レイリア5
歌が聴こえる。
リオだ。リオが山に咲いた小さな白い花達を冠にしながら、口からメロディーをつむいでいる。
私は駆け寄ろうとする。もう遅くなるからと。夕食の時間だから。
お母さんも赤い色をした温かい野菜スープとライ麦パンを焼いている。リオが大好きな木苺のパイも勿論用意されている。
「リオ」
「あ、お姉ちゃん!」
綺麗な声で発声されるメロディーは心地が良く耳を澄ましてずっと聴いていたいが、お母さんを待たせるわけにはいかない。
それに森には夜になると魔物も出てくる。
私はリオの手を引き、家路へと向かう。
「おかえりなさい」
鼻をくすぐるいい香りは脳を刺激して、お腹が自然と空いてくる。
私はお母さんが作る温かい料理達が好きだ。
赤いスープも焼き立てのパンも甘酸っぱい木苺のパイも。
皆大好きだ。口がとろけるほど美味しく、思わず笑顔が溢れるほどに。
リオもがむしゃらになって食べて、お母さんに意地汚いと怒られるいつもの風景。
口の中で噛み締める。
私は幸せの味を、噛み締める。
¨おかえりなさい¨
真っ赤なジュースが口の中で弾けて、踊る。
肉が切れる音。それは自分か相手か。
笑っているのは私か死神か。
様々な感触が初体験で、これほど幸福な事はないと周りは笑う。
熱く、赤く、どす黒く彩られる私。
燃えるような、情動で突き動かされるような、私、は
明日から笑えるだろうか。私は何の為に。何が可笑しくて間違っていて正しくて。わたしは。
明日を迎えられるだろうか。
「ガキが。壊れちまったぞ」
「ちいせーガキじゃすぐ壊れちまうよな」
「あっ、まだ意識ある内に教えてやろうぜ」
トミーおじさんがポケットから取り出す。
見覚えがある石を。それはキラキラと緑色に輝いていて。
「悪くなかったぞ。お前の妹」
リオは、リオが。
「お姉ちゃん。お母さん」
そんなわけない。
「ってそれしか言わねーの」
リオ。リオ。リオ……
「ずっとさ、初めて見た時からチャンスがあればお前らの事狙ってたの。でもお前の母ちゃんああ見えて隙ないんだよなぁー未亡人なのに」
冷たい牢獄に一雫の露が天井から落ちて来る。
それまで無音で音がなかった雨音が激しく鳴り響くかのように、感情が降り出す。
止まらないモノが溢れ出すかのように。
私という個の器を壊し、瞳から滴り落ちる。
「だから教えてやった。お前の母ちゃんを探してたお前の叔父…リベリスタ家の者に。 俺はお前の父ちゃんとは生前仲良しだったし、お前らの家庭事情を知って協力したんだ。大国の王子と駆け落ちした平民の女がお前らの母ちゃんだ。大恋愛の果てに死んだんだからお前らの父ちゃんも大満足だろ。だからもう俺がおこぼれを貰ってもいいわけだ。俺は今までの人生誠実に正しく生きてきた。そろそろ報われてもいいわけだ」
髪を掴まれ、持ち上げられる。
「だかもう、お前達もロベルタもいらない。ギリク様が将来を約束してくれた。貴族の女と結婚する予定だし、お前ら家族はもういらないんだ」
顔に唾が吐かれる。
「ギリク様もロベルタに求婚を断られ、もういらないとおっしゃっていた」
もう一人の看守が何かを持ってくる。煙が出ていてとても赤く発光するソレは熱気を感じる。梨のような形をした鉄はこれから何に使われるのかはわからない。
ただわかる事はそれは悪魔の器具で私はこれから地獄へと落ちていく、もう私はレイリアではいられない。
恐怖を助長させるかのように熱されたソレを目の前にチラつかされ、肌にピリリと悪寒が走る。
「リオリアはこれで死んでしまったよ」
トミーおじさんの姿をした怪物が笑う。
「さよなら、レイリア。せいぜい楽しませてくれ」
にんまりと口を開けた怪物が私を喰らう。
星が落ちていく。
「…み……な……し」
「ん?」
光を失った。奪われた。
私の心は恐怖を上書きして怒りの感情で埋め尽くされる。
憎い、全てが憎い。
あの子が何をしたというのか。私は何の為に生きているのだろうか。
リオは死んで、なんでお前は生きているのだろうか。
「死んでしまえ」
世の理不尽さを恨む。苦しみながら助けを求めていたあの子に何もしてやれなかった自分が憎い。一人にしてしまった、私の決断は間違っていた。もし、あの時ああしていたらと後悔が尽きず、リオは私を助けようとしたから死んだのだ。
もっと上手くやる方法があった筈だ。私はお姉ちゃんなんだからリオを守らなきゃ。守らなきゃいけなかったのに。…守れなかった。苦痛の中死んでいったあの子は私に助けを求めていたというのに、私はずっと助けた気でいた。
私が犠牲になれば、と。
「まだ生意気な口が聞けるのか。このションベン臭いクソガキがっ」
「みんなみんな死んで…っリオを返してよぉ…うわあああああぁぁぁ」
リオの歌はもう聴こえない。




