6.失われていく緊張感
モウルは提供された住居の機能を使って、童話を書いてみることにしました。
モウルが以前住んでいた巨大都市ツーでは、一度発表してしまった文書は、もう自分では修正することも削除することもできません。言わば、筆を使って墨で壁に直接書くように、一発勝負です。
だから文書を発表する前には、何度も何度も見直して、間違いがないようにものすごく気をつかいます。
ところがこのナーロ街では、一度発表してしまった文書でも、簡単に修正したり削除したりできるのです。言わば、鉛筆で紙に書いたものを、消しゴムで消したり紙ごとゴミ箱に捨てたりできるのと同じです。
マニュアルによれば、あまりむやみに文書を削除すると、最後は怒られるみたいですが。
「これは便利な機能だな。でも、この機能に慣れきってしまうと、文書を発表する時の緊張感がどんどんなくなっていきそうで、ちょっと怖い」
モウルがその機能を使ってせっせと童話を書き始めると、案の定、どんどん緊張感が失われていきました。
「ああ、もういいや。見直してないけど、今回はこのまま発表しちゃおう。何かあったら、後で修正すればいい」
便利な機能は、人を堕落させるのです。