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騎士、叱られる

 こんにちは。今回は“風の墓所”を守る聖堂騎士団のアイドル、ジェレミーちゃんの頭が残念だなぁというお話しです。キャラクターに抱いていたイメージが崩れるかもしれませんので、先にごめんなさいしておきます。

 二十三にもなって叱られに行くというのはなんとも心にクるものがあるが……。今回ばかりは仕方ない。覚悟を決めて扉を叩けば、冷たい声が返ってきて気分がさらに沈んだ。


「ジェレミア分隊長、今よろしいですか?」

「……入れ」

「あー、えっと……」


 冷たい眼差しに言葉が詰まる。オレがすっからかんの脳みそから謝罪を捻り出す前に、ジェレミアが口を開いた。


「ラペルマ。今回の外出の件だが、いくら副長殿に許可を取ってあるといっても、直属の上司である私にも話しを通しておいてほしかったな。この件での処罰はない。次回から気をつけるように」

「ジェレミア、その……」

「ラペルマ、私は今、上官として君に接している。そのような態度を続けると、別の処罰を下さなければならなくなるぞ」

「……すみませんでした、分隊長殿。以後、気をつけます」


 オレたちの間に沈黙が下りた。いたたまれなさに今すぐ部屋を出て行きたい気になるが、それじゃあ謝りにきた意味がない。ジェレミアの表情を窺い、話を切り出す隙を探す。先に口を開いたのはジェレミアだった。


「お前が無事で良かった」

「ジェレ……」

「だがな! お前はもうちょっと己を省みるべきだ。魔術が使えないということは、僕たち聖堂騎士にとって片腕を封じられたに等しい。いくらお前が優れた戦士であっても、それは変わらない。いや、優れていたからこそ不便を味わってきたはずだ。

 僕を頼ってほしいが……どうしても嫌なら誰か別の者を側に置け。単独夜行なんて真似は二度としてくれるな」

「……ああ。すまなかった」

「そもそも負けず嫌いで意地っ張りで自信過剰で、なんだって自分のやることなら上手く行くと思っているからそういう行動に出るんだ。本当に反省しろ!」

「はぁ? 負けず嫌いで意地っ張りなのはお前だろうが」

「なんだと!?」

「何だよ?」


 しばらく睨み合っていたオレたちだったが、同時に吹き出した。昔に戻ったみたいに笑い、ふざけて拳をぶつけ、肩にも一発ずつ入れた。ベンチに腰を下ろして、隣に座ったジェレミアがオレを見ずに呟く。


「僕が上官になったこと、気にしているかと思っていた……」

「まさか。お前は最初から偉そうだったろ。何も変わっちゃいないさ」

「なにおぅ。ああ、そうか、お前はいつだって無責任だったものな、トマス=ハリス」

「言い過ぎだろ……」

「あ、悪い。で、どうして一人で行ったんだ? 書き置きくらい残して行けば良いものを。……すごく心配したんだぞ!」

「そりゃあ、悪かったな」

「それに、僕だってエトワール嬢に会いたかった」


 ぼやくジェレミア。どうしてオレの行き先を知っているのかと聞いたら、“風の墓所”へオレを探しに行こうとして隊員と揉めていたときに見かねたジンウェイ副長が教えてくれたのだそうだ。……お前も無茶するんじゃない、分隊長なんだから。


「あんま危ないことすんなよな」

「もっと危ないことする奴に言われたくないな!!」

「ごもっとも。しっかし、夜の点呼のときに気付いて追ってくるんじゃないかと思ってたんだけどな、ジェレミア」

「……気付いてはいたさ。しかし、その。僕もついこの間外泊してしまったしな。そこまでヤボじゃない、つもりだ」


 うん、前まではすごくヤボだったけどな。金杯騎士団では先輩たちに嫌な顔をされつつお小言はやめなかったもんな。おかんか! しかしてその外泊はオレのせいなので何も言えない。


「そうだ、酔いつぶれた日、大丈夫だったか? 誰かが面倒見てくれたんだったか」

「ああ……。うん」


 さっきまで所在無げに頬を右人差し指で引っ掻いていたジェレミアだったが、話題が変わると露骨に不機嫌になった。もしかして置いて帰ったことをまだ怒っているのだろうか。


「あの朝は、気付いたらフレデリック・ガルムと同衾していてな。びっくりした」

「なんでまた……」

「そんなの僕が知るか。あいつの話では僕があまりにも気持ち良さそうに寝ていたから起こすのが可哀想になって隣にある宿に運んでくれたんだそうだ。くそ、『ジェレミアは根を詰めすぎなんだから、倒れる前に私を呼べ』だなんて、あいつ僕より一つ下のくせに!」

「ああ、うん、そうだな」


 ガルムというのは第六分隊の長であり、濃い栗色の巻き毛をきっちりと撫で付けた長身の美丈夫だ。文武に秀で、十五の成人の年にアウストラルでの騎士叙勲を蹴って聖堂に仕えるためにこちらに流れてきたという異色の存在である。聞けばジェレミアと同じく貴族の出身だとか。

 剣の達人であり白術に優れ、指揮も執れれば書類仕事も完璧。女にモテるがそのあしらいも上手く、強さ故に男連中からの受けも良い。そして「ジェレミアは私の嫁だ」と公言して憚らない変態でもある。


「しかし、妙なことを言っていたな……。『妻を気遣うのは夫の務め』だとかなんとか。ガルムは確かまだ独身じゃなかったか?」

「……うん、変な奴だな」

「そうだよな。どうした、トマス=ハリス。具合でも悪いのか?」

「いや、大丈夫。ジェレミーちゃんはそのままでいてくれれば良いから……」

「?」

「置いて行って悪かったよ」

「うん? 本当にどうした?」

「この話題はやめよう、な?」


 ジェレミアは強いから就寝中でも何かあれば反撃しただろうし、貞操はきっと大丈夫だろう。変態の前に置き去りにしてしまった罪悪感で心が痛い。


「ガルムは悪い奴じゃないんだが、顔を合わせる度に『第六へおいで』と誘ってくるから面倒なんだ。あいつの方がここは長いだろう? 無碍にできなくてな……」

「おい、それは初耳なんだが?」

「そうだったか? ガルムは分隊長の中じゃ一番の手練れだろう、僕もあいつとの手合わせが楽しくて、つい(ほだ)されそうになるのがいかんな」

「そりゃ困る」

「だろう? 僕は術頼りになりがちで剣じゃ押し負けるんだ。いつか組伏せてやりたいんだが……なかなか勝てそうにない」

「違う、そうじゃない。お前が居なくなったら第三分隊(ウチ)は解散だろうが!」

「それもそうだな」


 そうだな、じゃない。ロクフォールが泣くぞ。ジェレミアは仕事馬鹿だからなぁ、ひとの心の機微に疎いんだよなぁ。激ニブとも言うが。むしろそれだけ変態と一緒に居て口説き文句の一つも出ないはずがない。……気付かない、のか?


「もう、あいつの話はいいや。それよりジェレミア、エトワール嬢だが、カルドじゃ会えなかったぞ」

「えっ? だって、ファラダ商会の娘さんだろうに」

「違ったんだよ。ファラダ商会の娘は確かに黒髪だったが六歳くらいだったぞ。しかも一人娘で姉妹はなし、名前もエトワールじゃなかった。どんな聞き方したんだよ、ジェレミーちゃんは?」

「うぐ……。だ、だが、家の紋が馬だって……」

「短絡的」

「うるさい! で、なんの収穫もなく戻ってきた訳じゃないんだろう?」


 羞恥に頬を染めたジェレミアがオレに肘打ちを食らわせてきたのを、こちらも肘で防ぐ。ムッとした顔になった弟分の肩に腕を回して、オレは声を小さくして彼女の名を明かす。


「エトワール・ノレッジ。……聞き覚えがないか?」

「ノレッジ……、ノレッジ? うーん、聞いたことがあるような無いような……」


 ジェレミアの答えにガックリきた。知らないのかよ。期待してたんだがなぁ……。


「おいおい、相変わらず仕事が絡まないと名前が覚えらんないのか。実家は貴族階級だろうに」

「ふん、どうせそんなの名前だけだ」


 そんなこと言ってると親父殿が怒るぞ、坊っちゃん。


「待てよ。そうだ、兄からの手紙にそんな名前があった気がするぞ」

「おお!」

「だが、……どこへやったかな?」

「おおぅ……」

「兄は、こっちからの手紙には一切返事を寄越さないくせに、頼み事やなんかのときだけ送りつけてくるんだから……」


 一度宿舎へ戻らねばならない、とジェレミアは言った。だが、部屋は片付いているものの、何でも同じ箱に全て突っ込む癖のあるこいつのこと、手紙を探すのは時間がかかるに違いない。

 仕事が絡まないと途端に使い物にならなくなるのがジェレミアの悪所だ。


「貴族連中についてはガルムの方が詳しいぞ。なんなら僕が行って聞いてきてやろうか?」

「いいよ、お前は兄貴からの手紙を探しておけ。大事な用件だったらどうする」

「フン、本当に大切なら本人が来るさ」


 不機嫌そうに肩で風を切り、ジェレミアは一人、宿舎へ戻っていった。兄貴の話題になるといつもこうなる。……まぁ、「いつか必ず迎えに来るから」と兄貴に言われてもう十六年、諦めはついていても怒りというものは冷めないらしい。


 ジェレミアの生家であるリスタール伯爵家は代々王都の郊外で直轄領の代行をしているらしい。それがどれほど偉いのかは分からないが、異母兄と異母姉がおり、跡目争いを避けるために聖堂に預けられたジェレミアは、八つの歳から家族と離れて暮らしている。

 オレが大陸からこちらへ渡ってきたのが六つの歳だから、聖堂での生活はオレの方が長いわけだ。


 昔は何をやらせても下手くそだったジェレミアは、今では聖堂騎士の中でもずば抜けて優秀な黒術(こくじゅつ)の使い手であり、文武に秀で、順調に位階を上げている。それは全て、あいつのたゆまぬ努力の賜物であり、誇っていい事だ。特に、得手ではなかった黒術を使いこなせるようになるまでに多くの時間を費やしてきた。


 魔術には二つの側面がある。一つは「動」を司る白術(はくじゅつ)(よう)()が体に流れている者だけが使うことができ、男性に適性がある。男は陽性の生き物だからだ。


 もう一つは「静」を司る黒術。(いん)()が体に流れている者だけが使うことができ、女性に適性がある。女は陰性の生き物だからだ。


 聖堂騎士とはこの()というものが二種類流れており、かつ用いることができなければ登用試験である通称「試し」にすら挑戦することすら叶わぬ狭き門の先だ。黒と白、両方の魔術が使えるとはいえ、男性である以上は陽の気が多く流れるし、そちらが得意であるものだ。

 それを、ジェレミアはただ「黒術が戦いに有利だから」という理由だけで、己に流れる陰の気の割合を修行して増やしてきた。増やし、使い、学び、そして研究した。白術の方が得意にも関わらず、それらを封印して黒術のみの行使を心掛けてきた。


 長く、苦しく、なかなか成果が見えない修行の果てに、次代の“黒騎士”に選出されるのではないかと噂されるまでになったのだ、可愛い弟分が誉められるのは素直に嬉しいもんだ。そのジェレミアに悪い虫が集ってくるというなら払ってやらないと。あいつ一人で「ノレッジについて教えてくれないか」なんて借りを作るようなこと聞きに行かせたら……。何されるか分かったもんじゃない。そもそも何されてもケロッとしている可能性があって嫌だ。カルドで出会った小さな女の子の方が身持ちが固いとか……返すがえすも残念な弟だ。

 お読みくださりありがとうございます。週一更新のために全く出番のない正ヒロイン、エトさんのことも忘れないでやってくださいね。シリアス部分に差し掛かったら、更新頻度を高めるつもりです。もう一本の連載のストックさんが、死ななければ。


★以下、小話

ジェレミア「僕の方が兄だ!」

トマス  「オレの方が兄貴だろ」

ジェレミア「僕の方が二月も先に生まれたんだぞ?」

トマス  「だとしても、聖堂はオレの方が長い」

ジェレミア「僕が兄だ!」

トマス  「弟のクセに!」


周囲の意見「もう双子でいいじゃん」

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