魔界からの招待状
手紙の名前を間違えたので修正しました
轟々と噴火している。
空から灰が…死の灰が降り注ぎ、ここで生まれたが生きていけぬ者に終止符を打つ。
灼熱の業火で焼かれ、瞬く間に耐えられぬ種は数を減らしていく。
ここはそういう場だ。悪魔になれなかった成れの果て。運良く生き残った者がいようと真に強き者に淘汰される。
魔界。ここが全てではなく、あくまで一部分。
しかしこの灼熱のステージを好む者がいた。
黒岩が突き出しマグマが噴き出す荒地を駆けている女。
ずぶりと足がマグマにめり込むが熱いとは思わない。溶けることもなければまた痛覚に浸る事もない。
弟のような存在がココにいる。
時に殺し合い、生存競争の上でどこで転んだのか……家族とも仲間とも言える男を思い浮かべて女は物思いに耽る。
その者がいる火山の頂上を目指し、駆けている。
魔法を使えばひとっ飛びだが、わざと魔法を使わず己の足で走るのはマイペースなのか、はたまた弱い悪魔達を間引きする為か。
空には蝙蝠がチキチキと煩いので、その女が少し威圧を放つと皆何処かに散っていく。
マグマの中には知性のない下品な蜥蜴がいたので、それを踏み場にして飛ぶ。ぐしゃりと潰れる音と共に足が汚れる前に蹴る。しかし、飛ぼうとすると横からまた別の蜥蜴がブレスを吐いてきたのでそれを避けずにそのまま翼を広げる。
熱気がもわもわと肌を擽り、視界を妨げるが関係はない。少し飛ぶだけだ。
目の前にそびえ立つ蜥蜴共ごと滑空する。
弾丸の如く穴が空いて、高速のままスピードを落とさず山を登っていく。
蜥蜴は俗に言う龍という名だった気がするが、人間の間ではもっとも恐れられる魔物に当たる部類だ。
悪魔にはなりきれぬただの魔物だが、魔物なのにこの魔界を生き抜くことができる魔物一の強者。
圧倒的な威力を放つブレスと大岩さえ砕く咆哮。
しかし、女の前ではそれも意味をなさない。
熱を帯びた龍のブレスと破壊音である龍の咆哮を片手に収束させて、一気に解放する。
これは魔法だ。空間を転用した闇魔法。
掌に繋がる闇の空間に一気に力を押し込めて放っただけの力技だが、そんな芸当は同じ悪魔でもこの女ぐらいしかできない。
空間を切り裂くこと、繋ぐこと……次元魔法。本来はこうやって空間を切り貼りするということもできるのだが、それがどれだけ難しいか……切るという行為は圧倒的な悪魔の魔力で鋭利に切り裂くこと。繋げるというのは空間と空間を魔力の糸のようなもので細かく編み込む精密な作業のこと。
簡単に息をするようにできている悪魔の女は同じ悪魔でもどれだけ異常か……
通常、闇魔法は影に入ったり、影を伝って移動するなどそれが一般的な悪魔の闇魔法だ。
この女の魔法はそれにとどまることを知らず、空間を利用した様々な闇魔法も使いこなす。唯一使えないのは魔王のみしか扱いこなせない時空の力。時を操る闇魔法だけだ。
しかしそれは扱いは難しく、先代魔王も数秒早く動けるのみだった。その代わり他の闇魔法や属性魔法は全てマスターするなどそれを補うくらい強すぎる悪魔だったが、時を止めるなどといった芸当はできなかった。
だから自身を弱いと思ってる今代魔王はどれだけ異常か。
悪魔の女、レヴィは思った。
イル様は確かに魔法を同時展開などできはしないが、時を操る闇魔法に特化しているのではないか。
今はできないが、極めれば先代魔王とは違った能力に目覚めるかもしれない。
そもそも魔王の能力は先代魔王が得意だったものというより欲したものの方が強くなったりする。力と共に想いも受け継ぐからだ。
つまり、力をどう振り分けるかは先代魔王の采配にもよる。
今世にまで降り積もった魔王の力が弱いわけがない。
魔王の力は代を重ねて強くなる。
だからイル様も先代魔王の力と想いを受け継いで歴代魔王達を超えていくはずだ。
それを扱いこなせるように導くのがワタクシの役目。
くるりと飛翔して頂点に辿り着くと、マグマの中で温泉のように浸かり、片手には赤ワインで優雅に過ごしているソレがすぐに目に入る。
ちょっとイラッときたので、用意していたプレゼントをぶちまけてやる。
腰に巻き付けていた小瓶を出し、キュポリと栓を抜く。
「はぁい。最近流通してる聖水でちゅよーっ」
「くっさい汚水をかけるな!ぺっぺっ」
「おいちぃでちゅか?まだまだありまちゅよーうふっ」
「何か気に障るようなことでもしたか!?ん?なんか聖の気が以前より弱くなったな……」
「そりゃあまぁ、歳を追う度に人間は弱くなっていってるしぃ〜」
「人間とはか弱くて本当に愛らしい……!」
「ワタクシ、帰っていい?」
教会の人間を惑わし、くすねてきた聖水を全部マグマに入れる。
聖水なんて全く悪魔には効かないが、それでもお肌によくないし、不快指数上がるだろう。
教会の人間は妙に堅物な連中だが、その分性には疎くてすぐに幻覚にかかってくれた愚かな奴、確かにコイツに嫌がらせできたし少しだけ感謝する。
幻術にかかってくれた姿があまりにも面白くて猿のモノマネさせたり宙にグルグルと蛇ごっこさせて泡吹いていた。
人間って馬鹿で弱い。
「人の温泉を汚くするんじゃなぁーい!不快感が増すわい」
「名付けて、お肌もイガイガ!ストレスもパンパン!聖水マグマ温泉ってどうかしらんっふふっ」
「最低だな」
「あら。少しは耐性を強化してあげようと思ってっ」
「聖か……なぁ、まだ引きずってるのか」
「ふぅん……なんのこと?」
「アレは仕方なかった。全力を尽くしたが、アレは災害だ。災害に等しいものだった。我々よりも圧倒的な存在、それこそ……神にも等しい……」
「ふざけるな」
忘れない
あの御方は泣いていた。
どうしようもない圧倒的な力の前で、なす術なく。
歴代最強の悪魔の力を誇る魔王様が、ただの人間の小娘達にやられた。
小娘が唱える演唱と共に、世界は光で満ち……いとも簡単に魔王様はうち敗れたのだ。
あの御方は気丈にも最期まで立っていた。後ろにいるワタクシ達を守る為に。ワタクシが魔界へ避難するのに時間を稼ぐ為、魔王様は自らに人間達の気を集めていた。
……ワタクシ達はむざむざ魔界に逃げ帰っただけ。
弱いくせに最後までワタクシは魔王様の足を引っ張っただけで、守ってくださる魔王様の前でただの駄々こねた子どものように泣き喚くしかなかった。
見かねた魔王様に転移され、ワタクシは捨てられたと勘違いした人間よりも愚かな悪魔。
そう、人間よりも愚かなで無様な悪魔……
だからこそ今度は間違えない。人間よりも賢く、人間よりも冷酷に、あの聖女より強い力を得て……
今度こそ滅亡させてやる。
魔界に帰ってきた魔王様を殺すような真似は二度としない。
あの御方はあの時に死んだと思わなければ……いや、魔王様を殺したのはワタクシだ。
自我が失っているはずの魔王様が最期に微笑みかけてくださるまで……気付かなかったワタクシの責任、罪だ。
ワタクシのせいで封印され、ワタクシがその魔王様を殺した。
「今代の魔王に先代を重ねているのは罪滅ぼしか」
「違う!ロベリア様はロベリア様でイル様はイル様だ……ちゃんと分かってる。だけど確かにワタクシは許せない。ロベリア様を追い込んだ人間を。そのロベリア様を殺したワタクシを」
「魔王ロベリア様への執着はもうやめろ。ロベリア様は確かに良き魔王で、強く、誰よりも悪魔らしい魔王様だった。皆に慕われ、カリスマ性にも溢れた素晴らしい御方だった。他の悪魔にも慈悲深く御方で……あの御方に何度救われたか。過ごした時はお前と同じくらい我が言うんだ。魔王様は望んでなかった。我等が犠牲になりすぎる戦争はダメだと。我等の命が最優先の戦争にすると。だから憎んでるわけがない。憎むものか我等同胞に、あの方は何をされても……憎みはしない本当に優しいお方だった。そして特にロベリア様はお前に気をかけていた。お気に入りだったもんな、レヴィ。我も嫉妬するくらい」
「分かってるさ、あの御方は望まない。自分の為に死ぬことを。だからこそワタクシ達が守ってやるべきだったんだ」
「だったら今度こそ守ってやればいい。ロベリア様ではないし重ねるわけではないが、ロベリア様は次代を気にしておられた。多分、負け戦になると少なからず気付いていたのであろう。
じゃなきゃ、我に¨デウス、お前は性に奔放な悪魔の中でもとりわけ変態だが融通はきくし優しく賢い悪魔だからな。レヴィは力、お前は道を示してやれ。次の魔王を任せたぞ¨なんて言うわけない。次世代の魔王について語り合った時、我等を信用して放った言葉でもある。
その信用に応えねば何が悪魔か」
「ロベリア様……」
「ロベリア様は確かに悪魔は皆家族と言っていたが、お前は特に姉のような存在でそして最高の相棒だと言っていたよ。本人に言ったら付け上がるから内緒にしてくれと言われたがな」
「ワタクシってそんなに脳筋に見えるのかしらァ」
「少なくとも考えるより力で捩じ伏せるのがお前だ。今代の魔王が覚醒した時だってお前が独占しやがって」
「あ〜らぁっまだ根に持っているのかしらん」
「魔王様の警備には悪魔の中では一番強いお前が適任だとわかっているさ!わかっているからこそ殺させろ!!」
火柱が上がる。
ワイングラスが割れ、端正な顔をした裸の男が立ち上がる。
衣服が嫌いで常に裸であることは別に悪魔にとってはまだ普通である。
マグマの中から姿を現した龍の骸を片手に抱きしめ、キスをして齧る。ガキンッと砕ける音がするとそれを口から吐き出し、高速で打ち出す。レヴィもそれを避けて、近くにあった灼熱の岩をぶん投げる。
骸の肋骨を取り出し、剣のように構え……岩を砕く。
そう、彼は龍が自慢の恋人であり、また武器である。
レヴィはそんな知性を持たない下等生物を愛するなんて、ペットの範囲ならいざ知らず、しかもマグマの中で骸に本当に愛を囁いている姿を見た時はドン引きだった。
欲望のままに生きる悪魔の中でも変わり者であるデウス。
ネクロフィリアだけなら悪魔でも普通だが、龍にしかも骨にとまでくると……殺した龍も骨に綺麗に加工するまでは愛おしいとは思えないらしい。屍姦し、存分に愛を注いだらそれを食べて最後まで愛すのが彼の流儀。
これだと龍が何匹いても間に合わない。
だからこそ、ここで養殖しているのだ。
魔界の中でも煉獄絶夜と呼ばれるデウスの庭は別名、龍の養殖場だ。
魔界でも生きれる龍を創り、愛する。イカれた牧場。
増やす為には高貴な悪魔の血を魔物である龍と混ぜる、デウスは悪魔の中でも変人で頭のキレる悪魔だ。
他の悪魔から嫌われ、また畏怖される。
「ねぇ、デウスぅ〜殺し合うのは構わないんだけどさぁ、愛しのイル様が待ってるから早く帰りたいんだけどぉ」
「ちっ、お前の用事はこれだろ」
「ありがと」
投げキッスをしながら飛翔する。
デウスがマグマに潜って取り出してきたのは、龍玉……魔石だ。
掌に赤紫色をした魔石は中では黒い紋様が蠢き、鈍く金色にも光る。
本来、龍から取れる魔石は馬鹿でかく真っ赤に燃える紅蓮の石だが、デウスと血が混じったここの龍達は悪魔の魔力も秘め、淡く紫色に変化している。
その魔石をデウスは自身の魔力をマグマの中に垂れ流しながら熟成させると、力は凝縮し形は小さくなる分、魔力の濃度は高くなり、色も変化している。
それに合わせて、龍の莫大な生命力と力の特性を生かしながらデウスの悪魔としての魔の力と闇を備えさせた魔石へと昇華させた。
魔物から取れる魔石はあまり悪魔にとっていい作用は特にない。元々備わっている魔力とあまり相性が良くないせいでもある。
それをプラスにして使える人間、しかも人口魔石まで作り出して有効活用している人間は厄介だ。
いくら魔法を撃っても魔石があればいくらでも回復できる。
魔石の魔力と相性が良く、悪魔と魔物はよく一緒にされるが、人間の方が最も魔物に近い。
悪魔一人で人間の軍勢が相手できるといっても、魔力に限りがないわけじゃない。
だから魔力を補う魔石を悪魔でも使えればとデウスは考えた。
そしてより効率がいいのは龍から取れる龍玉であり、さらには自分の血が混じった愛おしい龍達なら尚更というわけだ。
さらに相性や質を高める為に、自身の魔力に浸してある。
勿論、人間が作るのよりは効率は悪いし、生産性は劣る。
しかし、質ならば人工や天然の魔石よりも遥かに上をいく出来だ。
薄めてはいるが自身の血を持つ龍の骨は魔力を流して武器にするのにうってつけで、さらには魔石まで使える。
生きている龍と生殖をするのは嫌だったが、思わぬ副産物にさらに龍に対して愛着は湧いた。しかし、本当に愛するのは骨に対してだけだが。
だからレヴィが龍を殺してもなんとも思わない。力の差もわからずレヴィに勝負をしかけた龍も、たまたま通り道にいてしまった運の悪い弱い龍もいらない。
デウスに認められた強い龍だけが、愛情を注がれ……骨と化し、愛し合う。
龍玉もこの煉獄絶夜で龍のボスかそれに連なる龍からしかとらず、生存競争に生き残れない龍はいらない。
煉獄絶夜を訪れた悪魔は悪魔なのに並大抵の力を持っていないと、魔物の龍には敵わない。
それほどにまで育った龍から採取する貴重な龍玉でつくる魔石。
「早く魔王イル様を連れて来いよ。我も会いたい」
「やだぁ、一番に変態のところに連れてくるのはお断りですぅ!それよりもワタクシの故郷!妖精森に案内しますから〜」
「はぁ。そっちの方が魔王様困るだろが。森とは名ばかりで妖精を苗床にして触手を栽培してるだけだろ。気味の悪い」
「うふふ。触手は気持ちいいわよ?肩凝り知らずになれますしぃ〜なによりお肌にもいい成分たっぷりでぇ、食べても美味しいわよっ」
「見た目がいけ好かん。それにお前の一族は脳筋一家だからまだ魔王成り立てのイル様の初めての魔界訪問にはキツいだろ」
「確かに拳で語り合うくらいは挨拶としてするかも……?でも、脳筋脳筋って酷い」
「事実だ」
あっかんべーして用事は終わったとばかり、空間を切り開いていく。
魔界と人間界との分厚い壁をいとも容易くこじ開けると、レヴィはデウスに手をヒラヒラとかざしお別れをする。
「全くなんて相変わらず馬鹿げた力なんだ。魔界と人間界を媒介なしに行き来できるなんて今はあやつくらいだ」
レヴィは悪魔の常識である召喚を必要としない。召喚なしで座標を定め、人間界との扉を開く。
それがどれだけ凄いことをしているか……あの女の潜在能力はこんなものではないと、過去に戦った日々を思い出しぶるりと震える。
デウスは悪魔としての力が劣っているわけではない。むしろレヴィと並び強い方だが、それでも純粋な力という意味では負けるだろう。
元々戦うよりチマチマとこうやって愛を育み、物を創り出していく方が好きだ。
この平和を守る為ならいくらでも武力を持って制するし、情がある。憎しみがないわけではない。
先代魔王を愛していた。初めてだった、生身を好きになったのは。いや、むしろ本当の意味での恋だったのかもしれない。
今はもうわからない。はっきりと自覚する前に人間共に奪われた。
復讐をしたいのは自分の方だとデウスは思う。
レヴィに浴びせた言葉は全て自分に向けてだ。
そうやって己を納得せねば、この怒り……どこにぶつければいい?
あれから幾日と経ったのに消えぬ業火は身を焼き付くし、自らも骨になりたいと思った。
だが、あの御方に次代を任せられた。
おそらく後追いをさせぬ為の足枷の一言。酷い御方だ。貴方は。ロベリア様は。
人間が意識を殺したまま、封印をしたのはわざとだ。
殺せるくせに封印という形をとったのは、我等が後になって魔界へと連れ帰り封印を解くと予測していたのであろう。
あれほどの圧倒的な力を持っておいて、ロベリア様を殺さず逆に利用しようという狡猾さ……
ああ、ロベリア様。
そんな事すら読めず、冷静になりきれなかった自分の方が手を下したレヴィよりも罪深い。
あの場で封印を解かず、ロベリア様の意思を取り戻させる方法を探すという事も出来たはずだ。
助け出したい一心で解いてしまった自分の過失。許されるものではない。
だが、罪を償う者はもういない。彼女は死んだのだ。
人間が憎い。彼女に逢いたい。その二つの感情に苦しめられる。
だが、デウスにはやることがある。
彼女が託した事。愛した女の意思を受け継いだ者。
今代魔王……イル様。
彼女に逢わねば、今度こそ守り通さねば。
人間に復讐してくれるというならば喜んで力を貸そう。戦わず平和に暮らしたいというならば我等が姑息な人間から守る盾となろう。
その邂逅を夢見て、骸を抱き、微笑む。割れたワイングラス代わりは龍の頭骨を。
「我等が魔王様に乾杯」




