魔法
魔法はイメージだ。
しかし、それ以上に大切なのは身体に魔法を慣らせる事である。
魔力の循環を感じるのはそう簡単ではない。身体の中にある血流を感じろと言ってるのと同じだ。触ったり、押してみたりするとわかりやすい血管だが、血管の中に神経があるわけでもないし血液が流れている感覚などわかりっこない。それと同じ事が魔力の循環でも言える事で、身体中に流れる魔力を感じるのは容易ではない。
それでいて属性の魔法なんて、自身から流れてる属性の魔素(粒子)を魔力にのせて使うもので、その加減は皆感覚で行っており、案外大雑把だ。
精密な魔法となると魔力操作がかなり重要だ。魔力の循環を感じ取るだけじゃない。血液あたる糖などの栄養が魔素だとすると
「今、血液に糖が多過ぎてドロドロだ」などといったことを感じ取る事をまず求められる。
わからずに調節など出来ないから当たり前なのだけど、この当たり前が難しい。
見えない何かを掴むようなものだ。
この初歩の初歩が疎かになりやすいく、それでいて天才型は感覚で行う。なんて理不尽だ。あ、俺も天才型か。
しかし、その上の天才型は身近にいる。
『魔法使いのお嫁さん』の中で魔法がもっとも得意なキャラクターはエルだったと思うが、それでもゲームの中では学園トップではなかったはず。そもそもトップは俺様な感じの、パッケージではセンターを飾るようなキャラだと思う。……多分。あまり覚えてはいないが。
なんにしろ油断はできない。上には上がいることをいつでも自覚していなければいけない。
「ポチッとな」
昼を食べ終え、食後の休憩を取った後、始まった午後の授業。
流石にベッドの上で魔法の練習などできはしないから、それなりの物が用意される。
本来なら体育館やグランドといった場所で練習されるらしいが、俺の場合はこの場所で行う。
壁にボタンがあり、カバーを外し赤いボタンを強く押すと、ベッドが奥に引っ込み……壁の中に入る。
全体真っ白かった部屋は薄茶色のドーム状な部屋となり、魔法障壁が張られる。
流石に大きな魔法は放てないが、ある程度の魔法なら打ち消す能力がある。
そして真ん中に椅子が置かれ、疲れたら座りなさいといつでも用意されている。
先生は欠伸を一つすると、どうぞ、と合図をする。
「アイスボール」
氷魔法、初級中の初級魔法。一粒の小さな氷。
初級魔法は応用がききやすく、身体の魔力を安定させるのにもいい。
だから俺は基本は初級魔法しか使わない。テストでも然りだ。魔法のテストだからって中級魔法、上級魔法をぶっぱなせればいいってわけじゃない。いや出来たらそれはそれで凄いし、得点にはなるが、あくまで評価される点は火力、早さ、精密さと実用性だ。
中級や上級魔法を極めればいいのではないか、とも思うが魔物や対人戦において早さと殺傷力、俊敏さがものをいうと思う。誰よりも早く、先に動いた方が勝利をうむのは明白。
…………って言っても実戦をしたこともない俺がどこまでできるかはわからない。
他人とも比べようがないし、まぁ、それは嫌でも対人戦のテストの時に知れると思うが。
あと、本来は初級魔法なんて言葉に出さずとも魔法は繰り出せるが、先生へと合図として言葉に出す事が義務付けられている。
ちなみに対人戦では相手に手の内読まれる上に実践向きではない為、言葉に出さなくてもいい許可が下りるが、俺はまだ対人戦をしたことがない為割愛。
集中して氷の密度を上げ、温度もより下げて………上質な氷へと変化させていく。
辺りに立ち込める冷気。
しかし、アイスボール自体に見た目の変化はない。
「ショット」
壁に叩きつける。
アイスボールは割れ、ズズズっと障壁に綺麗に吸い込まれていく。いつ見ても不思議な光景だ。
「氷の硬さや打ち出す早さは申し分ないねぇ〜。だけど、実用性も兼ねて複数で同時に打ち出してくれるかな?」
瞬時に展開する。
身体の魔素を魔力の流れに乗せ、氷を作り出す最適な温度で上手い具合に捻り出すが、まだ魔素の配合についての黄金率がわかっていない為、これだ!っていうのはないのが弱味だ。
一つ一つ丁寧に練り上げていく。
パキパキと氷が形成されていく一秒といった時間も長く感じられ、額には汗が滲む。
「テストも見据えて¨捻り¨を加えてね〜」
「アイスボール………シュートっ!」
佐伯先生が虫型の機械を20匹飛ばす。
ブーン、飛び回るソレを瞬時にアイスボール20個で、一匹一匹追尾し撃退していくが、最後の一匹だけは1発では落ちず、もう一つアイスボールを生成し、結局2発当てて落とす結果に。
なかなか頑丈にできいる虫相手に最後の最後で集中力を切らしてしまい、殺傷力を落としたせいだ。
これではまだまだダメだ。
「う〜ん。学園のテストでは80点。私的には60点かな?速度や硬さなんかも最後を除けばまぁまぁ。普通の子はアイスボールでも同時展開は5個が限度だし、追尾機能つけられないから凄い方だけどねー」
「もう一度お願いします」
「いいよ〜」
今度は集中力を途切れさせないように神経を張り巡らせながら、一匹一匹落としていく。
何か掴めそうな、不思議な感覚に思わずまた集中力が切れて最後の一匹は1発外し、2発、3発目でやっと落とせた。
3回目。
手が何か空気を掴むようなその感覚がもどかしい。
それでも集中力が切れず、虫を全匹、アイスボール一個ずつで落とせた。
4回5回とやるが、その後結果は同じで………何か物足りない。
虫の数を増やしてもらい、同時操作を25個に増やしたが、流石に25個、精度も同じで操るのは上手くはいかなかった。
佐伯先生は一個ずつ増やしていこう、と言って、今日はおしまいとばかりに虫達を回収し、スイッチを押して元の風景へ。
「お疲れ様。休んで帰りなさーい」
「できればもう少ししたかったです」
「やる気があるのはいい事だけど、身体に無理がないように気をつけなさいや。エル君が具合悪くなって困るの私よ?」
「すみません」
身体は健康体ゆえにまだまだやりたいが、あまり佐伯先生を心配させるのもアレなんで、腰を落ち着かせる。
おやつとばかりにクッキーと甘いミルクティーが用意され、甘さが少し疲れた身体にしみる。
「はい。お土産用のシュークリームちゃんでーす」
「いつも思いますが、こんなに悪いです」
「いいのー、いいのー。むしろ、作るだけ作って誰かに食べてもらえないと私困る」
「奥様いるじゃないですか」
「みみゆさんは甘い物食べると吐く」
「難儀ですね」
「だからエル君には大助かり」
「けど、私だけでなく他の方に差し上げたらどうですか?」
「んー。それはすでにしてるかな」
どれだけ作ってるんだ、この人………
しかし、帰っても厨房の人からパンを恵んで貰えるかは五分五分なので、それならと有り難く貰っておく。
佐伯先生に呼んでもらったが学校の校門に着いたと連絡が入ると、佐伯先生に礼を言い、学校を後にする。
少し早い時間なのでやはり生徒達はいない。
登校も下校も大勢の人間に会わないよう配慮されているのは嬉しいが、やはり少し寂しい。
バレるリスクは少ないものの、折角の学校生活だというのに友人をつくらずに終わるのか?いや、このままだとこれからもつくれないかもしれない。
学園生活が終わったら監禁生活に戻り完璧につくれないだろう。
そう、対等に、普通に接して貰える人との関わりは今だけ。
頭を振り払う。
なに言ってるんだ。
私はエル。小鳥遊 エル。
ベッドから降りられないエルの為の身代わりだ。ただの代わりなんだ、エルが戻ってくるまでの。
ヘタな事をしたら、命さえ危うくなるのを忘れてはいけない。
小鳥遊家の機嫌一つで全て終わる。
「ありがとうございます」
「…………けぇっ、早く死ねよ悪魔」
そう、今はエルの、機嫌を損ねる事のないようにしなければならない。
ドライバーに礼を言ってから、車に乗って今日の事を整理する。エル(兄)に報告する為の。
窓の外を眺めていると雲が綺麗な飛行機雲を作っていた。