………」

「…………【止血】、【鎮痛】……。はい、できました」

「あ。いや、自分なんかよりも貴女をですね……」


 彼女はつ、と右手の人差し指をオレの唇に当てた。にっこりと微笑む夜空の色の瞳がオレを覗き込む。

 ドキリとした。


「命の恩人さん、お名前を教えてくださいな」

「……ラペルマ。トマス=ハリス・ラペルマと申します」


 オレの名を耳にした少女は微笑んだ。そしてその唇に彼女の名が浮かびあがろうとした。しかし彼女が名乗る前に三人の聖堂騎士が駆けつけ、オレたちは治療のために引き離された。






 『戦闘の後のエトワール嬢』

* * * * * * * * * * * * * * 

挿絵(By みてみん)


 恋する二人が出会ったわりには、戦闘に重きを置きすぎである。冒険×ロマンス(嘘です

 ほのぼの恋愛を、目指したつもり…(汗


 お読みくださりありがとうございます。次回は来週木曜の予定です。

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