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31話 氷の女王に灯された熱

「待ちやがれ……! くそ! ラフィア! ラフィア!!」


 雲を突き破ってアリストルがすぐに粒ほどになり見えなくなる。

 ラフィアに抱えられればもしかしたら追いつけるかもしれない。だが、未だにラフィアは力なく気を失っているのみで、起きる気配がない。


(くそ! これからどうなっちまうんだ!

 シエルが連れられて天界の門が開くと、アリストルに何の得があるんだ……!)


 上空を急上昇しているアリストルが喜びの感情を爆発させながら、成層圏にまで到達しそうな勢い。


「私は今、ようやく! 千年にも及ぶ停滞から解放される! 待っていたぞこの時を!

 ハハハハハハハ!!!


 ラフィアのかけた天界への封印が、この悪魔に愛されし人間によってようやく解かれる!

 そして! あの無感情で氷の女王と呼ばれたラフィアから生まれ落ちるものを、私に早く見せてくれ!!」


 気を失っているシエルを前に掲げて、宇宙空間の一歩手前にある見えない壁へと叩きつけると、透明の波が広がっていく。


「未だに封印を維持しようと抵抗するか!」


 波の起伏が込められた力に呼応するように激しくなっていく。シエルの額からアリストルが押し付ける圧力に耐えかねて血が激しく伝う。


 やがて封印を施されている波に亀裂が走っていき、一瞬の内に亀裂が地球全体を覆って行き、バラバラに砕けた。


 破片が飛び散り空中に溶けるように消える。


 その封印が解かれた瞬間、ラフィアに身体が白い光に包まれ、苦悶の表情と共に目を覚ました。


「颯馬? 一体何が……。くっ……!」


「ラフィア! おいしっかりしろ!

 大丈夫なのか!?」


「やかましいですよ人間……」


 ラフィアは咄嗟に出てしまった『人間』という颯馬を下に見た言い方をしてしまった事実に、最悪の気分になる。


 なぜ、自分は相棒である颯馬にそんな呼びかけをしてしまったのか。答えはすぐに出ることになる。


 天界で自分がどのような内面をしていたのか、周りからどんな目で見られていたのかを思い出す。天界の封印をラフィア自身が施した理由もまた、思い出した。


「颯馬……。すみません、頭が少し混乱して」


「おう、ようやく目覚めたか。状況は最悪だ。

 シエルが拐われた。

 天界の封印をラフィア自身がやったとアリストルと名乗った奴が言っていたが、覚えているか?」


「アリストル……! ええ。たった今思い出しました。彼は天使達の統括を担っていた地位についていた。

 そして私自身が私へ施した封印についても、何もかも思い出しました」


「ラフィアが自身にやった封印が、アリストルが出てきた理由に何か関係があるんだな?」


「はい。それよりも、シエルさんを助けに行くかどうかも、まずは考えねばなりません」


「は? おいおい。助けに行かないなんて選択肢があんのかよ」


 颯馬が信じられないという表情に変わったが、ラフィアは冷静に既に起きてしまったことを整理していく。


「アリストルが現れたのは、恐らく私に何かさせるためでしょう。

 そのトリガーとなるのが、私が天界への立ち入りを封じた術を無力化させること。


 そして、思い出した中に悪魔ゾルダートの誕生理由があります。

 なぜこの情報が欠落しているのか確証はありませんが、恐らく天界を封印した影響で力を最大限行使したことによる記憶の欠落でしょう。


 悪魔ゾルダートは、天使の後悔の念により誕生する。それも『天界にいる天使が抱く後悔の念』です。

 私はこの千年間で、人々を救えなかった現実から数え切れない程の後悔を経験しています。


 もし、この状態で天界に私が戻れば、私一人だけとはいえ千年という人間の尺度で見れば膨大な時間分の後悔から悪魔ゾルダートが大量に地上へ溢れさせしまうかもしれない……。

 残念ですが、シエルさんは……もう」


 諦めてしまった方がいい。

 その方が全体的な命の総数を守るために効率的だという思考になっていた。


 ラフィア自身この考えに至ってしまった自分が嫌になる。天界時代の記憶の名残は、颯馬と出会ってから少しずつ溶かされていった心のシコリを再び硬いものにしてしまう。


 だが、颯馬の声でラフィアは我慢できない感情を漏らす。


「ラフィア、本当にそれでいいのか?」


「それは……、私だって一度は敵対したとしてもシエルさんを助けることは賛成したい。


 でももし、万が一……。私のせいで千年分の悪魔ゾルダートを生み出してしまったら!

 怖い……。そう! 怖いのです!」


 颯馬が初めて見せる怯えの感情を発露するラフィアの肩を強く抱き、そしてゆっくりと力強く声をかけた。


「ラフィアは今まで一度も悪魔ゾルダートを生み出したことがねぇんだろ?

 それは確かに天界にいた頃のラフィアは冷たい内面をしていたのかもしれねぇ。

 それのおかげで悪魔ゾルダートを生み出さなかったのかもしれねぇ。


 でもよ。それでまた一つ、シエルを助けなかった後悔が生まれるんじゃねぇのか?」


「……!」


「今までラフィアはずっと助けるために行動して、それでも助けられなかった後悔はしているかもしれねぇ。

 でもよ、行動を起こさなかった後悔は、今までしていなかったんじゃねぇのか?

 今ここで、行動すらしなかった後悔を積み重ねて、最後に悪魔ゾルダートを全部ぶっ殺した後に、お前は本当に胸を張れるのか!?


 助けられる命を全部助けたと、自分に嘘はないと、そう言えんのか!

 大天使ラフィア! 


 お前は何のために天界の封印までして、自分の記憶の一部が欠ける思いまでして、ここまで頑張って来たんだ!

 もう一度思い出せよ!」


 ラフィアは颯馬がここまで自分のことを真剣に考えてくれていると思っていなかった。

 見込みが甘かった。

 ラフィアの相棒は、最後まで付き合ってやる。

 その博打がどうなろうと、颯馬自身の命をかけて最後まで一緒に足掻くと心に決めていると、そう伝えてくれている。


 颯馬の熱に伝播するように、ラフィアの冷えた心に再び火がついた。


「私は……、助けたい!

 あなたと一緒なら、颯馬が私の足りない所を埋めてくれるのなら、例え千年の後悔で悪魔ゾルダートがまた再び地上に蔓延してしまったとしても!

 それでまた苦しむ人が増えてしまうかもしれなくても!

 他に何かもっといい手があったとしても!


 今ここで行動を起こさないで、命の優劣をつけてしまったら、きっと私は私でなくなる!

 それだけは絶対に! 絶対に……!


 私を思い出させてくれて、ありがとう。

 颯馬」


 涙目になりながらも、一人の少女を助けたい。

 そう吼えて立ち直ってくれたラフィアに、颯馬はニッと笑う。


「行こうぜ、天界に」


「はい! シエルさんを助けに行きましょう」


 砕けた空を見上げつつ、二人は地続きの天界へ向かう。





「氷の女王。今まで一度たりとも悪魔ゾルダートを生み出したことのない大天使ラフィアよ。

 あなたはどんな悪魔ゾルダートを誕生させるのか、私は気になって気になって仕方ありませんよ。


 そのために一つの世界に悪魔ゾルダートが集中するように、世界を青く塗りつぶしたのですから。


 大天使ラフィアよ。

 千年の後悔と、ここにいる一人の適合者の死をもって完成へと至るのだ」


 青い玉座に、青い薄暗い照明がアリストルを照らす。

 真っ赤な液体を口に含みながら肘を突き、磔にされて気を失っているシエルを見て笑みを浮かべた。


「早く天界へ、地獄への一本道を昇ってくるがいい」

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