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騎士、使者に会う

 宿の女将さんが部屋の外から声をかけてくるまでぐっすり寝入ってしまったのは、久しぶりの柔らかいベッドのせいだろう。ぼんやりした頭でそんなことを考える。そろそろ起きないと朝食を食いっぱぐれる。身動ぎすると、背中に温もりを感じた。

 またジェレミアかと思い、手だけ回して頭を撫でると、何かが違う。眠い目をこすり確かめると、フレデリック・ガルムがオレの腰にしがみついていた。


「…………起きろど阿呆!!」


 考えてみれば、朝が弱いオレとは反対に、ジェレミアは早朝の鐘と共に起きて鍛練に励む。寝床にいる筈がなかった。


 オレ以上に朝に弱いのか、フレデリックは蹴り落としても起きなかったので、放っておくことにした。朝食の席に着くと、宿の表玄関から藤の籠を抱えたジェレミアが入ってきた。中身はリサへの手土産だな。この辺の特徴か、やけに毛の長い犬を連れている。成犬だろう、なかなか大きい。ジェレミアの胸あたりにちょうど頭があった。


「起きてきたか、トマス=ハリス。おい、フレデリックはどうした?」

「……おそよう。朝っぱらから犬と全力疾走か? フレディちゃんはまだ眠いってさ」

「そうか。なら、フレデリックの分は移動中に軽く食べられるようなものを用意してもらおう。お前が食べたらもう出るぞ」

「……うへぇ」


 快活な歩きで行ってしまった赤毛を見送りつつ、オレは残された犬を撫でてから外へ出してやった。朝食が運ばれてくるのを待ちながら、ジェレミアの兄であるマクシムのことを考える。尊大な顔つきはジェレミアも似たようなものだが、八歳上だけあって向こうの方が貫禄がある。子どもにまで引き継がれないといいな。






 分かりやすいジェレミアに比べて、兄貴はいつも(しゃ)に構えていた。まだ少年だったオレたちにはそんな彼が最高に格好良く思えたものだ。そりゃあもう、ジェレミアに会いに来るたびに子どもらから引っ張り(だこ)だった。


 上等の服に格好いい剣を提げており、大人たちだけじゃなくオレたちにまで土産物がふんだんにあった。今となっては全てがジェレミアのためであったと分かっちゃいるが、マクシムが村の少年たちの尊敬の的であったのは確かだ。陣地取りの遊びでも、マクシムは策士で、ありとあらゆる方法を披露してくれた。結局は力技が一番得意なところもまた彼のカリスマの一つだった。「悪戯するときは準備を念入りに。そうでなければ格好がつかない」と教えてくれたのも兄貴だった。

  

 今回の誘拐劇にはリスタール家の協力が不可欠だ。オレがジェレミアに(ふん)してエトワールと逃げるのだから、当たり前だ。勝手にやれば迷惑をかけるばかりかリスタールにも追われることになる。兄貴を通して親父殿の許可を得なくてはいけなかった。


 ジェレミアが返した手紙に、オレたちの目的と計画の一切合切を書いたものを同封しておいたのだ。親父殿はともかく、兄貴は笑って賛同してくれるんじゃないかと思っていた。情に篤いだけじゃなく、型破りなことが大好きだからな。いつでも何でも頼ってこいと言ってくれていて、実際、オレへの返信には「楽しみにしている」とあった。リスタール家の後押しが確約されたからこそ、後顧の憂いなくエトワールを連れ出すことが出来る。






「それにしても、遅いな。予定通りの日程で来たんだが。……まさか兄貴の計画が狂ったか?」


 この宿場街で兄貴からの使者と会う予定だったのだ。宿の指定はなく、ただ、目印として玄関に百合を彫った木製の飾りを置かせてもらう取り決めだった。


 何の伝言もないし、それらしき人物は目の届く範囲にいない。昨日、街に入るのが遅かったせいだろうか。


「はいよ、お待たせ」

「おお、ありがとう女将さん。そういや表の百合の飾り、誰か何か言ってきたかな」

「そういえば、朝早くに玄関で何やらガサガサしていた男が居たねぇ。ああ、あれあれ、あの男さ」


 女将が指した先には、まさに玄関から入ってきた男がいた。どこかで見たことがあるような……。


「あ……?」

「これは、ラペルマ殿!」


 ああ、彼はエトワールの護衛だ 。出会った状況が状況だったせいかよく覚えている。今は自衛のためか剣とダブレットだけで、きちんとした鎧は身に付けていないようだ。まぁ、それはこちらも同じこと、旅装であって本格的に魔物と戦える装備ではない。


「久しぶりだな。まさか、あんたがリスタールからの使いなのか?」

「ええ、そうです。詳しいことは、どこかで座ってお話ししたい。ただ、ジェレミア様には黙っているよう言われています」

「そりゃ、今が好都合だな。しかしまた、どうして……」


 できるだけ奥まった席へと移りながら、オレは小声で名も知らぬ彼に尋ねた。


「はぁ、若様の話では、今回の件についてジェレミア様からのお願いがない限り、若様や旦那様は知らない(てい)でやり過ごすそうですから」

「断言するが、ジェレミアは気付かないし頼み事もしないぞ。アイツは聖典の定めにしか従わないからな」

「最後まで何も言ってこなければ仕置きだそうですが。あと、口出しは無用で、とのことです」

「大変だなぁ、ジェレミア」


 お仕置きは確定として、いったい何をやらされるんだろうな。ジェレミアは精神的にタフに育ったから、昔みたいに泣くことはないだろう。雑用かな。頑張れよ、ジェレミア。


 さて、ドニと名乗った青年は懐から皮袋を取り出した。受け取って中身を検めてみると、大中小の金貨が何枚かずつ入っている。


「……これは?」

「小道具に金をけちるな、だそうです」

「さすが。ありがたく、いただいておく」


 変装のための衣装や、囮の人間の雇い入れ、そしてまたその口を塞いでおくことにも金は役に立つ。何か他の形でこの恩は返すことにしよう。


「それと、もう一つ。こっちは大事なので金に換えたりしないように、と言いつかってきました」

「おいおいおいおい……」


 オレは卓上に置かれた指輪のきらめきに目を奪われた。金無垢の重厚な輪に刻まれているのは、その武骨さにそぐわぬ精緻な百合の花だ。オレが木に彫ったものとは明らかに差がある、名高い職人の仕事だろう。

 これは封蝋に刻印するためだけの代物じゃない。リスタール伯爵家の当主やその代行者の証だ。


「金に換えるわけないだろ。むしろ、これは受け取れない。もし渡すとしたってオレじゃない。ジェレミアにだろう、これは」

「いいえ。ラペルマ殿に直接渡すよう言われました。何かあった時に、必ず役に立つと。いずれ取りに来られるそうです」

「…………」


 その言葉を聞いて、オレは納得した。

 これは言わば“試し”だ。


 この印章が必要になるのは、エトワールを連れて逃げるときだ。追っ手が肉薄し投降せざるを得ない場合や、衛士に見咎められた際に、オレの身がリスタール伯爵の庇護下にあることを証明するための物だ。これがあれば多少手荒に扱われても、命までは取られないだろう。

 むしろジェレミアの名を使って商人から何かを調達したり、リスタール配下の人間を動かすことすら前提とした貸出しなのかもしれない。そんな大きな権力がこの金の百合には込められている。


 オレの脳裏に推し量るような笑みを浮かべる兄貴の姿があった。「そこまでする度胸がお前にあるのか?」と、問いかけられているような気がした。


 リスタールを巻き込むのだ、これを受け取れば後戻りは出来ない。逆に、「今ならまだやめられるぞ」というマクシムの最後通告でもあった。


「ならば、謹んでお預かりする」


 ゆっくりと手を伸ばし、託された信頼の証を掌に乗せる。その重みに怯みそうになる心を、叱りつけるように強く強く握り込んだ。

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