皆口 藍4
ざわめく街中で行われた魔法の行使。
魔力の気配を感じ、そちらに目を向けた彼は考えるよりも先に身体が動いた。
その彼にも耳元に届く悪魔の言葉。
「……アンタなんて生まれてこなきゃ良かったんだ」
細い手首を掴んだ彼はすぐさま魔力の流れを掻き乱し、魔法の行使を塞き止める。
彼女の手に収まってた刃は煙のように消え、引きちぎれそうになるほど強く握った手首の痛みに藍はヒッと声をあげる。
騒然とした周囲。魔法が身近にない一般人にとって魔法使いなど雲の上の存在。そんな魔法使いが通う学園の制服を着ている事でも尊敬と畏怖の眼差しだというのに、限られた場所でしか行使が許されない魔法が目の前で行われ、尚且つその魔法が殺人を行われようとした。
常に人を容易く殺せる凶器を精神が未熟な未成年に持たせる事の恐怖がここにいる全体の人間が感じる。顔が引き攣り背筋を凍らせた大人達と泣き叫ぶ子供。人は死んでない魔法も中途半端な未遂で、普通は魔法を見ても訳が分からず好奇心で立ち尽くしたりまた何かの手品やパフォーマンスなどそんな大騒ぎするほどではない事態だと通り過ぎたりするものだがここはそもそも¨普通¨ではない世界。
毎日のようにニュースで報道される凄惨な戦争の中継。
今、国にはられた結界の外では人間同士の戦争が絶えず、さらには魔物の脅威に脅かされる世の中。魔法使いがはった結界で守られているだけの平和。この中では死とは無縁の箱庭で暮らしていようとも無関心ではない。一歩外に出ればそこは地獄だ。
だからこそ前線で戦う魔法使い達は尊ばれる存在だが、逆にその力が自分に向かったら…と考えたら誰もが恐怖する。
だからこそ魔法を限られた場所以外での行使は禁止というルールはあるとはいえ、相手は未成年の子供だ。いくらでも感情に任せて暴走する生徒も少なくない。ただそういった生徒は必ず罰せられるが、それでも魔法を目の辺りにすると誰でも恐い。
しかもここ最近はたまたまルールを破るものもおらず平和だっただけに。
「くそっ」
「あれ?カレーの人…」
「うるせぇ。ささっとこのヒステリック女連れて警察行くぞ」
カレーの人。 以前彼にあった時にカレーを被ってたからだ。勿論琴葉のせいなのだが。名前も知らない為、呼ぶのに困るのに教えてもくれない。
仮だがカレーの人と呼んでいる。彼は不本意だが、勝手にしろと言った手前何も言わない。
「遥斗くん…?」
「テメーは黙れ加害者」
「なんでっなんでっ遥斗くん!なんで琴葉なんか庇うの!やっぱり好きなの?ねぇ!」
「黙れっていってんだろ。とにかく逃げんなよ」
訳がわからなくて泣き叫ぶが誰も味方がいない、この状況でただただ焦りばかりが募る。
冷静になれるわけがない、それを察した遥斗はすぐさま逃げられないように上着を脱いで適当に拘束しながら、スマホを取り出し警察へ通報する。
「回復」
回復魔法の行使。ただの無属性の回復魔法でさえ聖属性を持つ人間が使うと桁違いに威力が凄い。
この世で唯一許された聖女だけの聖属性。その回復力はただの初級魔法である回復でさえ中級魔法へと跳ね上がる。
「琴葉…?」
「ごめんね、藍ちゃん」
「なんで殺そうとした私に回復魔法使ってんのよ…」
「きっと何か藍ちゃんを怒らせちゃったんだよね。ずっとずっと藍ちゃんを傷つけて苦しませたんだよね」
「意味もわからないくせに」
「ごめんね。でもせめて手だけは痛そうだったから」
「そんなの自業自得よ…いい子ちゃんぶるアンタも大嫌い」
もう掴まれた手首は痛くない。
摩っては、撫でる。桜川 琴葉の優しさが逆に残酷でそれこそ鋭利な凶器だ。正義の前ではお前は悪いヤツなんだと罪悪感を感じられずにいられない。
相手がどんなにゲームの中のキャラクターに過ぎないとは思いつつも¨本当¨に生きているかのように喋って動いている気持ち悪さ、またどこまでも人間らしい汚らしさが見当たらない気味の悪さが尚更罪悪感と¨恐怖¨を感じる。自分の方が異質なんじゃないかと錯覚する。
震える肩、どこかまだ具合悪いのかと介抱しようとするヒロイン
「テメーも魔法使ったのかよ、クソっ」
「ダメだったかな?」
「ダメに決まってんだろ。しかも回復だと?学年の上位組でもないくせにその放出された魔力量はどう見ても可笑しいしテメェは何者なんだよ」
「桜川 琴葉だよ?自己紹介したよね」
「そーゆー事じゃねぇよ」
はぁっと溜め息吐いて、空を見上げる。
そうこうしているうちに誰かが通報したのだろう、警察が来てしまった。
一番罪が重い藍を庇おうとする琴葉に対し、隠すことなく逐一報告した遥斗。
結局、初犯で未成年という事で厳重注意で終わってしまった。
魔法行使の殺人未遂で本来なら有り得ない事だが一般人の誰にも被害が及んでないこと、当人が許してしまってること、そして相手が魔法使いの卵達である事から問題が有耶無耶になってしまった。
「遥斗くんも巻きこんでごめんね」
「お前の顔は二度と見たくない」
「えへへっ藍ちゃん!きっとカレー君は照れてんだよ!あっ…!藍ちゃんの手首強く握ったこと謝って!」
「止めなかったら殺されかかってただろうがっ…付き合いきれね」
「そ、その遥斗くん!止めてくれてありがとう!」
「俺は一生許さない。反省して悔いて死ねばいいんだ」
恨み言のように、呪詛の言葉を吐いて立ち去る。
まるで琴葉に恋してるかのような言動にもやもやするし、完全にフラグが消失してしまったんだなと後悔はしているがしょうがないのだと自分の中で言い聞かせる。
「藍ちゃん!仲直りしよ!」
「嫌よ。後悔はしているしやり過ぎたと思ってはいるけどアンタが嫌いな事には変わりはない。でも一生償わなきゃいけない。あたしの気持ちわかる?」
「じゃあ友達に戻る事が償いでいいよ!」
「なんで…アンタは…」
「私は桜川 琴葉!改めてよろしく〜」
「それが償いなら、あたしはアンタに従わなきゃいけないわね」
正直まだゲームのキャラクターとしてのヒロインでしか見れない。
だが早まった行動で命を、人を殺そうとした…感情に任せて道を踏み外そうとした。罪悪感を感じている時点で琴葉のことただのゲームのヒロインというプログラムじゃなくて生きている人間だと思ってる。
その矛盾した違和感にこれからどうやって消化していくか。
「あたしは藍!美少女で天才な魔法少女こと皆口 藍!」
「あははっ藍ちゃんって魔法少女っていうより童話で出てくる魔女みたい!」
「しゃらーっぷ!黙らっしゃい!」
さっきまで殺そうとした人間を友達にするなんてそれこそ聖人君子のヒロインにしかできない。
琴葉はヒロインだ、紛うことなき正ヒロイン。
なら、あたしは?ただの脇役で終わるつもりはない。
あたしはあたしだ、皆口 藍でヒロインの友達だ。
「でも琴葉!遥斗くんは渡さないからね!」
「えっ?カレー君は私の物じゃないよ?」
「あんだけ仲良さそうにしといて…」
「藍ちゃんはカレー君が好きなのかな?藍ちゃんにあんな酷い事言ってたのに…むぅ」
「別にそれほどの事をしたのだから当たり前というか当事者のアンタはもっと怒りなさいよ。殺そうとしたのよ?」
「ふぇっ?そうだったの!」
琴葉はあたふたと視線を泳がせ、手をパタパタしている。
汗の出具合、髪を振り乱し動揺を隠せないといった琴葉の驚きようから本当にこの子は理解していなかったのだと思う。
思わず拍子抜けというか身体の力が抜けていくような気がする。
「でも友達復帰は取り消さないからね!覚悟しなさいよ!」
琴葉やこの世界の住人がただのゲームのAIかどうかわからない。答えは見つからないならこれから見つけていけばいいだろう。
そう、この違和感が解決される事はそう遠くはない予感がする。




