ビターチョコレートよりもほろ苦く
注意:『チョコレートよりも甘く』に登場するダリウスの兄のお話です。そちらを読まなくても理解は可能だと思いますがよろしければそちらもどうぞ!
わたしの主〈あるじ〉は次期魔王と名高いユリウス=チョコレーヌ様だ。
魔力は初代魔王の再来と言われるほど強く、しかも初代魔王と同じ赤い瞳の持ち主だった。
だからこそ彼を利用しようとする女は多い。
何処のハーレムだと言いたくなるような女たちは一様に露出度の高い改造メイド服を身に纏い、女を武器にする気満々である。
つい先ほども、ユリウス様がぽつりと「疲れた」と言ったところ我先にとベッドに引っ張り込もうとしていたくらいだ。
見てはいない、が、聞いていてわかるくらいの騒がしさだった。
おかげでユリウス様は逃亡してしまった……ドアの前で立ち番をしていたわたしは強打した後頭部が痛い。かなり痛い。
「面倒なことになっていなければ良いのですが」
万が一暗殺されていたら、護衛であるわたしは命をもって償わなくてはならなくなってしまう。
こんなことならば大人しくメイドになっていれば良かった。
メイド服が嫌だからと護衛になりたいなんて言わなければ今頃優雅にお茶くらい飲めていたかもしれない──もっともわたしはメイドなんて柄じゃないんだけれど。
「ろ、ロディ……じゃないか……」
「ぎゃっ!?」
「すまない……肩を貸して欲しいのだよ」
短く切り揃えられた髪を撫で付けながら歩いていると、曲がり角から血塗れのユリウス様が現れた。
思わず悲鳴を上げたわたしを気にすることもなく両腕を前に突き出しながらふらふらとわたしに歩み寄ってくる。
「またダリウス様と戯れていたんですか?」
戯れ、というには少々過激だけれど、ユリウス様はダリウス様に半殺しにされてもどこか嬉しそうなのでわたしは邪魔をしない。
断じて汚れるからだとか面倒だからだとかそんな理由ではない 。
巻き込まれたら死にそうだとかダリウス様怖いだとかそんな理由でもない。
「ダリウスは恥ずかしがりやなのだよ。少々愛情表現は歪んでいるがワタシの大切な弟だ」
まるで褒められた子どものように自慢げにダリウス様について語り出すユリウス様。
「そうですか……」
「ああ、そういえば部屋を飛び出した時にドアがすごい音を立てたのだが壊れているのだろうか」
不意に思い出したように言ったユリウス様に、わたしはなるべく私情を挟まないように答える。
正直、ものすごく痛かったのだ。
「いえ、それは恐らくドアがわたしの後頭部を強打した音です」
すると、あと少しでわたしに触れる、というところでユリウス様は急に立ち止まった。
「ユリウス様?」
「それはすまない、大丈夫だったか」
むしろ血塗れのあなたが大丈夫ですかとは空気を読んで言わなかった。
ユリウス様は、魔族の中でも高位の存在のためこの程度の怪我ではなんてことないのだろう。
「大丈夫です」
……あれ、だったらどうして肩を貸してくれだなんて……?
「いや、駄目だ。ふむ、ワタシは責任を取るべきだろう」
「は……?」
「ロディ、結婚しよう」
ポカーン。
わたしの表情に効果音を付けるならそんな感じだろう。
「意味がわかりません」
「……そのままの意味だが?」
心底意味がわからないと言いたげな表情をされた。
「結婚、って、ユリウス様には婚約者がいらっしゃるでしょう?」
「婚約者などいないぞ?」
「それにわたしは男です」
ユリウス様はわたしの言葉に、愉しげに口の両端を吊り上げた。
そしてわたしの顎をくい、と持ち上げると耳元で囁く。
「──まさか、気付いていないと思っているのかロディ? ワタシはそこまで馬鹿ではないぞ」
──結果から言うとわたしは、ユリウス様からは逃げられなかった。
その後、ハーレムメイドが全員ユリウス様を狙う暗殺者だったというショッキングな事件が起こり、何故かわたしがそれを解決したことになり、気付けばわたしはユリウス様の婚約者になっていた。
──優雅にお茶、どころかお菓子まで食べられるようになったわたしに、味方はいなかった(ただしダリウス様の嫁であるグレーテルちゃんはわたしの唯一の理解者である)。
「愛しているぞ、その短い髪も小さな胸も!」
「張っ倒しますよ」
「何? 押し倒すと!? 大歓迎だぞ!」
「違います!」
ちなみにユリウスは、最初からロディが女性であることもハーレムメイドたちが暗殺者であることも気付いています。
あわよくばロディがハーレムメイドに嫉妬してくれないだろうか、程度にしか思っていません。
けれどそんなユリウスも弟であるダリウスには弱く、ダリウスの想い人であるグレーテルと会話するともれなくくらう精神攻撃には青ざめます。