1.三人で幸せになろうな
私の彼氏たちは様子がおかしい。
「友香ちゃん、シャンプー変えた? めちゃくちゃそそるんだけど」
ソファの真ん中に座る私の肩を抱いて、知憲は髪を嗅いだ。クールな眼差しのイケメンなのに、やっていることが残念だ。
「あ、それはうちのシャンプーだ。昨日泊めたから」
反対側でピザを頬張っていた幸人が反応をする。中性的な美人も、ソースを口の端に付けていたら台無しだ。
「えっ、ずるい。二人で何してんの」
「バイト終わりの友香を拉致った。ずっとゲームして楽しかったよ」
「誘ってよ。……ていうか、ソースついてるぞ」
「どこ?」
目と鼻の先で知憲と幸人が顔を突き合わせたと思ったら、知憲は赤い舌を出して幸人の唇を舐めた。
「……」
呆然とする私に知憲は囁く。
「友香ちゃんも舐めようか?」
その低い声に鳥肌が立った。
反対側の耳に幸人が囁く。
「俺は友香にやって欲しかったな。口直ししてよ」
二人のねっとりとした視線に挟まれて、私は曖昧に笑う。
――早く二人と別れられないかなと思いながら。
* * *
石黒知憲と巴川幸人は、入学した時から有名人だった。人目を引く華やかな見た目で、良くも悪くも話題になる名前だった。
ごくごく普通の女子大生である私は、共通の友人を通じて知り合いではあったが、特に親しいわけではなかった。
「友香ちゃんったら、またA定食を食べてるの?」
学食にいた私に声を掛けてきたのは、グラマラスな美女を二人引き連れた知憲だった。
色つきのサングラスをずらし、黒い瞳がこちらをじっと見た。
「毎日好きだねー」
「安いのにいろいろ付いてるから」
日替わりの焼き魚、副菜が三種、みそ汁はちょっと安っぽい味だけど……安定の味だ。
B定食なんて多国籍料理のオンパレードで、あんな冒険はいらない。安心安全が一番だと思う。
「魚料理が好きならさ、囲炉裏のある店に行かない? 鮎とかヤマメとかあるよ?」
知憲は空いていた席に腰掛け、上目遣いで私を誘った。
噛んでいた白米を飲み込み、その色気から私は目を逸らした。
「女の子たちの前で、別の女を誘うとかありえないと思うよ」
後ろに立つ二人の視線が刺さるんですけど、わかってる?
「んー? 俺が誰と食事に行こうと俺の自由じゃない?」
「……。私は嫌だよ」
「そうなの?」
駄目だ。ろくな会話になりゃしない。
「待たせてるのが可哀想だよ。早く買いに行きなよ」
さっさと立ち去ることを促せば、知憲は唇を尖らせて立ち上がった。
「そういうツレない態度が、男をその気にさせるって理解したほうがいいよ、友香ちゃん」
「……は?」
意味のわからない言葉を残して、知憲は美女二人の肩を抱いて去っていった。……なんだあれ。
モヤモヤを抱えたまま、廊下を歩いていると、前から幸人が歩いてきた。色素の薄い髪と白い肌が目立つ。もし雪女がいたらこんな儚げな美女かなと考える。
「あっ、おはよう」
私に気づいた幸人は小さく手を振った。
よく見ると目の下にはクマができていた。
「友香ってもうあのゲームやった?」
先週発売されたタイトルを聞き、首を横に振る。
「面白そうだけど、買えてないよ。金欠だって知ってるでしょう?」
一人暮らしでおしゃれにも気を遣っていたら、バイト代なんてすぐになくなってしまう。わずかでも貯金もしたいし、ゲームは好きだけど新作を買う余裕はない。
「今朝クリアしたんだ。貸そうか?」
「えっ! もう?」
難しいって噂なのに。……その顔は連日の徹夜の影響ってことか。
「ネタバレも話したいし、すぐにやってよ」
「……いいの?」
「うん、やってほしい」
そこまで言うなら甘えちゃおうかな。
「ありがとう! 牛丼くらいしか無理だけど、今度奢るね!」
幸人は優しい。
一見何を考えているのか分からないタイプだけど、話すと趣味が合うから一緒にいて楽しい。
「他にやりたいタイトルはある?」
「今はないかな」
「見つけたら教えてよ」
「なんで?」
幸人は黙って微笑んでいた。
* * *
金欠の学生といえど、友達と騒ぎたい時はある。
そんな時はお酒を買い込んで宅飲みである。
「もう友香も飲めるようになったんでしょう?」
お惣菜をつついていると、七深先輩が缶チューハイを差し出してきた。
今日は総勢八人が知憲の家に集まった。1Kなのに部屋は広く、コンビニやスーパーもすぐそこで買い出しもすぐに出来てしまう。
「少し飲んでみましたけど、全然慣れないです」
「今日はみんながいるし、いろんな種類を飲んでみようよ。ワインとかビールとか、好みに合うのを探そう!」
それってちゃんぽんってやつ?
悪酔いしないのかな……。別にソフトドリンクでもいいんだけどな。
「私の見立てでは、友香はお酒に強そうなんだよね!」
「どんな根拠なんですか」
「いいから、いいから。飲むよ!」
まあ、自分の限界は知っておきたかった。
ちょうどいい機会だと思って、少量ずつ飲んでみることにした。
「この唐揚げが美味しいよ」
いつの間にか隣に座っていた幸人が、小皿に乗せた料理を勧めてくる。
「本当だ。ニンニクが利いていて、お酒に合うかも」
「野菜も食べれば。友香の好きそうなポテトサラダを買ってきたから」
「デパ地下に売ってそうなやつじゃん!」
厚切りのベーコンの入った高そうなやつだった。
お腹が空いていたから箸が止まらなかった。お酒も進んでいく。
「友香ちゃ~ん、俺のことも構ってよ」
「あれぇ?」
知憲の声がすぐ傍で聞こえた。
目線を落とすと、膝枕をした状態になっていた。
「なんでそこにいるの?」
「んー? ちょっと酔ったから甘えたいの」
「……ふむ?」
何か言いたいのに頭が回らない。
まつ毛や鼻筋が綺麗な顔だなと思う。
……まあ、いいや。
「……それはちょっとずるくない?」
珍しく幸人が硬い声を出した。
「なにが?」
「ほら、友香。この卵焼きも美味しいよ?」
『あーん』と言われて、素直に口を開けた。
本当に美味しい。
「もっと食べたい」
「いいよ、全部食べさせてあげるね」
何だか身体がふわふわするかも。
楽しいし、気持ちいいな。
「あら? そろそろ酔ってきちゃった?」
七深先輩がお酒を取り上げた。
「まだ飲めますよー。ください」
「そろそろやめときなさい。初心者なのにだいぶ飲んだわよ」
「いけずー」
面白くてケラケラと笑ってしまう。
そんな私を見て知憲が真面目な顔をして言った。
「可愛いね、友香ちゃん」
「可愛くないですー」
「……そろそろいいかな」
なにが?
そう聞き返せたかは分からない。
* * *
「……暑苦しい」
小鳥のさえずりに目を覚ますと、妙に暑いというか重かった。ぼーっとする頭で天井を見つめるけど、見慣れた部屋のものではなかった。
「ん? 起きた?」
「……え?」
左の耳元から知憲の声がした。
恐る恐る目を動かせば、ニッコリと笑うイケメンがいた。
「なんで?」
「おはよう、友香ちゃん」
いや、なんで?
起きたら知憲が隣にいるとかおかしいでしょう!
「まだ寝ようよ、友香」
「……は?」
今度は右隣から幸人の声が聞こえたのは気のせいかな?
ふと、身体に違和感を覚えた。
恐る恐る確認すると、私は薄着になっていた。
「はぁ!?」
「風邪をひかないように着せておいた」
知憲は満足げに頷く。頭の中は真っ白だった。
「どういうこと!?」
私は何も覚えちゃいなかった。
七深先輩たちと盛り上がったところで途切れている。
「昨日の約束、覚えているよな?」
幸人が私の頬を撫でた。
「……やくそく……?」
「恋人になるってやつ」
「えっ」
知憲が私の髪を撫でた。
「どっちも選べないって、三人で付き合うことにしただろう?」
「……はい?」
そして、二人の声が重なった。
「三人で幸せになろうな、友香」
どうしてこうなった……?




