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お風呂を目指して




アビスの効果は絶大だったが、やはり精神崩壊までには至らなかった。

決して良かったとは言えないが、この程度で済んだのだからマシな方だろう。

あまりのショックで死ぬのが当たり前だから。良くて廃人になるだけだから。

壊れなかったのに、幸い至って父はご機嫌だった。

それが唯一の救いだな。

父は拷問してもあまり反応を示さない俺を惨めな姿に晒させるのが目的なのかもしれない。

叫び散らし、嗚咽と涙でぐしゃぐしゃな顔を歪め、壊れていく様を見るのがいいのだろう。なんて最低な趣味だ。



張り付く汗と涙、自身が吐いた胃液で汚れてしまった身体は洗いたい。

しかし、クリーン魔法を使えるほど魔力は回復しておらず、アビスで枯渇しきった為か身体が酷く重くだるいし、今すぐにでもあの薄い布団に入り深く眠りに落ちたい。

消耗しきった精神を復活させるにも、休息が欲しい。一時でも。

ふらふらと身体を引き摺りながら、誰もいない廊下を歩く。たまに倒れながら、時間をかけて起き上がり、目的地を目指す。



「うわっ死んでいるかのようなきったなぁーい顔!綺麗にしてあげる」



ぼんやりとした頭でじっと見つめる。

あの、唾を吐いたメイドだ。一人で水の入ったバケツを持って立っている。


そのメイドはばしゃん、と手に持っていたバケツをひっくり返し、避ける気力もない俺は頭から水を被ってしまう。



「…………なんで笑っているの!?気持ち悪い!!!」



少しでも洗い流された身体が気持ち良くてたまらない。


普段、笑みなど顔に浮かべた事はないが笑っているのか?

イルの顔の表情筋は硬く、笑おうと思ってもあまり笑えない。悲しいと思っても表情には出ない。

これは……無表情が板についたゲームキャラならではか?

エルは笑おうと思えば笑える普通に感情表現豊かな人間なので、まずいとは思うが練習してもどうしようもなかったので諦めた。

エルが通う頃になったら、心身共に成長して笑える人間になりました、とでも言ってもらおう。



それなのに



「やめて!来ないで!!!気持ち悪い……その目怖い…………きゃあああああああああ」



笑っているのか?そうか

笑っているのか、俺。



「はは、あはははははハはは」



気が付いたら声にまで出していた。

折角だから女の笑い声練習してみよう。

イルは美人だろうからさぞ綺麗で可愛いだろう。



「うふふ、ふフフ、へ」



なかなか上手く発声できないな。鏡があったら口の形が確認できるのに。


いつの間にか女はいなくなっていた。



こんなところに立ち止まっていないで、ささっと目的地である風呂場に行こう。

水をかけてくれたおかげで目も醒めたし、大丈夫。

身体を綺麗にしてささっと寝よう。そしたらこの不調も治る。

頭がガンガンする。頭痛が酷く、耳鳴りが鳴り止まない。


怖い、寒い、震えが止まらない……


今更になって恐怖が蘇ってくる。

ぐるぐると巡る思考。自分がなんなのか。私は俺は誰なのかわからなくなる。

気持ち悪い。苦しい。辛い。泣きたい。死にたい。殺す。ころ、す。コロす、ころスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス………






全身をかけめぐる寒気に、身体を摩りながら、目的地に着いた。

使用人専用の浴室はこの時間帯だと今は誰も使用していない。


魔法使いはお風呂に入る必要はない。そう、全ての汚れに万能なクリーン魔法があるからだ。毎日入る、そういう習慣はないが、娯楽として風呂に入ることはある。その為、父や小鳥遊家の者が入る広い浴槽が他にある。


それとは別に使用人専用の浴槽があり、俺が入る事を許されたところだ。一応使用人扱いだしな。

湯船に入りたい時は使用人全員が使い終わった時間を見計らって入り、身体を綺麗にしたら俺が掃除する。

だからといって俺も毎日入るわけではない。だいたいはクリーン魔法でなんとかしてしまう。

いくら着替えは慣れたとはいえ、お風呂は流石に無理で……

鏡にうつる女の子の裸体。これがまだ幼い頃は良かったが、今はめきめきと色んなところが成長しているので見づらい。やましいことをしている気分になる。

あそこやあれなど触って洗うなど………もっとも難易度が高く、いやらしい妄想に掻きたてられるのでそこはやはりクリーン魔法で終わらせてしまうのだ。

しかし、心は準日本人である俺は湯船だけにはつかりたいのでクリーン魔法をかけ、無心になって入る。


今回はそのクリーン魔法は使えないので、普通に石鹸で洗おうと思う。

気持ちに余裕がない為か、何も感じず、気が付いたら頭も体も洗い終わり、湯船に入ってた。

落ち着く。身体が脱力する。

いつの間にか震えも止まっている。

しかし、刻み付けられた恐怖だけはどうしようもない。

ぼーっと、ただぼーっと。

天井を見上げた。

もくもくと、沸き立つ湯気。真っ白なタイル。ただ、流れる湯の音だけを聴きながら、目を閉じる。

ゆっくりと流れる時間だけを感じながら、身体をほぐし、癒していく。



霧がかかった心を晴らす事件が起こる数秒前。

慌ただしい足音と声が近付いてくる。

ガタガタ、ざわざわ。

落ち着きがない、透き通るような響く声に脳が揺らされた。

がらら、と扉が開く。



「せぇーふっ!!まだ開いてますね!………って、きゃあ!!!ええ、て、うぇ………え、ええエル様?なんでここに……」



結んでいたゴムを取りながら長い黒髪を揺らし、こちらに指をぴんと張らせた女の子。

その女の子はびっくりしすぎて転びそうになっているのが視界に入ると、すぐさま身体は動いた。

湯船から上がり、地面を蹴る。

女の子にいち早く急接近し、身体を引き寄せ支えてやる。



「ふ、あ………」



身体は大丈夫そうだ。

女の子には傷一つなさそうで安心する。間に合って良かった。


すると、女の子と視線が合った……



「あ、れ?エル様って女の人………?うわぁ、柔らかい」



黒曜石のような瞳がこちらを真っ直ぐ見つめてきて、少しドキリ、とした。






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