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思春期とは苦すっぱいもの









霧がかった視界が徐々にクリアになる。

ふわり、と香る女の子の優しい匂い。思春期特有の少しクセのある独特の体臭なのにどことなく甘く感じる。汗の香りが甘酸っぱく感じ、心臓がこれでもかってぐらいバクバクする。

下にはなまめかしい肌。10代特有の張りのある玉のような、汗によりよりつややかで、健康的に光る純日本人だ。イルみたいに西洋人の、雪のような白さではなく、黄色人種ならではの生粋の東洋人の肌色だ。

日本人らしさは胸にも表現されており、ささやかな膨らみが今、密着された肌から伝わってくる。

柔らかいが、弾くような弾力性を持つ膨らみは緊張か若さからか少し硬く張り詰めている。



「あ、あたしって処罰されますか!?クビですかね……あはは、あぅ」



不安な未来を予想して、恐怖からか焦りからなのかさらにギュッと握り締めてくる。

より密着すればするほど混乱してしまう。自分の中にある男がむくむくと大きくなるのでさり気なく離れようとするが、腕の隙間に手を入れられている状態だ。……手を離そうとしてくれない。不安気な表情で密着されている。何がとまでは言わないが、状況は緊迫している。

いくら女同士で裸を見ても怪しまれないとは言え、心は立派な日本男児なのでこれ以上は危険だ。膨大な量をほこる情報が巡りに巡り、何かとヤバい。キャパシティを越えてる。

まだ無表情を貫けるイルで良かった。これで赤面で恥ずかしがったりすれば怪訝な反応をされるだろう。


顔を赤らめ、きゅっ、とつぐんだ口でさえ可愛い。

少しタレ目がちな大きくくりっとした瞳に小さい鼻がちょこんと乗っかっている。桃色の唇が柔らかく主張しすぎない程度に可愛いらしい彩りを魅せており、美少女というよりは愛らしい少女という印象だ。艶がかかった黒髪はまるで夜露を浴びたかよのような纏まりを見せ、サラリと佇んでいる。

全体的に丸みが帯び、可愛いらしいサイズのバストだがその分臀部に程よく肉が乗ってより綺麗な形をしている。イルよりも一回り二回り小さい身体は保護欲を刺激し、なおかつその愛らしさに胸を撃たれる。

体全体に衝撃が走り、頭痛で眩暈がクラクラとする。

眩しすぎる、目に入れても痛くないという伝説の………


これが女か、女の子か……



イルも十分女の子なのだが、この成熟した身体は女の子というよりも女性で、いや危険な事には変わらないのだけれど。それとはまた違った別の意味で、どことなく背徳感を感じる。


前世では女性経験に乏しかった事が丸見えな思考に、もしや前世の俺は童貞だったのではないかと疑ってしまう。

いや、きっと死んだ時はまだ卒業するには早い年齢だったのだろう、いやきっと。

DTなんて、いやさ、きっとな。紳士だったに違いない。

まさか、30代を越えて魔法使いになっていたとしたら……そんなわけ………多分そこは大丈夫なはず…………………………今は魔法使いだけども。

笑えない冗談だ。やめよう。



凍り付いた空気に反応したのだろう。



「って!申し訳ありません。エル様になんという御無礼を………」



いきなり腕を引き抜き、距離を取られる。

青ざめた表情。

その子はビクビクと震え、まるで小動物を連想させるようなか弱さ…………じゃない、なに怯えさせてんだ。



「貴方は少し誤解しています。まず、私はエル様ではありません」

「ほ、え…………」

「私は小鳥遊 イルです」



事情を淡々と説明していく。

そもそも同僚とかに話を訊いていないのか?知らなさ過ぎて逆に疑わしい。

基本使用人は住み込み式なので知らずと話は入ってくるわけだ。悪い意味で俺は目立つしな。影では色々噂が立っているはずだ。

俺が小耳に挟んだ話では、イルは色目を使って小鳥遊家に取り入ろうとするクソビッチとか(一応小鳥遊家の一員なんですけど)、普段虫やネズミなんかを主食にする小汚い乞食なのだとか(腹を壊さず、栄養が取れ、味も問題なく食べられるならなんでも大歓迎だが、流石に虫やネズミはまだないな)、エルの代わりをするのはお金の為で小鳥遊家を恐喝してるとか(無償で働いております)

果てには少量でも食べ物やお金を渡せば股を開くと思っているバカ男もいるから仕方ない。そういう奴には遠慮なく鉄拳制裁だ。俺は男に掘られる趣味もないし、イルの初めてをやる気もない。

イルに見合うそれ相応の男(紳士は絶対条件)が現れたら考えてやる。あくまで考えてやるだからな!お父さんはまだ嫁に出す気はないぞっ!…………………といっても、イルは今、俺である時点で俺が付き合う事になりそうだが……………………


考えるのをやめよう。



「うふふ、あたしってほんとばかぁ………」



思考が脱線した。

今はこの子の事だったな。



「でもエル様の妹様に無礼な事をしたんですよね?クビ飛ぶこと確実じゃないですかぁ。ぐふ」

「ですが」

「すみませんすみませんすみません。あたし今日入ったばかりの新人でして………そんな事は言い訳にはなりませんが、本当に申し訳ありません!クビキリハラキリゴメン!!」



そういうことか。この子は何も知らないんだな。いや、知らないからこそ俺に普通な反応をしているのか。

新人ね……なんだかパワーあふれるというか有り余っているような子だなぁ。


見ていて危なっかしいし……というか早速またつまづいてコケてる。

ドジっ子か、何もないところでつまづくという………これが世にいうドジっ子か。

風呂場は足が滑りやすく頭を打ったり、怪我などさせてしまったら可哀想なので、地面にぶつかる前に再び受け止めてやる。裸だし、風呂場は危険だな。いや、色んな意味で。


腕だけ引っ張るような形だと抜けてしまう恐れがあるので、腰を掴み、抱き抱えるような形になったのは申し訳ない。

ゆでダコのように顔を赤らめるから、まるでセクハラしている気分になっていたたまれない雰囲気になる……


というかこの子が転ぶのは俺の事で慌てているせいもあるか、ここは安心させないといけないな。



「それはあくまで肩書きで、この家のヒエラルキーにおいては底辺なので、謝る必要も……私に許しを請うだけ無駄です」

「え?」

「すぐにわかりますよ」



そう言って話を切り上げ、手を優しく離す。

今度こそ大丈夫だろう。

疑問点がありありと顔に浮かんではいるが、不安とかそういうのは見られない。それに足音も近付いている。鉢合わせする前に風呂を出よう。まぁ、どやされるかもしれないが掃除は朝やればいいし。

とにかく二人っきりでいるところを見られたらまずい。

この子に迷惑がかかるし、あらぬ噂が流れるかもしれない。イルが新人イジメしてるとかそこいらの。

何か言いたそうなドジっ娘に軽く礼をし、風呂場を後にする。


まさか悲しそうな瞳を向けられてたとは露も知らず………





「小鳥遊、イル様……」













ふぅ。


久しぶりに家の中で嫌な視線を浴びずに普通な会話をしたのかもしれない。少し心にゆとりが生まれている。

ただ、普通に扱われただけなのにこんなにも嬉しい………。

次、会った時はあの唾女みたいになるかもしれないが。

それでも可愛い女の子に嫌われるのは一の男子としては辛いものがあるな、慣れてはいるけど。辛いものは辛いな。しいていうなら、思春期を迎えた娘にお父さん臭い!って言われるくらい辛い。

慣れたから悲しいはもうないけど、辛いって感じられるならまだ俺は余裕だな、とか思いつつ………自室に辿り着く。


誰とも遭遇しなくて良かった。

地下室は秘密基地のようなワクワク感とドキドキ感に包まれながら、俺を優しく迎い入れてくれる。

本当の我が家、自室に来たらソッコーで布団にダイブする。

ただただシーツの気持ち良さに埋もれながら、落ちていく。

一日の終わりに感謝しながら眠りについた。






朝は勿論、風呂掃除したさ。

メイド長の苦言とともに。

このメイド長は98歳と随分と高齢だが、代々小鳥遊家に仕える由緒正しいメイドさんである。

見た目は白雪姫に出てくる魔女に似ていると言ったらわかるだろう。

少し凛々しい?顔をした立派な老婆だ。



「悪魔娘、ささっと終わらせな。まだまだやる事あんだから、ちんたらするんじゃないよ」



冷水を頭からぶっかけられ、朝の眠気を吹き飛ぶ心地良さだ。

それに泡も流れて丁度いい。



「また散らかったじゃないか。これだから魔の子は……早くおっ死ねばいい。いつになったらその顔拝まなくてよくなるんだい」



竹箒で叩かれながら、床を磨いていく。

その間にも怒声は響き渡るが、老人が元気なのはとてもいい事だ。



「遅い。学校に遅れたらエル様が迷惑することわかっているのかい?優秀で人格者なエル様を陥れる事をしたらアンタ殺すからね。

いくらエル様の妹だからって思い上がるんじゃないよ」

「えー。メイド長。エル様に妹なんていなかったじゃないですかぁ。コイツなんてただのゴミ虫でしょ?」

「ほら、虫けら同士仲良くしなよ〜」



唾女と取り巻きが来て、バケツをぶっかけられる。

今度は水じゃなくて虫が入ったバケツだ。

そらもう、なんの虫かって言ったら女の子が悲鳴あげるようなものばかりさ。うねうねしたものからカサカサしたものまで。

その虫達を丁寧に捕まえてバケツいっぱいに集めるなんて…我が家のメイドは逞しいなぁ。


あーあ、床に散らばっちまったな。

片付けねーと。



「気持ちわるぅ〜近付かないでよ」

「アハハ、あんなの触れるなんて汚らしいわ」

「おいこら、お前達。来たなら仕事しな。あとお前、使用人の身分なのだからメイドの品格下げないようにささっと虫と一緒におっ死ね」



メイド長は唾女達にも竹箒を渡し、虫を一緒に片付けてくれる。

優しいなぁ、手伝ってくれるなんて。

たまに竹箒が髪に絡んで痛いから、ちと手加減してくれると嬉しいなぁ。

顔は避けてくれるんだが、ちょっと当たっちまったぞ、おい。

なんてお茶目なメイド達だ。


ああ、手も赤く色付いていく。

虫拾っていかねーと、学校間に合わないってゆーのに。

何してんだろ、俺。

折角手伝ってもらってるのに、落としてばっかだな。



「新入り、何固まってんだよ!ほらアンタもやりなって」

「で、でも…こんな」

「コイツも害虫なんだから駆除しないと職務怠慢で減給だよ?分かってる?仕事だよ仕事」

「あ、あ、イル様ってエル様の妹様ですよね?ならこんな扱い本来なら可笑し……いや、人として間違ってる!」

「説明したよな?新入り。コイツは人じゃねーんだ。人の面を被った悪魔だ」

「そんなわけない!」



昨日のドジっ子じゃん。おいおい。

先輩(唾女)に怒られちゃって、涙目になってる。

俺の前に来て手なんて広げて……そんなことより、仕事しないと本当に職務怠慢だぜ?



「余計な事しなくていいです。貴方は下がってて下さい」

「でも!」

「仕事の邪魔です。鬱陶しいです。変な正義感かざしてないで貴方も¨仕事¨して下さい」

「なにいって……」

「仕事して下さい」

「アハハ、何せっかく、(れい)ちゃんが庇ってくれたのにその言い方ないだろっしね!しね!」

「そーだ、そーだ!人扱いしてくれた玲ちゃんに感謝の言葉言えよ、ブスっ。言葉づかいとその目つきなんとかしろよ!」



ドジっ子って玲って言うのか…可愛い名前だな。

でも、やっぱり俺とは関わらない方が賢明だぜ。

ありがとう。

久しぶりになんだか心がくすぐったい。



「やめ、やめてくだ……いや」

「慣れろ、娘っ子。じゃなきゃ辞めんしゃい。これが正しいことなんよ」

「ほら、玲も!かけるの!」

「い、いや…………」

「あんたねー、コイツ庇う真似するとどうなるか本気で理解してる?」

「そー、そー庇う価値ないんだし、庇うだけ損だよ」

「あー、でもこの反応久しぶりだし!楽しいかも!玲……」

「えっ………」

「ここが何処かわかる?政治にも口出せ、実質国のトップに数えられる………魔法使い一家の中でも名門中の名門、あの小鳥遊家だよ?」

「そこの家に反することしたらどうなるか……玲だけでなく、御家族も大変だねぇ!あは」

「一家路頭に迷うだけなら、¨マシ¨だね」

「アタシらは別に好きでやってるわけじゃないわけ。わかる?旦那様から金貰っている以上、害虫駆除はしっかりやらないとねぇ〜うふふ」




泣いちゃったな、玲ちゃんや。

あーあ、俺のせいだ。

でも、これで痛い目をみたらもう俺に関わらないだろう………先輩方、ご指導宜しくお願いします!肉体的に傷つけようとしたら、さり気なく庇うけど。




「ほら、泣いてないで」

「玲もこれ持って」

「いや!いや!やめて………」

「家族……がどうなってもいいんだ〜玲って薄情だね!」

「ほんと、初で可愛いなぁ〜」

「なんでなんで……」



嫌がる玲ちゃんに無理矢理バケツを持たせ、俺の前まで押し出す。


玲ちゃん……顔、真っ赤だ。ぐしゃぐしゃになった顔をさらに歪ませたら、可愛い顔が台無しだぜ?

俺が治癒魔法使えたら、こっそり泣き腫らした顔治してやるのに……

記憶操作もできりゃあ、玲ちゃんがこんなに苦しむ必要もなかったんだけどなぁ。

俺が出会ったからいけない。

俺が親切心で関わったのがダメだったんだ。


はぁ、ほんと、俺って………







「イヤァァアアアアアアアアアアア」







ばしゃん、とバケツの水がかかる。










『お前なんか生まれてこなければ良かったんだ』










潰れた虫がぐちゃぐちゃで気持ち悪かったけど、水のおかげで少しすっきりした。


あ、学校。そうだ学校。

行く前にクリーン魔法かけねーと。時間が……





今、何時だ?





壁に掛けられている時計を確認したら、結構時間が経っているように勘違いし、焦りからか……



世界が歪んで見えた。





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