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42話 裁定者の剣

 世界が音を止める。空気を止める。

 そして、時間をも止めた。

 温かな光のみがラフィアを照らし、その他全てが停止する。ただ一つの声を除いて。


「最高神……様?」


『あぁ。千年以上も前から、いつかこうなってしまうのではないかと思っていたけど、どうやらそれ以上の出来事が起こってしまったようだね。本当にここまでよく頑張ったよ』


「最高神様。一つだけ言いたいことがあります」


『なんだい?』


 ラフィアは声が聞こえる光の方向を見て、抑えきれない悲しみの念をぶつける。


「今更現れて何を伝えにきたのですか」


『なるほど、それは確かにもっともだ。

 前の君ならただ命令に従うだけだったけど、随分と感受性が豊かになったと見える』


「そんなことを聞いているのではありません!!

 私の大切な友である颯馬が、命を賭して魔神ゾルダートをあそこまで追い詰めた。


 もっと早く、彼が死ぬ前にこうしてお声を届けることが出来なかったのですか」


 少し困ったような口振りになった最高神が、ラフィアの気持ちを察して謝罪する。


『すまなかった。封印の儀を与えた僕がもっと前に出てくるべきだったね。

 大切な友人が亡くなる前に、間に合わなくてすまなかった。でもね』


 そうして素直にラフィアを宥めた後に、最高神は意識を魔神ゾルダートに向けて続けた。


『アレを生み出し、アリストルが捕食され、そして並行世界を含めて全ての悪魔ゾルダートを天界に集めたのは僥倖と言える。


 ここであの神にも匹敵する悪魔ゾルダートを打倒すれば、その他全ての悪魔ゾルダートも後を追うように消滅するだろう』


「それが何だというのですか!

 もしそれで悪魔ゾルダートが全て消え去るとしても、颯馬はもう戻ってこない!!」


『そんなことはないさ、あそこを見てごらん』


「えっ?」


 ラフィアが視野感覚を限界まで引き上げると、ほんのごく僅か。言われるまでまわからないくらいに青く小さい球体に、紫色の粘着物が付着している。


「あれは……!!」


『そう。アレこそ彼が契約した果てにたどり着いた姿。殻を脱ぎ捨て、悪魔とほぼ同化した最後の姿だ。

 身体が耐えきれなくても、契約によって魂がまだ悪魔と一緒に漂っているようだね』


 すぐに駆け寄ろうとするが、最高神によって止められ、身体が強制的に硬直する。


「どうして止めるのですか! 最高神様!」


『君にはまだ役割がある。あの神を止めなければ、ラフィア君は天使という役割を放棄しているのと同じ。天使ですら無くなってしまう。


「そんなこと構いません! 

 私は仮に天使の座を捨てたとしても!

 もう一度! 彼に会いたい!!」


 最高神は少し考えるように数秒黙り込んでから、優しくラフィアに語りかける。


「……そうか。天使の座はもう要らないか。

 魔力も力も、そして天界にいることすら許されなくなる。

 それでも、ラフィア君はやっぱり彼にもう一度会いたいかい?」


「無論です」


 即答する。満足そうに最高神が昔のラフィアを思い出し、そして一つの決心をする。


『わかった。魔神ゾルダートの誕生は僕の責任だ。そして天使の力を犠牲にしてまでも颯馬君ともう一度会いたい思いはよく伝わったよ』


「何をするつもりですか」


『僕は神界からこちらには直接干渉出来ないからね。だけどこの世界を管轄する神として責任は取りたい。


 これからラフィア君には三つ目の力を与えよう。大天使にしか行使できない力だ。

 さぁ、受け取ってくれ』


 再び世界が動き始める。

 ラフィアから溢れんばかりの金色の魔力が湧き上がる。それだけでない。

 初めて使うはずの新しい力が、まるで昔から持っていたと錯覚するレベルの自然さで、手に顕現する。


裁定者の剣デア・ゴッテス・シートスリヒター


 不思議と口から出たその剣の名前を呼ぶ。

 一際強い輝きを持つ魔力で出来た無形の剣は、まるで奇跡の象徴。全てをゼロに還す剣。


 ラフィアの孤独な千年間。そして颯馬と出会ってから短すぎる期間で積み上げられた必殺の輝きは天界を突き抜け、遥か遠くの星々に届かんと伸び続ける。


「さらば。我が子よ。

 私はあなたよりも、颯馬を選びます」


 大上段に構え、金色の瞳が魔神を捉える。

 力むことなく真下に振り下ろされた光の奔流。

 全てを蒸発させる一撃を防ごうと、魔神ゾルダートは前方に通常種や変異体を移動させて威力の減衰を狙う。


 しかし、何の抵抗もなく、魔石すら残さない一撃が全ての悪魔ゾルダート達へ伸び、最後には何も残らない。


 この時魔神ゾルダートは封印の儀による、永遠の孤独よりも、明確な恐怖という感情を初めて感じ取る。


「ひっ……!!」


 反射的にその場を離れようとしたが、邪魔をするものが一つ。

 魔神ゾルダートの意識が一瞬乗っ取られる。


「素晴らしい。何と神々しい力だ!!」


 怨念、執念に近い自我の強さは、身体の一部となっても残り続けていた。


「じゃま、じゃま! アリストル邪魔するな!

 嫌だ、消えたくない!!

 折角お母さんに会えたのに! 

 ボクよりもそんなちっぽけな一人の人間を取るなんテ!! ユルサナ…………」


 光が魔神ゾルダートを慈愛の光で全て包み込む。後にも先にも、天界には一本の光の通った後だけが残っていた。


「ええ。私は母親失格です。

 だから、あなたは私を一生許さなくていい」


 魔神ゾルダートが完全に消滅し、颯馬の魂にへばりついて離れない悪魔の心臓の元へ降り立つ。

 大事そうに抱えるように見えるその様は、どこか焦りを感じていた。


「あなたが颯馬との契約悪魔ですね」


『……』


「成程、そうですか。この状況で今の私を無視しますか。

 構いませんよ?

 今の私なら躊躇いなく、アナタのみを颯馬の魂から切り離せる」


『何だ。この魂は契約によって貰い受けた俺の物だ。それは天使であったとしても例外はない。自分でもわかっているだろう』


「そんな成りで強がっても無駄ですよ。

 契約なんていくらでもひっくり返せる。

 だから命令ていあんです。

 もう一度器に入るつもりはありませんか?」


『……!! フハハハ、願ってもない提案だ。

 ならば……!』


「ただし、肉体の制御は全て颯馬に。あなたはまた颯馬の中で生き永らえなさい。

 この先ずっと。颯馬が死ぬまで」


『それでは最後の契約の意味がないだろう!!

 ふざけるな!!」


「ふざけていません。

 いいのですか? このままあなただけ消滅させますよ?」


『なぜだ。ならばなぜ俺が一緒にこのガキの中にいることを求めるのだ!!』


「それは勿論、アナタが曲がりなりにも颯馬を助けた事実があるからです。これは情状酌量。

 悪魔ゾルダートがもういない世界で、自分勝手で無茶ばかりする颯馬が再び大怪我をすることはないでしょう。


 ですから今ここで消えるか、颯馬の寿命が尽きるまで日陰者として生き永らえるか。

 選択権を与えているだけに過ぎません」


『ふざ、ふざけるな!!

 俺はお前達天使が産んだ悪魔。

 生まれ落ちてしまった後悔の獣!!

 例え契約がここで強制的に排されたとしても、この魂は俺の物だ!! 永遠に!!』

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