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騎士、長き旅路を行く

 西部大森林は形の上ではアウストラル王国のものであり、あくまでも聖堂教会の自治区に過ぎない。ただ、この王国の成り立ちから考えると、実際上は聖火国の一部であるといえる。この自治区は大森林と名が付いてはいるものの、何も木が生えているばかりというわけではない。乾燥した赤土が露出する不毛の地もあれば、草原、丘など狩猟に適した場所もある。

 オレたち第六小隊が駐屯するリリオ、そして“風の墓所”を基点として考えて見ると、北東にカルドの街があり、ここはアウストラルとの接点だ。普通の旅人はこちらの街道を通ってアウストラル王国へ向かう。なぜなら、カルドから北へまっすぐ行けば西部大森林にも一つしかない“大聖堂”が建っているからだ。観光名所としてここを見逃す手はない。だが、“大聖堂”に寄り道せずに行けば、アウストラルの王都までは馬車で十四日で行ける計算だ。


 “風の墓所”から南東へ向かえばクラベルという町に行き着く。オレたちは今、このクラベルにいる。“墓所”より南は耕作には向かない土地柄で、ごつごつした固い大地、鉱脈を有する山々、急流の難所など、人が旅をするのには適さない。少数民族が暮らす集落が偏在し、軽々しく野宿など許されないような場所も多い。もちろん、宿なんてあるべくもない。

 だったらなぜ、この南側のルートを選ぶのか。答えは早さにある。北を行けば馬車で十四日の行程、どんなに馬でその時間を縮めても精々、十四日が十日か十一日になるだけだろう。それも馬を潰しながら、乗り手にも辛い旅路だ。それを南のクラベルからスパイス族の眷属であるゾウの背に乗せてもらえば、ジェレミアの生家であるリスタール伯爵家のあるカリヨンまで八日、王都までは十一日で行けるのだ。


 カリヨンからならノレッジ侯爵の領地と館は目と鼻の先だ。北のルートが王都からノレッジ侯爵の館があるネージュの街まで二日かかることを考えれば十六日と八日の差は大きい。舞踏会の前にエトワールと話をする機会もあるかもしれない。

 舞踏会まではあと十八日、北からのルートだとギリギリだったな。精神的な余裕のためにも南のルートが良い。高いところが、苦手でなければ……。


 今回フレデリックが手配してくれたゾウの車……いや、正確には輿(こし)だが、オレたち三人を運んでくれるのは奇しくも知り合いのゾウで、リサという名の若い女の子だ。兄のイッサや妹のサンサと比べてお転婆なところがあるが、優しくて気立ての良い娘ゾウだ。

 まだ若いので、高さは二十五から八フィートといったところで、小柄だがその代わり挙動がはきはきしていて、親世代に比べて速度が出る。大して急ぎでないとは言え、早めに着けるのならそれに越したことはないからな。


「一応確認しておきたいんだが、フレデリックは本当に僕の家には寄らないのか?」

「……ああ。そうしたいのはやまやまだが、私の実家に知られたくない。名乗れば素性はすぐに分かってしまうだろうからね。かえって迷惑になってしまう」

「そうか、残念だ。父や兄に紹介したかったんだがな」

「……くっ。その言葉だけで嬉しいよ、ジェレミア」


 リサの背に据えられた輿の中、フレデリックの奴が自分の脚の間にジェレミアを座らせ、ガッチリとその腕で抱きかかえていた。


「…………で、なにしてる?」

「揺れに弱くてね。ジェレミアに協力してもらっているんだ」

「寝てろ。床に転がしといてやる」

「トマス=ハリス、可哀想だろう。気にするな、フレデリック。僕の出す(いん)()で楽になるならいくらでも抱いているがいい」

「ジェレミア……。ありがとう」


 ……下心しかないくせに。


「ちょいとフレディに甘すぎるんじゃないか? それと……その、ぶかぶかのシャツは何だ、お前らしくない」

「フレデリックには世話になっているからな、僕が助けになるなら何だってするぞ? それと、シャツは……借り物だ。本当は僕のトランクから出してくれる手筈だったんだが、間違えてしまったようなんだ」

「すまない、ジェレミア……。トランクがよく似ていたんだ」

「いや、いいんだ。むしろフレデリックのを借りてしまってこちらこそすまない。甘えてばかりなのは僕の方だな」

「やりたい放題だな、フレデリック……!」


 宿に着いてもセクハラが続くようなら殴ってでも止めようと思った。オレがジェレミアの隣で寝よう。そうしよう。


「ジェレミアの家族といえば、確かお姉さんがいらっしゃるんだったな。お会いできなくて残念だ、きっと、ジェレミアによく似た美人なんだろうな」

「…………」

「…………」


 い、言えない……。ジェレミアは後妻である奥方に似ているから美人顔なんであって、異母姉のグリセルダは父親そっくりの男勝り、頭の良い男を婿にするべく大学で目ぼしいのを漁りまくっているなんて、口が裂けても言えない。






 こうして愉快な旅は始まり、途中はほぼ野宿だったが六日目の晩はようやく人間の住む街での一泊となった。リサと案内人は街の外で夜を明かすという。寂しげに鼻の先で摘まんだハンケチを振るリサに手を振り返し、刻限ギリギリで門の内側に駆け込んだ。


「リサには何か美味しい果物を買っていこう」

「そうだな、それがいい」


 オレが言うとジェレミアが頷く。


「彼女に乗るのに慣れてしまうと、馬車の旅は辛いな」


 フレデリックもどこか名残惜しげだ。そうだな、復路はエトワールを連れて帰るなら身を隠しながら、そうでなくても北の路を行くつもりだった。南には聖堂が少ないし、見渡しが良すぎる。それと、ゾウの移動手段は費用も高価だ。


「まあ、リサとはあと二日一緒にいられるんだ、仲良くすればいい。ゾウは賢い、見聞きしたことは忘れないそうだぞ。だからフレデリック、お前のこともきっと忘れないさ」

「そうだな、そうだったら嬉しいよ」


 さりげなくジェレミアの肩を抱こうとするフレデリックの馬鹿を邪魔しつつ、オレたちは宿へ入った。代金を前払いし、相部屋となっている一室を貸し切りとしてもらう。フレデリックがどうしてもと言い張ったからだが、もしかして気を使って広い場所を確保してくれたのだろうか。


「じゃあ、おさらいしよう。エトワール嬢を拐って逃げるとして、決行は舞踏会の夜だ、これは外せない。なぜなら、あのノレッジの屋敷だ、どんな罠が仕掛けられているか分からない。客が招待される舞踏会の夜だけが安全だ」


 部屋に通されると荷物をほどき、それが終わるとさっそく、フレデリックが地図を広げながら言った。続けてジェレミアが当日の流れを確認のために口にする。


「うむ。当日は父と兄が同じ馬車で先に向かい、僕とトマス=ハリスが後から向かう。だから衣装は最初から取り替えておいてもいいだろう。使用人に聞かれたら誤魔化す。舞踏会の会場ではお前が僕で、僕がお前だ。ちゃんとご主人様らしくしろよ」

「そう言うジェレミーちゃんこそ、オレの近侍の役になりきってくれよ?」


 片目を瞑ってみせれば、憮然とした表情がさらに深くなった。


「んん、では、続けよう。舞踏会の主役であるエトワール嬢と踊る者は順番が決まっている。ジェレミアもその一人だったね」

「ああ、そうだ」

「と言っても、実際に踊るのはラペルマ、君だ。ここでエトワール嬢に誘拐してもよいかと尋ねるといい」

「……何度聞いてもおかしな響きだな」

「放っておきたまえ。そして、実際に連れ去るのは最後の自由時間になってからだ。彼女の手を取り、堂々と連れ出す。ジェレミアは会場に残って追っ手を引き留める。……本当に大丈夫かい?」

「任せろ!」

「そして、私が待機させておく馬車でまずはネージュの街へ向かう。そこには囮がいて、カリヨンへ馬車を飛ばす。私たちは聖堂に身を隠し、ジェレミアが合流したら王都へ向かい、北の街道を通って“風の墓所”へと帰る。上手くいけば、こういう流れか……」

「明け方になっても僕が現われない場合、先に出発するんだぞ」

「……お前、ノレッジ侯爵に八つ裂きにされなきゃいいが、本当に大丈夫なのか?」

「フレデリックもトマス=ハリスも、二人して僕の心配ばかりだな。自分たちがトチらないことこそ願っていろ」

「にゃにおう。……この、このっ」

「よせ、貴様! 離さんか!」


 生意気な弟分の首に腕を回して固定してやれば、ムキになって外そうと暴れ出す。フレデリックはそんなオレたちをどこか寂しそうに、どこか羨ましそうに少し離れた場所から見ていた。……カリヨンに着いてしまえば、奴は別行動だ、この宿がジェレミアとゆっくり出来る最後だろう。奴が抱くジェレミアへの一方的な思慕を応援してやるつもりは毛頭ないが、それでもこのいつも澄ました男が、実際には甘えるのが下手なまま大人になってしまっただけの若人だと思えば、邪険にし続けるのも可哀想かもしれないと思う。その点、やはりジェレミアは無防備で抜けていて誰にでも優しいだけではなく、甘えさせるのが上手いというわけなんだろうか。


「いつまでやっているんだ、この馬鹿力! 痛いだろうが!」

「いてっ」


 考え事をしていたせいでジェレミアに反撃されてしまった。指を捻るのは良くないぞ。あと関節に力いっぱい指を入れるのも良くないな。痛い。


「全く! 僕は体を清めてくる! ついでにお前も来い、トマス=ハリス」

「え? 何でオレなんだ」

「お前一人じゃ湯が出せないだろう? 僕が背中を流してやる」

「ならば私も……」

「いや、狭いからフレデリックは後で使うといい。それじゃあ、先に失礼する。ほら、来い」

「………………」

「あ~~~、悪いな、フレディ!」


 恨みがましい視線から逃げるように、オレは着替えの入った袋を掴んで部屋を出た。あれだ、熱いお湯を頭からドバッとぶっかけるだけのジェレミア流で良ければ“風の墓所”に帰ってから存分にやってもらえば良い。その時は止めないから!

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