小鳥遊 エル《2》
死の宣告で締め括られた文章はあまりに衝撃的で、頭がオーバーヒートするのに十分すぎる効力だった。
どうやってその後帰ったかわからない。
心配するレヴィの声に大丈夫と声をかけたのは覚えてる。
本棚から本を取り出し、仕掛けを起動させて部屋への階段を降りて行く。
多少意識操作をして、もう少しいい部屋を貰う事できると思うが(レヴィにそうしようと言われたが)
あまり欲をかきすぎるとアレだし、本当にヒロインが家に来た時に遭遇しても困る。
エルルートを攻略しようとしない限りは来ないとは思うが万が一もある。
ヒロイン?もしかして……この宮部 ゆかりって人はヒロインなのか?
いや、そもそも他校らしいし有り得ないとは思う。
ヒロインも転校してやってくるらしいが、時期的にはもうやって来てるはず……存在確認するまでは決定づけるのはまだ早いか。
レヴィは用事があるとどこかに行ってしまった。
たまにレヴィはこうやって出掛ける時がある。何かあれば呼べばすぐに来ると行って出てってしまった。
必ずしも一緒にいるわけではないが、気にならないと言ってたら嘘だ。でも一々訊くのも野暮というもの。
わかっている、レヴィはサキュバスだ。男の精気を吸いに行ったのかもしれない。性に貪欲なサキュバスであるレヴィを軽蔑するわけではないが、レヴィに俺の知らない一面があると思うと少し胸が痛い。
俺でも供給はできないことはないとは言ってたが、いくら精神が男である俺でも身体は女の子だ。限界があるだろう。
それに俺は性的な事はまだ受け入れられずにいる……
レヴィとはそういう関係には至ってないし、今後できるかもわからない。
なんにしろこの身体は借り物説がある以上、取り返しのつかない事はしたくない。
童貞だった俺には過ぎたる事だと目を瞑る。
サキュバスであるレヴィに無理させたいわけじゃないから、あまり縛るような事も言いたくない。
俺の考えはあくまで人間の枠組みで話しているだけだし、悪魔としては普通だとレヴィは言っていた。暴力、殺人といった事だけはやめて欲しいという願いをきいてくれただけでも十分だ。
後は上手いことレヴィなら立ち回るだろう。討伐隊が派遣されるってことはないとは信じたいが無事に帰って来て欲しい。
ベットに横になり、ふーっと息を吐く。
忘れかけていた交換日記の事を思い出し、起き上がり鞄から取り出す。
レヴィもいないことだし、今はこっちに集中するか。
ぴらりとまくれば、死という単語にばかり目が行きがちになる。
果たしてこれはエルへのメッセージなのか。
それともイルか。
相手がただのスピリチュアル系のそういう類いな可能性も勿論ある。
精神的に病んでいたと聞いているし、失礼だが女性恐怖症になる何かしらの原因があるわけだから、考え方が他人と何か違っていて学校でハブられていたとか……
いや、現実逃避をしてもしょうがない。
最も可能性があるのは、相手が俺と同じ転生者だということだ。
転生者だったら、エルというよりイルが死ぬで合ってるだろうし。
俺がエルじゃなくてイルだということを知って……いや、待て。なんて言ってた?あの人は……
『でもこの隠しルートであるイルルートをやらないと物語前半エルがイルだったって知れないからあまり知ってる人はいないし、攻略見て知ったとしてもプレイしてる人の大半は女性だから、女のイルを攻略したいって人は余程じゃないといないと思う。だからマホヨメ好きな人でも話合わないんだよね。イルルート話しても大丈夫って人でも、いざ話してみるとネタバレ知りたくなかったって人多いし』
『そりゃ、攻略しようとしていたキャラがまさか別人だったなんて知りたくないだろ』
『だからイル好きにとっては辛いんだよ〜!今女子の中で話題のゲームやって仲良くなろうというちょっとした下心だったのに、まさかエロゲでもないのにこんなにハマるなんて……』
『乙』
『だから早くゲームやって俺と語り合おうね』
兄とそんなやり取りをした記憶が蘇る。
そうだ、このイルの情報を教えてくれたのは義理の兄。
この交換日記の相手はイルルートを知っているのか?
いや、知らないパターンもある。
転生者だったとして、ゲームをやったことある人物でもこの情報通りだと大半の人が知らないわけだ。
攻略キャラであるエルがバッドエンドだってあるわけだし死ぬルートだってあるかもしれない。
イルだと決めつけていたが、これはエルへの忠告なのかもしれない。
だったらあくまでエルとして接してやるべきではないのか?
少なくとも相手の目的がわかるまで話に合わせた方がいいだろう。
¨何者ですか?¨と書いた文字を消す。
代わりに¨どういう事ですか?¨と書き直す。
一言だけというのもなんだし、やっぱり消してちゃんと書き直してみる。
¨こちこそ初めまして。呼び方としては宮部さんで宜しいでしょうか?
交換日記という事ですが、あまり勝手がわからず不快な思いをさせたら申し訳ありません。手紙の要領で返事を返す事をお許しください。
早速ですが、死ぬというのはどういう事でしょうか?¨
こんな感じか?
ひとまず書き終えたのでノートを閉じる。
それと同時期に呼び鈴が鳴る。
交換日記の事で頭いっぱいだったが、エルへの報告を忘れていた。
この地下室にも呼び鈴が鳴るシステムを止めて、急いでメイド服に着替える。
今はレヴィがいないから誤魔化しなどできないし、呼べば来るらしいがなんとか自分で応対して事を済ませた方がいいだろう。
それにレヴィから暗示を受けているから最低限酷い折檻はされないはずだ。
罵詈雑言も言えないようにするレヴィは言っていたが、それはやめてもらった。病人がストレス溜めるのもよくないしな。悪口ぐらいは可愛いものだからそれぐらいは許容する。
さて、階段を上がり部屋の前まで急いで来たら、今世のお兄様との対面だ。……前世のお兄様に逢いたい。
それにしてもレヴィがいない対面は久しぶりだ。
レヴィがいると、今日あったことを纏めて頭に叩き込んで終わるだけだから簡単なのだが(話をさせてもらえない)
今日はいない日だから、兄妹水入らずの会話になるだろう。
「イルです。失礼します」
「おっそい!!何してたんだ!!!クソがっ」
「申し訳ありません」
相変わらず口が汚いお兄様。
気にせず今日あったことを報告していく。まだ不確定要素の事もあるし、交換日記の事は伏せて。
「ふんっお前はいいな……そうやって愛想まいとけば誰かが構ってくれるだろうし、身体がよければ学校にも行ける……私だって!」
ゴホゴホと咳き込むエル。執事がすかさず駆け寄る。
だがそれを退け、立ち上がったと思ったら俺を近くまで引き寄せる。
なんだ、立ち上がれるぐらい元気になったのか。
同じ顔でも特に何も感じないのは今まで色々な折檻を受けてきたせいか。
「お前はっ!お前だけはっ……許さない」
何に対して考えたくもないが、エルなりに嫉妬とか葛藤などあるのだろう。
「申し訳ありません」
「いつもそうやってなんでもないかのような顔して!私は!私が……どんな思いでっ」
「はい」
「私は……学校に行きたい。友達を作りたい。くだらない話で盛り上がって、テストの結果で笑い合って、私の事を受け入れてくれる女性と恋をして……」
エルが語る。病気の身体では出来なかった事を。
そしてそれは何気に俺の願いとも少し被っていたが、同情心はわかなくて。
「私は良くなっている。もう少しで学校にも行ける。あともう少しだ、そうすれば」
襟首を捕まれる。
少し不快だが、取り乱すほどでもなく、顔も平常心だ。
それが気に食わないのか舌打ちするエル。
本当に、ガラの悪いお兄様
「……お前なんていらない。お前なんて……必要ない!」
¨私もです¨と心の中で呟く。
双子ながら気が合うと思うよ、俺ら。
「早く死ねよ!!私の代わりに死ね!!死んで詫びろ!!!……気持ち悪い。早く私の前からいなくなってくれ早く早く早く!」
「お兄様」
「やめてくれ!!!頼むから!!!お前なんて妹じゃない……妹じゃ、ない」
泣き崩れるエル。……小さな背中。
これ以上、ここにいても仕方ないだろう。
執事に睨まれながら、失礼しましたと言い退室する。
もう二度とエルと話すような事はない。そんな気がする。
もし、イルへの憑依という形なら俺は妹であるイルを奪った事になる。憑依じゃなくとも異物が混じっている事になる。
エルがその事に薄々気付いているなら、それが前提なら俺は悪となる。
やめだ、今更仮定の話をしても仕方ない。
それを抜きにしても兄が妹の身体を傷付けていい理由にはならないし、不毛な話だ。
俺はもうこの今世の兄を兄だとは思えない。
エルの部屋から出るとあの唾メイドが立っていたが、構う気にもなれず擦れ違うようにエルの部屋を後にした。
何か言いたそうにしていたが、今はどうでもいい。
布団に包まれてどっぷりと切れることなく眠りたいな。
「おかえりなさい。イル様」
悪魔が手招きして待っていた。
律儀にシーツなどを取り替えて、部屋も掃除済みだ。
「レヴィ、本当はずっといただろ?」
「はて?なんのことかレヴィちゃんにはわかりませーん!うふっ」
「いつからいたんだ?」
舌を出す悪戯っ子のようなコイツの頭をぺしっと叩く。
「でも本当にさっきですよー!クソみたいな雄の部屋に入った時くらいからいましたーですぅ!あぁ!殺したい!!」
「ダメだからな」
「むぅ」
「そういえばエルからとか精気は吸わないのか?俺の顔が好みなら、男で同じ顔のエルの方がいいんじゃないのか?」
ずっと疑問には思っていた。
確かに病弱なエルから吸ったらただでさえ死にそうなのに死んじゃうかもしれないが、レヴィにとってはエルの方が都合がいいんじゃないかって。
「えっ!?似てませんよ!!!イル様の方が綺麗で可愛いですし何もかも素晴らしくてええとですね、うんーと、比べるのも烏滸がましいようなーあのクソは肥溜めみたいな顔と臭いじゃないですかぁ」
「肥溜めって」
「事実ですぅ。魂が穢いですからぁ見た目にもそれが滲み出るといいますかぁ」
「そういうものなのか?」
「そういうものでーす!ふふ。」
布団の横に寝転ぶレヴィ。
かなり狭い為、自然と身体が密着しあってしまうので、いつもレヴィには小さいボディでいてもらうのだが、今日は嫌だと言う。
「だってイル様、いい加減ワタクシを信用してくれてもいいと思うんですよ。その為にも身体の付き合いは大切といいますか」
「身体はいらない!」
「今日は寝かしませんよ……うふっ」
この攻防戦のせいで気が付いたら夜が明けてしまい結局眠れなかったが、少しスッキリしたのも事実だった。
まだ波乱は待っているとは知らずに。




