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騎士、変態に会う

 さて、目的のフレデリック・ガルム第六分隊長は、密林での調査任務に当たっているということだった。第五、第六の仕事は“墓所”より奥地での魔物の間引きや植物相の調査だ。じきに戻るだろうと、聖堂の前で待つことにした。隊長のガルムは戻ればすぐにでもここへ任務完了の報告に現れるだろう。


 聖堂を中心に警戒勤務をしている第二分隊の連中と話しながらガルムを待っていると、いきなり後ろから抱きすくめられた。脇から差し入れられた手が鳩尾あたりを拘束し、肩口に頭の重みを感じるに至って不快感が背筋を駆け上がる。


「ジェレミア……会いに来てくれたのかい?」

「おおおおお!?」


 体を大きく振って払うと同時に肘鉄を叩き込むべく力を込めた。だが、オレを抱き締めていた不審者は、音もなく軽やかに距離を取っていた。


「フレデリック・ガルム!」

「やぁ、君がラペルマか。後ろ姿だけなら本当にそっくりだな。ううん、私服だから間違えてしまった」

「この変態野郎!」

「失敬な。私はただ、ジェレミアが好きで好きで好きで仕方ないだけだよ」


 それを変態野郎と言うんだ。甚だ心外だと言いたげなその面に、心の中で一発くれておく。


「おい、まさかいつもこんな事やってるんじゃないだろうな?」

「勿論やっているとも。最初のうちはずいぶんと投げられたものだが、今じゃ慣れてくれたのか怒らないよ」

「ジェレミアぁぁぁ!!」


 やっぱり連れて来なくて正解だった! 

 にこやかに笑う浅黒い肌の美男子を改めて見れば、その隊服は血に染まっていた。だが、服に傷はなく、顔色も良い。


「ああ、返り血だ。怪我はない。心配には及ばないよ」

「聞いてない……」

「とにかく、報告をまず済ませてくるから待っていてくれないか。用件が何であれ時間を取るとも。私にとって悪いことでなければ良いんだが」

「……いっそ悪いことであればいいのに」


 誰にともなく呟いて、オレはガルムを待った。報告はすぐに済んだのだが、やれ湯あみをしたいだのやれ夕飯の時間だのと、逃げに逃げられもう就寝時間になりそうだった。


「いつになったら時間が取れるんだ!!」

「いやぁ、すまない。ところでジェレミアはどこに?」

「宿舎の自室だよ!」

「そうか。おっと、もうこんな時間か。悪いが明日に……」

「させるか!」


 わざとらしいんだよ!

 オレは廊下でガルムを捕まえて、ヤツの部屋まで案内させた。男所帯のくせに綺麗に片付いていたが、部屋の半分は雑多であり、そっちは第五分隊長のテリトリーなんだなと見て分かる。ふと、ガルムの書き物机に目が留まった。大切そうに飾られている物には確かに見覚えがある。


「おい、あれはジェレミアの短剣じゃないか?」

「……よく分かったな。無理言って取り替えてもらったのさ。代わりに私の短剣を肌身離さず持っていてくれるかと思うと……! ああ!」

「遠回しなセクハラをやめろ」

「あああ、彼をグスグズに甘やかして、メチャクチャに泣かせてやりたい!」

「……いい加減にしないと“墓所”に捨ててくるぞ、お前」


 身悶えしているガルムを蹴飛ばすべきか殴り飛ばすべきか、それが問題だ。


「……ふぅ。で、ラペルマは何の用なんだい?」

「尋ねたいことがあったのが一つと、ジェレミアを引き抜こうとするなって警告しに来たんだが、そっちはもういいや」

「おや。では彼をくれるのかい?」

「やらねぇよ。二度と近づけさせんわ」

「何故っ!?」

「当たり前だ!」


 全く、度しがたい変態め。どうしてこんな奴が女にモテるのだろうか。


「はぁ。で、聞きたいことっていうのは、アウストラルの名のある家についてなんだが」

「待ちたまえ、答えるなんて言っていないぞ」

「おそらく貴族で、名前は……」

「聞きたまえよ?」

「ノレッジという。エトワール・ノレッジ、聞き覚えがないか?」


 無駄な抵抗を試みるガルムを押し切り、エトワールの名を告げると、奴は怪訝そうな顔をした。


「……知らないのか?」

「ああ、うん」

「ジェレミアに聞けばいいのに。もしや喧嘩でもしたのかい?」

「いや……いや、してないさ。で、知ってるのか?」

「知っているも知らないもない。アウストラルでノレッジと言えば、初代国王に長く仕えた魔術師が祖の尊い家柄だぞ。聖堂とも縁が深い。社交には興味がなく政治の上では発言力はそれほどでもないが、今も国王に次ぐ権力者だ。

 アウストラルに侯爵家はひとつしかない。少し前の政変で、ノレッジが侯爵へ格上げされたんだ」


 言いながらガルムは机下から分厚い本を取り出した。うっすら埃を被った絹の表紙を払いつつ、めくってすぐの(ページ)には白い馬の紋章が大きく描かれていた。


「ほら、これがノレッジの家紋だ。白い馬の他に、アウストラルの国章にもある聖典が描かれているだろう? これはノレッジだけに許された、建国の礎としての証だ」

「へぇ……」


 ガルムの固い指先がトンッと本を叩く。


「お前、よくこんな物を持ってるな」

「爵位なんて継がないとはいえ、貴族の嫡子だからな。ジェレミアも持っているだろう?」

「…………」

「あっ……」


 何かを察したように口をつぐみ、ガルムはひとかかえもある本を元の場所に戻した。あいつに何を夢見てるか知らないが、あのジェレミアが仕事以外に目を向けるもんか。


「世話になったな」

「まぁ、調べれば分かることだ。もし恩を感じているならジェレミアに……」

「そのうちな」

「ラペルマ!」


 縋ってくる変態と揉み合いになりつつ、出ていこうとしていると、丁寧なノックがありオレたちは動きを止めた。


「リスタールだ、ガルム、居るか?」

「ジェレミア!」


 ガルムがドアを開けると、そこには封筒を手に持ったジェレミアがいた。湯上りなのか湿った髪に櫛を通して後ろに撫で付けている。柔らかそうな綿の白いドレスシャツに、しっかりした生地のズボンという、これから寝るとは思えない格好だった。なぜかガルムと揃いなのが気にかかるが、きっとあれだ、分隊長に支給された服なんだろう、そう思いたい。


「やはりここに居たか、トマス=ハリス。就寝時間になるぞ。点呼を取らなければいけないのだから早めに戻らないか」

「……すんません」


 恨めしそうにこちらを見てくるガルムから目を逸らしつつ謝っておく。本当にオレを迎えに来ただけらしいジェレミアの腕を取って、ガルムは帰らせまいとしているのか封筒について尋ねた。


「ジェレミア、この手紙は私宛てかな?」

「いや、違うぞ。これは兄から僕に宛てられてきたもので、アウストラルで開かれる夜会の招待状だ。そうそう、トマス=ハリス、ノレッジの名をどこかで知っていると思ったらこの手紙のせいだったぞ。今度の夜会でエトワール嬢の婚約者を探すらしい。もちろん、表向きは別の理由で開かれるそうなんだがな。……トマス=ハリス?」


 …………婚約者?


 衝撃に一瞬、心臓すら動きを止めた。次いで激しい怒りがこめかみで脈打ち、視界を暗く狭めた。


『不幸なお嬢さんを…』


 老婦人の言葉が頭の中をぐるぐる回る。


「……リス! トマス=ハリス・ラペルマ! しっかりしろ」

「あ……、すまん」

「いや、良い。それよりどうした、何をそんなに怒っている」

「………………」

「こんな場所でする話でもない、中に入りたまえ」


 ガルムに促され、中に入った。二人が何かしらやり取りしている間、オレはふつふつと沸き上がる怒りを抑え込み、何から説明するべきかを考えていた。

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