28.ちゃぶ台をひっくり返した後で
星と月がきれいに輝くある晩のこと、モウルは郊外の墓地に来ていました。
その墓地の片隅にあるおじいさんのお墓を、ポンポンと軽く手で叩きながら、
「この前、おじいさんの息子さん夫婦がお孫さんと一緒にここに来て、このお墓に向かって、『今までおじいさんのことをキチガイ扱いして、本当に申し訳ありませんでした』、って謝ってたよ」
と、笑いながら言いました。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、それはワシも見たかったのう。もっとも、そんなことをしたら、えらく怒られることじゃろうが」
そのお墓に入っているはずのおじいさんが、モウルの目の前で、さも愉快そうに笑っています。
幽霊なんかじゃありません。ちゃんと生きています。
すべてはモウルの仕掛けた計略でした。おじいさんが死んだことにして「風ひま」を新人賞に応募し、見事大賞をだまし取ったのです。
おじいさんが過労で倒れたのは事実ですが、モウルが早めに入院させたのが幸いして、今はごらんの通りピンピンしています。当分死にそうにありません。
「今はまだ、おじいさんが生きていることは隠しておいた方がいいね。家族にも世間にも」
モウルは空っぽのお墓に寄りかかって、夜空を見上げ、
「僕の狙い通り、『風ひま』が大ヒットしたことで、出版社は大もうけできたし、読者は感動をもらえたし、おじいさんの家族は印税が入ってウハウハだし、誰も損する人はいない。ただ、おじいさん本人はあまり得していないのが、残念だけれど」
「なあに、ワシは作家になるという長年の夢が叶っただけで十分じゃよ。それよりモウル、お前こそ、これだけの大がかりな事をやりとげたのに、自分は一つも得をしておらんではないか?」
「うん。仲介でいくらか出版社からせしめたお金は、おじいさんの入院費と架空の葬儀をでっちあげたツーの知り合いに支払ってしまって、今はこれだけしか残ってない」
モウルは薄い札束の入った茶封筒を、上着の内ポケットから出して、おじいさんに手渡します。
「少ないけれど、元々、おじいさんの書いた作品が稼いだお金だよ。遠慮なく受け取って」
「山分けにせんか? お前にはその権利が十分あると思うが」
モウルは首を横に振って、
「僕は、世の中を相手どって、これだけの悪ふざけを、自分のやりたいようにやれただけで十分さ。悪ふざけで得たお金は、自分の利益のために使っちゃいけないんだ。それをやってひどい目に会った人達を、僕は今までにたくさん見てる。巨大都市ツーで長年ステマをやっていたのがバレた企業とか個人とか」
「やけに生々しい話じゃのう。ならば、これは遠慮なくもらっておこう」
「おじいさんはこれからどうするの? もうナーロ街には戻れないけれど」
「名前を変えて、アルファ街に行くつもりじゃ。そこで一から出直して、作家としてもう一花咲かせるんじゃよ」
「おじいさんならきっとできるよ。でもその前に、ほとぼりが冷めた頃合いを見計らって、家族に会ってあげたらいいと思う。最初は怒られるかもしれないけど、最後はきっと喜んでもらえるから」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ならば、ほとぼりが冷めるまでは、何としても生きなければならんのう」
「お医者さんが言ってたよ、『あと十年は何の問題もなく生きるだろう』って」
おじいさんとモウルは、空っぽのお墓の前で、腹の底から笑い合いました。
ひとしきり笑った後、二人は墓地を出て、満天の星と月が輝く夜空の下でお別れをします。
「元気でな、モウル。色々ありがとうよ」
「おじいさんもお元気で。いい作品をいっぱい書いてね。楽しみに待ってるから」
それを最後に、おじいさんはアルファ街へ、モウルはナーロ街へと戻って行きました。
「さて、帰る前に、ちょっとスコップして行くか。面白い作品がたくさん見つかるといいな」
こうして今日も、モウルは自分の連載を放り出して、スコップ活動に逃避するのです。
スコッパーもいいけれど、ちゃんと自分の作品の続きも書こうね、モウル君。




