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平凡王女の非凡な事情  作者: 有喜志寿実
☆私と王宮事情
6/7

旅立ちに向けて修行中

『いつか、旅に出てみたい。』

 

 アメリナの中にそんな思いが生まれてからは、彼女はさらに積極的に色々なことに取り組んだ。ヴィオールがかつて旅をしていたころの経験を聞き、旅に出る時に必要な野営の技術を自分で調べ、さらには今まで以上に勉強や鍛錬にも打ち込んでいた。

 生まれて初めてできた自分自身の小さな思いにアメリナは夢中になっていた。舞い上がっていたとも言えるのかもしれない。何せ今まで一度も「自分で」得ることがなかったアメリナが、初めて「自分で」得たものだったのだ。






「おい、大丈夫かアメリナ?」

「何が?」

 ある日、いつも通りの訓練を終えた後、アメリナはゼフィルに呼び止められた。アメリナを呼び止めたゼフィルの顔には心配しているという表情が浮かんでいる。

「お前、最近ちゃんと寝てるか?……じっちゃんの訓練はシャレにならねえくらいに厳しいから、疲れたまま受けると大怪我の元だぞ。」

「ああ、そういう事。分かってるわ。ヴィオールさんは本当に容赦ないもの。ちゃんと訓練の時は気を抜かずにやっているから大丈夫!」

「……本当か?」

「本当よ!」

 そう言ってアメリナは満面の笑みを浮かべる。ゼフィルの表情は未だに晴れなかったが、とりあえずはアメリナの言葉を信じて渋々と頷いた。ゼフィルは本当はきちんと休んでいるのか寝ているのかと、もう少しアメリナに問い詰めようと思っていたのだが、本人が大丈夫と言っているのにしつこく聞きただして嫌われるのも嫌だと思い、その言葉を飲み込んだ。


 ――その数日後、ゼフィルは自分の判断を後悔する事になる。











 その日は近年まれに見る猛暑日であった。ただ外を歩くだけで暑く、黙って立っていたらそのまま茹でられるか焼かれるかするのではないか等とありえない事を人々が考えてしまうくらいには、暑い日であった。しかしそんな日でも兵士たちの訓練はある。老いたとはいえ、こんな猛暑で倒れる程『剣聖』のヴィオールはヤワではないのだ。


「ちんたらするな!!暑いからって気が抜けているんじゃないのか!?」

『はい!!』

 ヴィオールの怒声に兵士たちが大きな声で返事をしながら走り込みを続ける。こんな暑い日に問答無用の鬼訓練をしているとなると酷な様に思われるかもしれない。けれども実際問題、暑い寒いくらいでいちいち兵士が倒れているのでは話にならない。それを兵士たちが理解しているか否かは定かではないが、指南役であるヴィオールに不満をぶつける事なく訓練をこなしていく。


 それは当然、少し離れたところで兵士とは違う訓練メニューをしている子供たち二人にも言えることであった。

「……アメリナ、大丈夫か?」

「へ、平気よ…!」

 ゼフィルの心配そうな視線を受けながらアメリナは訓練を続けているが、ゼフィルから見たアメリナの顔色は相当悪く、もともと色白の肌が更に真っ白に…むしろ青白くなっていた。しかしアメリナはそんなことはお構いなしとばかりに訓練に打ち込む。

 ゼフィルが知る由もないが、近頃のアメリナは少し夜更かしするつもりで本を読んで、気がついたら朝日が昇っていたなんて生活がずっと続いている。口では強がりを言ってはいるが、正直アメリナは限界に近かった。


「よし、休憩!!」

 ヴィオールのその言葉に兵士たちは倒れ込むようにその場に座り込んだり、水分を求めて水筒の置かれている木陰に向かって走って行ったりと思い思いに動き始めた。

(今日は本当に暑い。……いつもより休憩は多めに入れるかのぅ。)

 自らの訓練着の襟元を煽いで風を入れながらヴィオールはそんな考えを巡らしていた。それと同時に子供たちの方に視線を向ける。

(あの子たちは大丈夫かのぅ?特にアメリナは最近顔色が悪い日が続いている。勉強も教わるだけでなく自分でも良く学び、訓練も集中して良く打ち込んではいるが、心配だ。あの子はわしが何を言っても「大丈夫」しか言わないからなぁ…。)

 子供たちの方も休憩の指示は聞こえていた様で、ゼフィルがアメリナの手を引いている。微笑ましいと思ったのもつかの間、二人が少し歩いた所で異変が起きた。


「アメリナ、休憩だってよ!」

「うん、分かった。」

 ゼフィルがアメリナに声を掛け手を引く。少し離れた木陰には二人分の水筒が置かれており、そこで二人はいつも休憩を取っていた。ゼフィルが木陰に向かい数歩あるいた所で、アメリナは突如、自分の足元が大きく揺れ動いたように感じた。思わずこけないように踏ん張ろうとするが、自分の脚がまるで軟体生物になったかのようにぐにゃりと曲がり力が入らない。あれ、と思った瞬間には、アメリナの目の前は真っ暗になった。


「アメリナ!?」

 ゼフィルは突然重くなった腕とドサリと何かが崩れ落ちる音に驚き、後ろを振り返った。後ろを向いたゼフィルの視界に飛び込んできたのは、座り込むような形で目を閉じて動かないアメリナだった。

「アメリナ!しっかりしろ!」

「揺さぶったらいかん!!」

 慌ててアメリナの肩を掴みゼフィルは軽く揺すり始めた。それを慌てて止めに入ったのは、兵士の中でも古参の部類に入るゴーシュ=マグタと言う男だった。ゴーシュはアメリナとゼフィルをかわいがってくれている気のいい男で、今日も二人と話をする為に近付いていた所であった。

「一回姫さんを横にしなさい!呼吸はしているか!?」

「動けるものはすぐに水で冷やした布と沢山と担架を持って来なさい!担架が来たらそのまま彼女を医務室に運ぶ!!」

「は、はい!!」

 ゴーシュの後ろからヴィオールも慌てて駆け付け、アメリナの様子を見てすぐに近くにいた兵士に指示を飛ばす。ゴーシュはアメリナが呼吸をしていることを確認すると、体を横向きに変えたり下顎を少し持ち上げたりとアメリナの体勢を変えて行く。

「ヴィオール殿。これは……。」

「うむ、暑さにやられたのじゃろう。すぐに涼しいところに運んで体を冷やして、水分……いや、塩水の方が良いか……。」

「じっちゃん、アメリナは?」

 ゴーシュとヴィオールが冷静に対応しているのを見て、ゼフィルはおろおろしながらアメリナの容体を聞いた。

「心配するな。わしに任せなさい。」

 ヴィオールは軽くゼフィルの頭を撫でると、水で湿らした布を持って来た兵士から受け取り、アメリナに応急手当てを始めた。






 アメリナが目を覚ました時に飛び込んできたのは、自室の天井であった。

(……あれ?私、確か訓練場にいたよね?)

 なぜ自室にいるのかアメリナはしばし考え、そしてすぐに思い至った。


(私、倒れた?)


 突然足に力が入らなくなり、視界が真っ黒になって、そして目を開いた時にはここにいた。そこから導きだされる答えは一つだ。

(やっちゃったなぁ。)

 アメリナは寝台から体を起こしながら、これはヴィオールさんにどやされるな等と思考を巡らしていると、自室の扉が開く音がした。


「――アメリナ!!」


 部屋に入って来たのはゼフィルであった。驚きと焦りの入り混じった表情を浮かべているが、よく見ると若干顔色が悪い。彼は手に持っていた水桶をそこらへんの床に投げ捨てるように置き(水が入っていたらしく、若干床に水がこぼれた)、走り寄ってきた。

「まだ体を起こすんじゃねーよ!頭は打ってなかったとはいえ、万が一ってことがあるだろうが!!」

「え、でも、全然大丈夫――」

「な訳ねえだろ!病人の大丈夫ほどあてにならんものがあるか!いいから寝ろ!!」

 アメリナとしては確かに若干体はだるいように思えたが、寝るほどではないと思っていた。しかし、ゼフィルに鬼のような剣幕で捲し立てられ、さらに肩を押さえつけられて物理的に寝台に寝かしつけられた以上、アメリナに逆らう気力はなくなっていた。

「じっちゃんを呼んでくるから、絶対、ぜーったい、起き上がるなよ!!いいな!?」

 ゼフィルはそれだけアメリナに向かって叫ぶと、引き絞った弓矢のように部屋から飛び出していった。

「……ゼフィルったら。」

 心配性な幼馴染だな等とのんきに思いながら、アメリナは飛び出していったゼフィルを視線だけで見送った。






「大丈夫か!!」

 アメリナの想像と違い、ヴィオールの第一声は自分を心配するものであった。

「…え?」

「お前が突然倒れた時は心臓が止まるかと思ったんだぞ……。全く、心配をかけおって。」

 てっきり訓練時のように叱られるとばかり思っていたアメリナは混乱していた。今まではたとえ頭が痛かろうが熱があろうが風邪をひこうが、誰もアメリナのことなど気にかけなかったのだ。こんな風に本気で誰かに心配をされるのは初めての経験であった。

「えっと、ごめんなさい?」

「そうじゃな。皆、アメリナ――お前のことを心配している。そのことを自覚して大いに反省しなさい。そして、お前のことを心配してくれた多くの人たちに感謝をするのじゃ。いいか?」

 ヴィオールがそういいながら部屋の出入り口の扉の方まで歩き、バタンと大きな音がするほど勢いよく扉を開く。するとそこからゴーシュをはじめとする兵士たちがなだれ込んできた。皆、寝台からぽかんと驚いた顔を向けているアメリナを見て、口々に言い始めた。

「おー姫さん!よかった!元気そうじゃねぇか!」

「突然倒れて心配したんだぞー!」

「ちゃんと食って寝るんだぞ!そうすりゃ病気なんて治るんだからな!」

「ばっか!お前と一緒にすんな!姫さんは女の子だぞ!」

「つーか、まだ少し顔色が悪いな。しっかり休めよ!」

 突然の展開に全くついていけないアメリナであったが、彼らの顔に不安や安堵、それに喜びというのを見つけて、彼らは自分のためにこれだけの心を傾けてくれたということを唐突に理解した。


「――お前らがいたら、休めるもんも休めねーよ!!」


 ぎゃいぎゃいと言いたいことを言いたいように言っている兵士たちに、後ろからやってきたゼフィルが怒鳴りつけた。ゼフィルの後ろには老年の往診鞄を持った男性――医者がおり、彼らを見ながら苦笑を浮かべている。

「ゼフィル!いたのか!」

「おい、年上には敬語を使えっていっつも言ってんだろボーズ!」

「というか、お前の怒鳴り声もうるさいぞ!!」


「いい加減にしなさい。」


 どこか底冷えする鶴の一声ならぬ、医者の一声。それだけでその場にいる人は皆、静かになった。






 ヴィオールが兵士とゼフィルを追い出した後、医者はアメリナの診察をした。

「うん。やっぱり熱中症だったな。しかしこれなら後遺症等は心配ないだろう。」

「すまんな。マルク。」

「気にするなよ、ヴィオール。お前には世話になっている。それにこんな機会でもなければ、町医者が王女様を診察する機会なんてないだろうしな。」

 そういいながら町医者マルク=ケルはヴィオールに向かって茶目っ気のある笑みを浮かべた。本来ならアメリナは王族専用の専属医に見せるべきなのだろうが、アメリナの立場は非常に不安定だ。専属医に診せるとなると、害されることはないだろうがいい加減な診療を行う可能性があった。そのため、ヴィオールは自分の友人であり優秀な町医者のマルクを呼んだのだ。

「あの、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。」

「いいや、気にしないでいいですよ、アメリナ王女様。私はそんなしょぼくれた顔での謝罪より、とびっきりの笑顔での感謝が欲しいのですが?」

「おい、年齢としを考えんか。しまいにはロリコンと呼ぶぞ。」

「違う違う。私に年齢は関係ない。すべての女性を等しく愛でるフェミニストなだけだ。」

「嫁にちくるぞ。」

「悪かったよ!」

 年の割に若々しい言葉を使うマルクに対し、辛辣な態度でヴィオールはマルクに釘を刺す。そんな会話がおかしくなり、思わずアメリナは笑っていた。

「おお、やっぱり女の子は笑顔が一番ですな!」

「あ、ありがとうございます。」

「ふふ、どういたしまして。それと少し睡眠不足なのでは?後、若干の貧血も見られます。しっかりと体を休めないとだめですよ?」

「は、はい。」

 少々心当たりのあるアメリナは、ばつの悪そうに視線を逸らした。診察を終えたマルクは立ち上がり、アメリナとヴィオールに視線を向けた。

「それでは私は帰りますがくれぐれも無理はしないように、アメリナ王女様。あなたはまだまだ子供で、しかも成長期です。無理をすれば年を取ってから体に変調をきたすかもしれません。決して無理をしてはいけませんよ。……ヴィオール、アメリナ王女様を頼むぞ。」

「分かりました。」

「言われんでも。帰りもゼフィルに送るように言っている。」

「分かってるよ。それでは失礼いたします。」

 そういうとマルクは去って行った。残ったヴィオールはもう一度アメリナに諭すように語りかける。

「アメリナ。今のお前はもう一人ぼっちではない。何かあれば、ワシやゼフィル、ゴーシュや兵士たち……皆がお前の心配をするんだ。」

「……はい。」

「何を急いでいるのかはわからん。じゃが、お前にはまだまだ時間がある。ゆっくり自分のペースで学んでいけばいい。己の体調管理も修行の一環だと思えば気合も入るじゃろう。」

「わかりました。……ありがとうございます。」

 ヴィオールはアメリナの頭を一撫でしてそのまま部屋を後にした。アメリナはふと目覚めたばかりの時に視界に入ったゼフィルの顔を思い出した。

(あんな顔、してほしくないな…。ううん、違う。私があの顔をゼフィルにさせたんだ。)

 いつも明るく、まるで燃え上がる太陽みたいな笑顔のゼフィル。そんなゼフィルに暗い顔をさせたことをアメリナは反省した。

 アメリナは自分に何かがあれば心配してくれる人間がいるということをこの日初めて知った。そして自分を心配してくれる気持ちは、温かいと同時に苦しい気持ちになるということも知った。もうこんなことを起こさないように、無理は絶対にしないと決めたのであった。






 数日後、完全に復帰したアメリナは相も変わらず勉強や訓練に励んでいた。しかし前の二の舞にはならないように、自分で計画を立てながら無理なくやっていた。


 ――そんな日々を送っていたアメリナは、突然、国王から呼び出された。





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