32話 過去編 崩壊前の天使ラフィア
「氷の女王。今まで一度たりとも悪魔を生み出したことのない大天使ラフィアよ。
あなたはどんな悪魔を誕生させるのか、私は気になって気になって仕方ありませんよ。
そのために一つの世界に悪魔が集中するように、世界を青く塗りつぶしたのですから。
大天使ラフィアよ。
千年の後悔と、ここにいる一人の適合者の死をもって完成へと至るのだ」
青い玉座に、青い薄暗い照明がアリストルを照らす。
真っ赤な液体を口に含みながら肘を突き、磔にされて気を失っているシエルを見て笑みを浮かべた。
「早く天界へ、地獄への一本道を昇ってくるがいい」
今から千年以上前、仄かな陽光が差し込んでくる白い石柱が反射している所に、一人の赤いロングをなびかせている天使が一人佇んでいる。
言葉は発しない。
諦観もなく、自分から積極的に動くでもなく、ただそこにいるのみ。
周りの天使からは変わり者という烙印を押されたラフィアは、いつしか『氷の女王』と呼ばれていた。
「あの天使、なんでいつも一人なんだろうね?」
「知らなーい。興味もないわ。
悪魔を生み出してからが、感情を持った天使として周りに認められるのに、あのラフィア……。だっけ?
まだ一度も悪魔を生み出したことがないのは、ある意味天使として失格かもね」
天使の強化された感覚で聞き取れるくらいのボリュームで、あえてラフィアに伝わるように嫌味を言っていた。
(またいつもの二人ですね。
まあ、どうでもいいのですが、人の魂を喰らわないと同族まで襲うかもしれない悪魔なんて生み出さない方がいいのに。
なぜ、ここの天使達は悪魔を初めて生み出すことに肯定的なのか。
本当に理解が出来ません)
そこに統括天使であるアリストルがラフィアに声をかけてくる。
「ラフィアさん。あの様な物言いをしている天使は所詮二流。気にすることはありません」
「ええ、気にしていません。アリストル様」
アリストルはラフィアが何の興味も持っていないことに微笑みかける。
「そうですか。それならいいのです。
では、私はこれで失礼します。ラフィアさんももう少し交流を大事にして下さいね」
「ええ、わかりました。ごきげんようアリストル様」
少し微妙な表情を見せながらアリストルはその場を後にする。
アリストルが聞こえないくらい遠くへ歩いて行った後に、二流と評された天使がヒステリックな声を上げてラフィアを罵倒する。
「何あの態度! 折角統括天使のアリストル様がお目掛け頂いているのに!」
「悪魔すら生み出したことのないのに、なんであんなに態度が大きいのかしら!
本当に腹立たしい!!」
それからまた数十年の月日が流れ、ラフィアを見る周りの天使達の見る目が変わってくる。
未だに悪魔を一度も生み出さないラフィアに、今まで何度も悪魔を生み出して地上に送ってしまった二流の天使……。
彼女達は、畏怖の感情や崇拝に近い感情をラフィアに対して抱く者が現れ始めていた。
ラフィアの髪が伸びて頭の上で纏められ、少しスッキリとした装いを作っていると、統括天使のアリストルが再び声をかけてくる。
「ラフィアさん。ごきげんよう」
「ええ、どうも」
「氷の女王もだいぶ板について来ましたね」
反射的に目上の天使、それも天使の最高地位にいる男を睨んでしまう。
「おっと、失礼。
ですが、あなた自身も気づいているはず。
未だ神に創造されてから数百年もの間、一度たりとも悪魔を生み出したことのないのは一種のイレギュラーでしょう。
他の並行世界で数千規模の悪魔を討伐するために下界へ出向いている天使達もまたラフィアさんを特別視している。
こうして下界が無数に存在している並行世界に、ラフィアさんが一度たりとも出向いていないのもまた、最高神からあなたの高潔な精神性が汚れないための防護策を張っているのも事実ですから」
「アリストル様は、なぜ私にここまで執着されるのですか?
私はこうしてただ下界の様子を見ているだけで時間を浪費するだけの、生産性のない天使ですよ」
「私にはラフィアさんが言うところの『生産性』が何を指しているかはわかりませんが、もし悪魔を生み出すことを指しているなら、それは違うと断言しましょう。
そして私はラフィアさんの精神性が非常に気になる。何を考えて、何をこれから成していくのか。あなたが出向いた世界の一つがどんな結末を迎えるのか。
私としては是非一度、世界の修正を経験して来て欲しいところですね」
光のない瞳をしながらラフィアが小さく首を振る。
「買い被りですよ。そもそも私は人間に対して興味が薄い。天界から見たどの世界も争いばかり。いっそのこと……。
いえ、今のは失言でした。お忘れ下さい」
アリストルは優しく笑って、安心した様な表情に変わる。
「どうやら怒りの感情は持っているご様子で安心しました。
やはり感情を極端に制限しているように映ります。一度私からもラフィアさんが外の世界に触れる機会を作って頂くように進言してみましょう」
そして更に何も無く数十年が経過する。
いつになってもラフィアが悪魔を生み出さない、高潔な魂を持って生まれたと名実共に認められ、大天使の地位へ押し上げられた。
周りにもラフィアを尊敬する天使がポツリ、ポツリと現れ始める。
大天使の戴冠式が終了した後にアリストルがラフィアに声をかける。
「遂に大天使ですか。おめでとうございます、ラフィアさん。
最高神からも力が与えられたはず。
専用武器が与えられましたね?
ですが、それだけに責任も大きくなっていきます。悪魔が多くいる世界へ割り振られるかもしれない」
ラフィアはまたあまり興味の無さそうに表情を変えずにアリストルへ身体を向けた。
「私には過ぎた力と地位です」
大天使ラフィアが召し上げられたことをキッカケに、天界は悪魔を生み出さないことこそが、天使の命題だという一つの小さな価値観が生まれる。
少しずつそれに賛同する天使も増えていった。
だが、今まで何度も地上に悪魔を発生させてしまった感受性の豊かな天使から見たらどうだろうか。
最悪の転換である。
これが後の崩壊現象の根底にあったのは、ラフィア自身、まだ気づいていなかった。
「私はこれからも、地上の人々をただ見つめるのみ。アリストル様は地上に降りないのですか?」
「ええ、私は最高神から地上に降りるなと命令を受けていますから」




