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騎士、カリヨンに立つ

 カリヨンへは何の問題もなく到着した。街へ入る門の前でリサと別れる。ジェレミアだけではなくフレデリックも、ひどく別れを惜しんでいた。別れが辛くないと言ったら嘘になるが、彼女と会って別れるのはこれで二度目だ、いずれ三度目もあるさ。


「じゃあな、リサ。また縁があったら会おう」


 オレの言葉にリサが鼻をすり寄せてきたので、優しく撫でてやった。案内人のクローヴとも互いの健康を願って別れの挨拶をした。彼らはすぐさま元来た道を引き返すようだ。荒野の民はたくましい。


「ジェレミア、長く会えないのは辛いが、ここで私もお別れだ」

「すまない、フレデリック……」

「謝ることはないさ。準備は任せて欲しい。ジェレミアはくれぐれも無茶をしないようにしてくれ」

「分かった。フレデリックも、気をつけてくれ」

「ジェレミア!」


 ……公衆の面前で抱き合うんじゃない。通行人が何事かと見てるだろ。


「フレディ、よろしく頼むな」

「任せろ、ラペルマ」

「じゃあな」

「ああ、また」


 まあ、オレとの別れはこんなもんだろう。フレデリックはその辺で仕事を探していた荷運びの少年にトランクを持たせて去っていった。それを見送って、オレたちは馬車を拾ってリスタールの屋敷へ向かった。


 領主の屋敷も、夕刻はさすがに客人もなく落ち着いていた。表の門で足止めされるかと思ったが、年老いた番人はジェレミアの顔を見ただけで問答もなく門扉を開いてくれた。


 番人をはじめ、出会う全員が頭を下げる中、ジェレミアは短い労いの言葉をかけながら進んでいく。まずは親父殿に挨拶かと思いきや、向かった先は調理場だった。


「おいおい……」

「ん? 小腹が空かないか?」

「そりゃあ、まあ」

「父の話は長い。夕食までの半刻ずっと耐えられるなら良いんだが、僕は辛い」

「なら、ありがたくご相伴にあずかるか~」


 そして実際にジェレミアの言ったとおりになった。晩餐の席には姉のグリセルダを除いた全員が集まっていた。その中にはエトワールの侍女の姿もある。正式に客人として滞在しているようだ。交わされる会話からようやく名前を知る。


 晩餐は最後の鐘と共に始まる。食前酒を飲んでいる間に、マクシムの初子(ういご)である六歳のジェラールが寝る前の挨拶に来た。それが終わってから最初の皿が配られる。フレデリックからマナーについて詳しく聞いていて本当に良かった。パーティーでは軽食だけだというが、それにも作法があると思うとうんざりする。


 そして、「何も知らない(てい)でいるから」というのは嘘ではなかったようだ。親父殿も兄貴も当たり障りのないことしか話題にしなかった。食事の後は別の部屋で男は男同士、女は女同士で酒をやりつつゆったりとした時間を過ごすものだ。ある程度経つとやがて今度は遊戯室に移って卓上ゲームが始まる。これは寝るまで続くので、各自で折を見て切り上げていくのだ。


 サーラ嬢もジェレミアも、見咎められずに話が出来るのは今しかないと分かってくれたのか、上手い具合に三人が最後に残った。


「あれから何が起こったのか、聞かせてもらえるかな」


 オレの言葉に小さく頷き、サーラ嬢は経緯を語り始めたのだった。それはひどく不愉快な話で、オレだけではなくジェレミアも怒りを露にしていた。だが、涙を流す彼女を驚かせないためか、大きな声を出すことはしなかった。オレもそれだけはすまいと感情を押し殺した。


 あの墓所への巡礼の後、エトワールは国王の婚約者候補を辞退しようとしていた。そしてそれが叶ったと思った直後にノレッジの手で屋敷に連れ戻されたのだ。まさか本家の長である侯爵の言葉を無視して動くわけはないから、これはエトワールの祖父、侯爵本人が差し向けた刺客だったということだ。

 護衛のドニの活躍あって、エトワールは連れ去られたがサーラ嬢とドニは逃げることが出来た。そしてジェレミアの姓を記憶していたので、リスタールに助けを求めることを思い付いた。それでこうして世話になっているのだ。この情報がオレたちの駐屯地リリオまで届かなかったのは、オレが兄貴に計画を伝えた方が先だったのか、もしくは入れ違いだろう。


「許せん……。一人の女性から、結婚の自由ばかりかその身の自由まで奪うとは……」

「同感だ」


 ジェレミアの紅潮した横顔を見ながら、オレはやり場のない拳を開き、揉みほぐした。鼻を鳴らす音に視線を向けると、小さな顔の侍女が子どものように泣いていた。涙に濡れたサーラ嬢の丸い頬から目を逸らす。ここでハンケチの一つでも出せれば良かったが、生憎と持ち合わせがない。そつのない弟がオレの代わりに上等な小布を渡していた。


 深呼吸をすると、怒りがすっと抜けていく。サーラ嬢の話を聞いて、少しだけ胸に引っかかっていたわだかまりはなくなった。これで心置きなくエトワールを拐っていくことができる。


「伯爵だか侯爵だか知らないが、孫娘を大事に出来ないんなら貰っていって構わんだろ」

「ああ、その通りだ。絶対に成功させるぞ、トマス=ハリス」

「頼むぞ、ジェレミア」


 二人で拳を打ち合わせていると、か細く呼びかける声がした。


「あ、あの……お二人はいったい何のお話をされているのですか?」

「ああ、任せたまえ、サーラ嬢。エトワール嬢は我々、聖堂騎士が助け出す!」

「……ああ、必ずな」


 どこか的外れなジェレミアの言葉だったが、それは核心を突いていた。彼女に長々と話す必要はない、一番大切なことを伝えてやり、安心させてやることが肝要なんだ。こいつは本当にそういうのが上手い。オレが脇道に逸れて迷ってしまうような時も、ジェレミアは迷わない。今も、こいつのひと言がオレに道を示してくれた。ジェレミアの力強い声に、サーラ嬢は感極まってかまた泣き出してしまった。


 そういえば……ジェレミアのやつ、聖堂騎士が、なんて言い方をしていたが大丈夫なんだろうか。あくまで個人的な犯行だということにしておかないといけないんじゃなかったか? 一瞬、副長の胃痛をこらえている様を夢想してしまった。……まぁ、大丈夫だろ。多分。

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