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The Slaughter Dragon (4)

 

 カーーン──、カーーン──、カーーン──

 シェワール市中に、けたたましい警鐘が鳴り響いたのは、ロアンたちが『撃竜砲』のテストを行った日から二日後だった。

 東の空が薄明るくなり始めた、夜明け時。空に雲は殆ど無く、まだ明るい星がかすかに視認できた。

 何が起こったのか──解らない者などいない。シェワール市民は、不安を抱きながらこの時を警戒していたのだから。

 十年の時を経て再び、虐殺竜アペティードがやってきたに違いないのだ。

 我先にと町の西側に向かって避難を始める市民たちで、主要な街路は溢れかえった。

 東門の外から虐殺竜が現れたという情報を知りえずとも、最初に東側の警鐘から鳴らされ、東の人間が西に避難を始めれば、人の流れが生まれる。その流れは更に人を飲み込み、大きくなる。

 とは言え、混乱はそこまで酷くない。予め市議会から、避難ルートなどが執拗と言っていいほど提示されていたからだろう。過去に虐殺竜に襲われた街である。二度目となれば、対応が良くなるのは当然だ。

 殆どの市民が避難していく中、そんな市民らが避難する時間を稼ぐためにも、虐殺竜に立ち向かわなければならない者たちがいた。市の警備隊である。

 東門付近の防御壁の上にある見張り塔では、双眼鏡を首から下げた監視役が警鐘を鳴らし続けている。

 夜の間からずっと、門の付近には警戒のための灯りがあったとは言え、薄暗い夜明け時で発見が遅れた。すでに肉眼でも見える距離に、黒き竜が疾走する姿が見える。もの凄いスピードで東門へと向かってくる虐殺竜。その竜へと、防御壁の上から雨のように降り注ぐ矢。

 しかし一陣の黒い風の如く疾駆する竜には、殆ど矢があたらない。もちろん当たる矢もあったが、頑強な黒鱗の鎧に弾かれるだけだった。毒矢も、火矢も、虐殺竜に効果は無い。

 頭部を左右六本の巨大な翼爪で覆い庇うようにして、虐殺竜はあっという間に数キロを駆けぬけ、シェワール市東門の前に辿りついた。

 至近距離でも、高い防御壁の上から矢が放たれるが、それでも虐殺竜は傷一つ負わない。弓を放っていた警備隊の人間たちは、諦めて攻撃を中断。防御壁の内側へと降りていく。

 虐殺竜の紅い瞳は、これから人間を殺す事への愉悦で禍々しく光っていた。

「ホホゥ……立派ナ壁ヲ造ッタモノダ。我ヘノ対応モ早イ。ヤハリ十年前ト同ジヨウニハイカンカ」

 虐殺竜が呟く。八メートル近い高さで厚い石の防御壁は、さすがの虐殺竜でも登って超えることができない。破壊することも、難しく思えた。

 そして、眼前で閉ざされている鋼鉄の門。中央から左右に開く構造の門だった。高さは三メートル程度か。この門を抜けなければ、獲物である人間たちにはありつけない。

(門ノ内側ニ、多クノ人間ノ臭イと鉄ノ臭イガスル──盛大ニ歓迎スル用意ハ、デキテイルトイウワケダナ)

 しかし虐殺竜は躊躇わない。むしろ愉しそうに、口元を歪めた。

(オモシロイ。ナラバ、皆殺シニシテヤルマデ)

 虐殺竜は少し後退。助走をつけ、鋼鉄の門へと直進。そして、その巨体を肩から門の中央にぶつける。

 轟音。

 その一撃で、硬いはずの鋼鉄の門は凹み、歪み、ボロボロになった。かけられていた太い閂も折れて、はじけ飛ぶ。頑強に作られた門も、この竜の前では大した障害ではない。

 門の内側の人間たちの、ざわつく気配を感じる虐殺竜。

「コノ程度ノ門デ、我ヲ止メルコトガデキルト思ッテイタノカ? ククク……」

 再び門から身を離し、虐殺竜が二度目の体当たりをする。

 先よりも大きい轟音と共に、歪みが限界を超えた門が内側にはじけ飛ぶ。門の周囲の石壁までも崩れ落ちる。

 あっさりと鋼鉄の門を破壊され、浮き足立つ警備隊の者たち。しかし彼らは、逃げ出すことなく竜を迎え撃つ勇気──或いは責任感──だけは持ち合わせていた。逃げ出したほうが、幸せだったかもしれない。

 剣や槍、盾を構えて待ち受ける者。その後方では、巨大な岩をぶつけて攻撃する『投石器』を門に向ける者。弓矢が通じないことは解っているため、弓を持つ者はもう居ない。

「サテ……楽シマセテモラオウカ?」

 門や石壁が崩壊し、噴煙を上げているところに、虐殺竜は素早く踏み込んでいった。


「虐殺竜が来たぞーっ! 投石器、撃てっ!!」

 前衛で剣を構える、警備隊のリーダーらしき男が大声で指令を飛ばす。

 門から飛び出してくる、巨大な黒い影。

 すぐさま、虐殺竜を狙って投石器から巨大な岩が打ち出されるが、無駄だった。虐殺竜の動きは、その巨体にそぐわない俊敏さ。狙われにくいように左右への動きを加えながら疾走し、一気に距離を詰める。

 投石器の巨大な岩が当れば、虐殺竜とて大きい損傷を受けるだろう。しかし当らなければ意味は無い。

「駄目だ、動きが速すぎる!」「くそっ、あたらない!」

 後方から、焦りと悔しさの声が飛び交う。

 そして、前衛に布陣していた警備隊たちの命が、刈り取られはじめる。

 虐殺竜は、人間の話し声や仕草からまずリーダー格の人間に目星を付けた。その人間に真っ先に狙いを定める。

「ここでこいつを食い止めねば……っ!」

 警備隊の隊長を務める男は、自分に向かって疾走してくる虐殺竜を見据え、剣を構える。その肩書きは伊達では無く、警備隊員の中でも剣の腕で彼の右に出る者はいない。

 肉迫する虐殺竜。その黒い巨体に圧倒されることなく、隙を伺う隊長の男。

 虐殺竜が勢いのままに、両肩のあたりから生える翼のような部分の先端の長い爪──翼爪を左右六本、それぞれ別の位置から突き出す。

 高速の突き。六方向からの同時攻撃。

 常人ならば避けきれず、串刺しにされて終わっていただろうが、彼はその殆どを避け、見事な剣捌きで受け流した。

 翼爪の攻撃の直後に一瞬できた隙を突いて、虐殺竜の足を狙って下段で剣を振る。足にダメージを与え、機動力を削ぐことができれば、素早い竜にもこちらの攻撃を当てやすくなる。その上、もし自分が敗れてここを突破されても、市民が逃げる時間が稼げる。

 比較的鱗の薄そうな竜の脛を狙った必殺の剣撃は、しかし竜の前肢──腕で軽々と止められた。竜の腕の鱗に傷を付けることはできていたが、鱗の奥までは届かなかった。

「翼爪ヲ避ケタノハ褒メテヤロウ。狙イモ悪クナイ。ダガ、所詮ハ人間。無力」

 虐殺竜は腕を振って、剣を弾き飛ばした。

「くっ、剣が……!」

「シネ」

 終焉の宣告。

 剣を失って一瞬態勢を崩した男の腹部に、黒い槍が勢いよく突き刺さる。

「ぐはぁっ……!」

 否、それは虐殺竜の長い尾の先端だった。大きくしなった長い尾の先が男の腹を貫き、背中から出ている。

 虐殺竜はそのまま尻尾を勢いよく横に振った。

 先端に『返し』のような突起がついた尾が、串刺しにされた人間の内臓をえぐり潰しながら逆に抜ける。振られた尻尾の勢いで、腹部に空いた大穴から血と贓物を撒き散らしながら、リーダーの男は吹っ飛んでゆき、人家の壁に激突して落下。無残な傷を晒した身体は、当然もう動かない。

「隊長……!」

「よくも隊長をっ!!」

「許さんぞおおおおっ!!」

 残った警備隊たちが叫ぶ。強襲から一分も経たない短い交戦で、隊長ががあっさりと殺され、残った自警団たちは統制を失った。それが虐殺竜の狙いでもあったわけだが──

「思ッタトオリダ。今死ンダノガ『頭』ダッタヨウダナ。ククク」

 嗜虐的な笑みを浮かべ、虐殺竜は手近な次の獲物に紅い眼を向ける。

「隊長の仇!」

「このバケモノめ! ぶっ殺してやる!」

「うおおおおおっ!」

 隊長の死を目の当たりにしても、逃げ出すような者はいなかった。恐怖よりも怒りが勝ったのだ。

 彼らは、虐殺竜に一斉に攻撃をしかけてたたみ掛けようとする。しかし包囲された状態でも虐殺竜は笑っていた。

「マトメテ殺サレニ来ルカ? ユックリ嬲ル暇ガ無クナルノガ、惜シイナ」

 虐殺竜を取り囲んだ隊員たちは、数十人にも及んでいた。それぞれ剣や槍や斧といった得物を手にし、一斉に虐殺竜に殺到する。

 虐殺竜は、大人しくじっと待ちはしない。いきなり自警団の一人に向かって高く跳躍する。全長六メートル近い巨体とは思えない軽やかさ。飛び掛り、右足で頭から蹴り潰して着地。一瞬で首から上が潰れてなくなった人間の胴体が、鮮血を噴出しながら痙攣する。

 殺した獲物には目もくれず、すぐに周りの状況を把握する虐殺竜。

 正面から己の首を狙って突き出される槍を、翼爪二本で挟んで防ぐ。槍を止められて動きを止めた人間の首を、剣山のような牙が生えた口で噛み千切り、吐き捨てる。

 同時に左から剣を振りかざしてきた人間の胸元を、左の翼爪二本で刺し貫き、振り捨てる。

 胸に穴を開けられ振り投げられた人間が、別の人間にぶつかる。そこへ一挙動で踏み込んで肉迫した虐殺竜は、二人の腹部に右手の爪を突き刺し、すぐに引き抜くと尻尾で叩き飛ばす。

 その虐殺竜の背後から、良いタイミングで力強く斧を振り下ろす自警団。斧は竜の硬い鱗を深く裂いた。ついに、虐殺竜に攻撃が届いた。しかしそれだけだった。ダメージは皆無。

「ククク……我ガ鱗ニ傷ヲ付ケタカ。ナラバ、褒美ヲクレテヤラネバナ」

 振り向きもせずに、虐殺竜は斧を持った人間に尻尾を絡めて動きを封じる。軽々と尻尾で持ち上げられ、その人間の足は地面から離れた。

「は、放せッ! この……っ!」

 人間は焦ってもがくが、強く巻きつく竜の尻尾から逃れることはできない。斧を尻尾に叩きつけるが、勢いをつけれない姿勢のため、鱗に覆われた尻尾にダメージは与えられない。

 その人間を尻尾で拘束したまま、虐殺竜は向かってくる残りの自警団を次々を殺していった。


 爪、牙、翼爪という武器をその身に備え。

 鱗という黒き鎧をその身に纏い。

 その巨体に備わる筋肉は、計り知れない膂力を産み。

 俊敏な動作で疾駆、翻弄し。

 人間と同程度の知能を持ち。

 ただ人間を殺す事を愉しむ。

 殺して、殺して、殺して、殺して、殺す──

 虐殺竜アペティード。


 どれだけ戦闘技術に優れた達人であっても、『人間である』という生物種──器の限界はある。また、矢も、剣も、槍も、斧も、鈍器も、それらの武器を使用する主体は人間であり、それが人間である限り、その組み合わせでの絶対的攻撃力の限界は、自ずと決まってくる。

 人間が体術や武器を限界まで極めても、武器がそれでは無駄なのだ。虐殺竜を倒す事は、不可能と言っていい。

 ならば人数で攻めればよいのか。確かにそれは有効だろう。しかし、数十人では明らかに不足しすぎていたのだ──

 鮮やかとも言える、一方的な殺戮が続く。それは人間同士の戦いとは異質のもの。

 虐殺竜は、これまで数多くの町を襲い、数多くの人間を屠ってきた。それに対して、一人一人の人間は普通、虐殺竜と戦う事が初めてである。

 竜が様々な人間の動き・戦法を、経験から知悉しているのに対して、人間は竜との戦い方など確立できていない。竜の戦い方を知らなすぎる。この差が、虐殺竜の『人間に対する強さ』として現れるのは、必然でもあった。

 数分後、辺りは文字通り血の海となっていた。その海の中には、海を作るのに貢献した人間の骸が散らばっている。

 虐殺竜は、最後の生き残り──拘束していた人間を、そのまま尻尾をしならせて眼前に運んだ。彼はもう得物の斧を失っていた。竜が愉快そうに血が滴る口を開く。

「アッケナイモノダ。早クモ貴様ガ、最後ニナッテシマッタナ。我ガ背中ニ傷ヲ付ケタ礼ニ……ジックリ嬲リ殺シテヤロウ」

「あ、ああ……助けて…………」

 絶望。恐怖。

 仲間が数分で皆殺しにされ、絶対的な虐殺者の力を見せ付けられた最後の自警団の男には、もはや抗う気力など微塵も残っていなかった。

「助ケルハズガ無イダロウ? 我ハタダ、人間ヲ殺スタメニ来タノダカラナ」

 黒き竜は口を歪めて哂う。

 そして彼は、ただ苦痛に叫んで虐殺竜を愉しませる玩具となった。


 暫くした後、虐殺竜はまだ東門から少し街に入った場所に居た。

 警備隊の中でただ一人虐殺竜に傷を付け、最後に殺された男の亡骸は、両手と両足を付け根から引きちぎられ、耳が千切られ、両の目を抉られ、腸を腹から引きずり出されていた。

「ナカナカ愉シマセテクレタガ、マダマダ足リン。モウ抵抗スル人間ハイナイノカ」

 予想よりも短時間で、抵抗する人間を全滅させてしまった。

(所詮ハ人間トイウコトカ……。ソレナラバ後ハ、無抵抗ノ人間ドモデ愉シムマデダガ)

 舌なめずりをすると、人間の臭いを辿って街の奥へと歩き出す。

 警鐘の効果は大きく、多くの人間は西の方へ逃げ去っていたが、まだ残っている人間もいるようだった。

 虐殺竜は鼻が利く。そう遠く無いところから、はっきりと人間の臭いがしていた。


     ◆  ◆  ◆


 彼女が泊まっていたのは、虐殺竜が侵攻してくる可能性が高い東門に近い安宿で、ロアンの作戦における集合場所にも近かった。

 警鐘が鳴り響き、早朝で寝静まっていた安宿の中も騒然となる。他の宿泊者や、宿の主人と従業者たちが、慌しく飛び出し、避難していく。

 簡素な一室で眠っていた彼女もまた、すぐに硬いベッドから跳ね起きた。何が起きたのかを把握するまで、数秒もかからない。

 身だしなみは数分で最小限。剣を持つと、急いで宿を出る。

 まだ日の出前の空は薄暗い。大通りには、溢れる人々の流れができていた。しかし、誰もが予期していた襲撃でもあるため、大きな混乱には陥っていない様子である。

「"あの時"みたいな夜襲を予想してたんだけどね……。早朝とはまた、いい時間を狙ってくる」

 人通りが少ない道を伝って、避難の流れに逆行して駈けながら、独りごちる女。

 美しく滑らかなブロンドのポニーテール。特徴的なミラーコーティングのサングラス。素早く力強い肉食獣を思わせる、引き締まってしなやかな身体。歳は二十半ばくらいに見える。一部の業界では有名な、凄腕の傭兵にして賞金稼ぎ──『剣の妖精』の異名で知られる女剣士、ポルネイラだった。

(ロアンの誘いも断って、街の地理をよく把握しておいたのは正解だったけど……。東以外からの襲撃も想定したのは、杞憂に終わったね)

 避難する人々の流れの影響を受けにくく、最短で門付近に到達できる移動経路を、予め確認しておいたのである。広い街であるため、その確認作業には時間を要した。

 時間がかかったのは、念のために他の門からの襲撃も想定し、歩き回ったからでもある。

 街の地図を見るだけでは足りない。市議会が配布していた避難経路図も参考にしたが、何よりも、自分の足で歩きまわる事が肝心。それが彼女の経験則だった。

 ロアンとの作戦会議の時、「覗きたい店があるから」と言って射撃テスト見物を断ったのは、嘘だった。

(悪ふざけが『癖』になっちゃってるから、仕方ないんだけど……)

 嘘を付いた事に、特に理由は無かった。別に本当の事を話しても問題は無く、むしろ、そのほうが信頼の度合いは高くなっただろう。

 彼女はずっと、『嘘』をついて生きてきた。軽くて、不真面目で、礼儀知らずで、金に意地汚く、気まぐれな性格の女を演じてきた。十四年前の『あの時』以来、ずっと。

 そして、演じることが癖になってしまった。或いは、すでに演技の人格が染みわたり、『そういう人間』に変わってしまったのかもしれない。

 己の素性を隠して生きてきた。

 ただひたすら強くなるために。その邪魔にならないように。

 そして、自分の手で仇を討つ為──虐殺竜アペティードを倒すために。

 剣や体術を学び、賞金首などを相手に戦い、経験を積んだ。当然死にかけた事もある。

(でも──こんな形で、初めて『同郷』の生き残りに巡り会って、素性を明かす事になるとはね。運命めいたものを感じずにはいられないというか)

 ロアンとの作戦会議後、オージスの前でサングラスを外した時のことを思い返すポルネイラ。

 彼女は、高揚していた。未だかつて無い程、精神が昂ぶっている。

 この時のために、自らを鍛え続けてきたのだ。

 そして、これまでと違い、自分一人ではない。同じような想いのオージスがいた。

  ロアンとは目的が一致しているだけで協力する形となったが、似たような境遇だった。そして彼の武器『撃竜砲』の射手もいる。

 悪くはなかった。ずっと一人で戦ってきたのは、好きでそうしていたのではない。心も強くなるためだ。仲間ができれば──その仲間が信頼できるほど──必ず依存・甘え・馴れ合いが生じる。どんな奇麗事を並べても、『独り』だからこそ、得られる強さも存在する。

 しかし、全てはこの時のためだ。もう独りでやる理由も必要も無い。

 今日この時、目的は強くなることではなく、虐殺竜を倒す事。

(私の手だけで、とは言わない。どんな手段でもいい。誰の手を借りてもいい。虐殺竜さえ葬る事ができればそれでいい! ただ、絶対に私の剣は、受けてもらうっ……!)

 迷いも怖れも無い。すべき事をする。それだけだ。

 ポルネイラは、背中に背負っている細長い包みの中身を意識する。肌身離さず持ち歩いているもの。ロアンとの作戦会議の時にも持って行った。

 復讐者が使うべきものでは無いのかもしれない。それでも、虐殺竜には使うと決めていた。

「父上、母上、国の者たち……皆の、王国の無念のために、悪意に満ちた竜を斬るために、使わせてもらう。我らがロブラント王国の誇り、古より継承されし聖剣、ノルトゥングを──」

 呟きながら、走り続ける。時折、西に逃げていく人々とすれ違いながら。

 路地の先から、戦いで嗅ぎ慣れている血の匂いが微かに漂ってくる。虐殺竜の犠牲者の血だろう。

 集合場所は、もうすぐそこだった。


     ◆  ◆  ◆


 ポルネイラが宿を飛び出したのと同じ頃。

 クライスターもまた、荷車を押して狙撃ポイントへと走っていた。荷車に載せてある『撃竜砲』には、覆い布をかけてある。

(こ、怖くなんかない……!)

 鳴り響く警鐘は不吉で、耳障りだった。

 騒がしく各々声を上げて、西で逃げる街の住人たち。

 最初は、大勢の人が居る場所を逆行して走っていたが、やがて人は見なく無くなった。東の方にくると、もう殆どの人間が逃げ去った後なのか、人気の無い、廃墟のような寂寥感が漂っている。

 人間のいない街には、どこか威圧感さえ感じる。『物』だけが、変わらずそこに在るのだ。

 今にも、路地の角から虐殺竜が現れそうな雰囲気。そんな空気に飲まれないように、クライスターは自分を勇気付け、鼓舞していた。

(俺がやらなきゃ、ロアンが危ないんだ。虐殺竜の正面で対峙するロアンたちの、生死を握ってるとも言っていい仕事だ。絶対に、弾を外したりはしない……!)

 ロアンは自分を信頼して、『撃竜砲』の射手を任せてくれた。その信頼が、「人間もまた利用できる武器になる」という考えの元でも、構わなかった。

 トラウマになるような──心が壊れるほどの凄惨な経験はしていないが、クライスターも孤児院で育った。そして、ロアンが表面上とはいえ立ち直った頃から、歳が近い友人として、或いは、兄弟のように過ごした。

 人は、他人を完全には理解できない。他人の心の奥深くは読めない。表面、そして、長い付き合いで相手を知る事で、その延長上が少し見えるくらいである。

 どれだけ努力しても。見ようとしても。知ろうとしても。他人の全ては理解できない。それは時に、不便に思える。付き合いが長くなるほど、その問題が顕著になる事もある。誤解、勘違いも、そこから生じる。

(分からなくてもいいんだ。どれだけ理解しようとしても分からないなら、分からない事を受け入れるだけだよな。ロアンは虐殺竜の狙撃を、俺にも任せた。俺に命を預けた。その事の真意がなんであれ、俺はそれに答えりゃいい!)

 虐殺竜を怖れている場合ではない。クライスターは、恐れを捨てた。

 必ず、撃って、当てる。

 彼はすぐに、ポイントの地点に到着した。三階建ての大きな集合住宅。その三階にある空き部屋のテラスから狙う事になっている。建物には、人の気配が無かった。皆避難したのだろう。

 腕時計を見る。まだ警鐘が鳴り始めてから、十五分。

 大体の予定では、東門からの襲撃の場合、警鐘が鳴ってから三十分以内で準備を完了させる事になっている。そのために各々、己が配置につくポイントの側の宿などを利用して待機していた。

 クライスターは、素早く建物の中に入る。階段は荷台のまま登れないため、重い『撃竜砲』を担いで、必死に階段を駆け上る。

 息を切らし、三階のテラスに到着。背負っていた背嚢を下ろして中を開く。ここからするべき事は、何度も練習してきた動作だ。

 素早く『撃竜砲』を設置。

 折り畳まれていた砲身を展開し、金具で固定。

 背嚢の中から弾丸を取り出す。

 砲身後部の上側から薬室を開き、最初の弾を装填。

 次にスコープを覗きながら、ロアンたちが待ち伏せする予定のポイントに照準を合わせる。

 まだ誰の姿も見えない。狙撃手が先に準備を完了できるのは、理想的な状況である。

 最後に安全装置を解除。一応、撃鉄やその他の部位もチェック。『撃竜砲』の準備は、これで完了だ。練習の成果もあって、流れるように素早く行えた事に満足するクライスター。

 次に、背嚢から大きな白い旗を取り出し、テラスに固定して立てる。狙撃手が「準備完了した」という合図だ。ロアンたちは、この白い旗が三本立ったのを確認して、虐殺竜と対峙した後、狙撃開始の合図を送ってくる事になっていた。

 これで全ての準備が整った。

(ここからじゃ建物に遮られて見えないけど、俺が大丈夫だったんだ、スキーマやミップスの師匠もとっくに準備できてるだろう。後はロアンたちがポイントに到着して、合図をくれるのを待つだけ……!)

 愛用のバンダナを締めなおして気合を入れたクライスターは、スコープを覗いて待ち続ける──

 

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