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騎士、友を得る

「ええと、つまり……話を纏めると、ラペルマはたった一度しか会ったことのない娘に惚れ込んでいて、彼女もまたラペルマを好いていると思っているわけだ。そして、名も知らぬ老婦人の言葉から、彼女が望まない結婚をさせられそうだと思っているんだな。で、彼女を縛り付けている家から解放してやりたいと望んでいる、と……」

「略すとそうなるな」


 ジェレミア、略しているんじゃなく要約しているんだ。あとガルム、訂正するようで悪いが別にオレが惚れているんじゃないからな。


「はっきり言うが、それはラペルマの思い込みであって、彼女の方は……。いや、もしラペルマの言うことが正しかったとしても、ノレッジ卿のご息女のことは諦めた方が君のためだ」

「ガルム! 気にするな、トマス=ハリス」

「だがジェレミア、相手は……」


 むっとしているジェレミアを宥めようと、ガルムがその背に腕を回そうとしている。何と言ったら良いかもわからず、オレはただ、彼女の頭に浮かんできた彼女の笑顔を、消えてしまいそうなその輪郭を追っていた。


「……彼女の瞳は、夜空のように……深い色をしていたんだ」

「…………」

「…………」


 黙ってしまった二人を前に、オレはゆっくりと言葉を紡いだ。自分に言い聞かせるよう、心が訴えてくる感情との齟齬がないよう、慎重に。


「どうしてこんなに気にかかるのかは、分からない……。ただ、忘れられないんだ。彼女が、エトワールが悲しむのが嫌だ。何とかしてやりたい……。

 せめて一度だけ、一度でも会って言葉を交わせたら、自分の心に答えが出るだろうと思う……」

「会いに行こう、トマス=ハリス! それで、彼女が望めばそのまま連れ出してしまえば良い」

「ジェレミア……。それもそうだな」

「ま、待ちたまえよ、相手は侯爵だぞ。しかもノレッジからはこの度、国王の第二妃が出る。大きな声では言えないが、あの“血塗れ”の冷酷王がまたもノレッジと繋がりを持とうとしているんだ、ラペルマの言うエトワール嬢もどこか大きな家に嫁いで血を繋ぐ役割がある!」


 ジェレミアに「わかるか?」と目線をやれば、しっかりと頷いて「わからん!」と返ってきた。


「ああ、もう!」


 ガルムが天井を仰いでいる。こちらとしてはアウストラルの法に従う必要などないのだから、「常識だぞ」と言われても困る。


「いいかい、外国から招いた正妃がもうすぐ男児をお産みになる。陛下は十六年前、国内の王位後継者を二歳だった妹姫を除いて皆殺しにしてしまった……。そのため、正妃の子どもがそのまま育てばグレアル国の発言力が強くなりすぎる。それを防ぐためにも国内の貴族から妃を取り、また、貴族同士の繋がりを密にする必要が生まれるんだ。

 だから、言いにくいがエトワール嬢は……。とにかく、諦めた方がいい。アウストラルを敵に回したくないだろう?」


 そんなこと知るか。

 エトワールが泣いているなら、すぐにでも駆けつけて、その涙を払ってやりたい……。


「聖堂の中に入ってしまえば、取り戻せまい」

「……は?」


 ジェレミアの言葉にガルムが大口を開けて声を失った。

 そうか、そういうことか。


「花盗人と騎士の遊びか、懐かしいな」

「よくやったろう? 僕はいつも騎士ばかりやらされていて、不公平だった。あれをやると大導師様にゲンコツを食らうというのに、お前たちは毎回懲りもせず……」

「ちょっと、ちょっと待った。何なんだい、その、花盗人……?」

「花盗人と騎士、だ。やったことないか? 子どもなら誰でも知っている遊びだぞ」


 この遊びは、決められた場所から姫役の女の子を連れ出して、それを騎士役の子どもが追うという単純な(わらべ)遊びだ。騎士が触れれば騎士の勝ちで、聖堂に逃げ込めば花盗人の勝ちだ。

 騎士役は多くても三人まで、また追うまでに聖典の一番長い節を唱えてからでないと動けない。姫以外の女の子は騎士を邪魔する妖精の役だ。姫は人気があり、順繰りにやっても喧嘩になった。


 昔はよく遊んだものだ。リアンを抱き上げて聖堂に駆け込んでは、「講義を邪魔するな」と導師様に怒られ、ゲンコツをもらった……。


 ちなみにこの遊びの元になったものは、実際に法として扱われている。追われた咎人(とがびと)が聖堂に逃げ込んできたら、どんな事情があろうとその咎人は丁重に扱われる。怪我をしていれば手当てを、餓えていれば食事を。そして、訴えがあれば双方の事情を聞き、聖典に照らし合わせてその処罰が下されるのだ。


「規模と聖堂までの距離が変わっただけで、やることは同じかぁ……」

「そうだ。だからやろう、トマス=ハリス」

「ああ、やるさ」


 ジェレミアが差し出してきた拳に、同じく拳を打ち付ける。弟分の無邪気な笑みに力づけられ、冷えていた体に温かみが戻ってきたようだ。


「……本気なのか? そんな無茶な話、信じられない。上手くいきっこない……」

「……ガルム。僕らは何だ?」

「…………」

「聖堂騎士だ! 聖典を唱えろ、全てのヒト族はその家によって立つ場所が決まるのではない!」

『その力によってのみ立つ場所を(さだ)むるべし』


 三人の声が重なる。


「それに、いくら僕が世間知らずでもこれだけは知っている、アウストラルの初代国王の父親は聖堂騎士だ。国王は父の遺志を継いで、自身と国の法は聖典に従うと誓ったんだ。

 国王の言葉は絶対、なんだろう?」


 ガルムが深く溜め息を吐き、ジェレミアが笑った。


「決まりだな」

「よし、兄に手紙を出す。お前が僕の代わりに参加しろ、トマス=ハリス」

「げ。お前はどうするつもりなんだ、ジェレミア」

「僕か? 僕はお前として参加するさ。ほら、騎士を邪魔する妖精役が必要だろう?」

「ぶっ! お前が妖精か……」

「なんだ?」

「いや、別に? 似合うぞ」

「黙れ、愚か者!」


 じゃれていると、横からガルムが口を挟んできた。眉根を寄せたその表情はどこか憔悴した様子だ。


「ジェレミア……、何故、君がそこまでする? ラペルマは分かる、彼はエトワール嬢のことを好いているのだから。だが、何故、君がそこまでしなければならない」

「そんなものは決まっている。僕も彼女が好きだからだ」

「…………」

「…………」

「彼女は聡明で美しい。話していてとても楽しかった。エトワール嬢は囚われて涙を流すべき(ひと)ではないと思う。だから、彼女は自分のあるべき場所を自分で選ぶべきだ。そのためなら、僕は力を惜しまない」


 そうか。

 ジェレミアが……。


「わかった。そこまで言うなら、私も手伝おう」

「ガルム?」

「宿の手配や馬の手配、その他にも仕事の調整が必要だろう? 私に任せてほしい。そういう事は得意なんだ」

「だが、お前は実家に戻りたくないだろうに……」

「追い出された身の上、今更戻るつもりはないよ。でも、王都に入れないわけじゃない」

「なら、お前に任せる。よろしく頼む、フレデリック」

「……ジェレミア」

「オレからもよろしく頼む、フレディ」

「誰がフレディか。せめてフレデリックと呼べ、ラペルマ」

「これで僕たちは友達だな!」

「と、ともだち……。そう、そうだな……」


 ああ、トドメまで刺すことないのになぁ。

 がっくりと項垂れるフレディの肩を叩いてやる。


「じゃあ、アウストラルまで花盗人しに行くか!」

「ああ!」

「ああ……」


 若干、モヤモヤとしたものを抱えつつ、オレたちはアウストラルに乗り込む準備に追われた。婚約者を見定めるという舞踏会まで旅の日にちを考えればギリギリではあったが、フレデリックの働きかけによって休みが取れ、そしてあっという間に出発の日が来たのだった。

 お読みくださりありがとうございます。次回はヒロイン側のお話になります。よろしくお願いいたします。

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