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22話 魚釣りに行こう!

 白装束の男が言葉を発する。


 一瞬だけ現れた気色の悪い気配を察知して、颯馬が振り返るが、そこにはもう誰もいない。


 意識を切り替えて変異体へ攻撃を与えつつ、最後の蹴りが頭を完全に潰した時、確かに颯馬は長い戦闘に耐え得るスタミナと自信を手に入れた。



「変異体を倒して石碑に触れてから戻って来たが、誰かに見られていた気がする……、ですか」


「あぁ、あれは勘違いじゃねぇ。

 間違いなく俺が戦ってる所を誰か見ていた。

 すぐに姿を消したけどな」


 アレンの宿で戦果を報告するついでに、颯馬が第三者のスニーキングがあった旨を伝えると、ラフィアは難しい顔をする。


「ふむ。未知の相手ですか。

 颯馬は悪魔ゾルダートの気配を探れるようになりましたが、実際に感じてみてどうでしたか?

 悪魔ゾルダートでしたか?

 それとも人間?」


「あのべったりと張り付くような視線は多分だけど人間じゃねぇかな。


 悪魔ゾルダートはどこか直線的ってか、直情的? 敵意が真っ直ぐ刺してくる感じ。

 それと違う気配なら人間ってわけ方だな。

 確証はないぞ」


「いえ、そのイメージで大体伝わりました。

 人間と仮定するならば、『逆さまの世界樹』に忍び込めるだけの強者か、または何かしらの手段で悪魔ゾルダートから身を隠せる方法を持っているということですね」


「人間が悪魔ゾルダートから身を自由に隠せるってんなら、その技術が普及されたら殺される奴もかなり減るんじゃねぇか?」


「そうですね。

 ですが、グロウアップラボに変わる巨大組織はもう宗教団体くらいしかありません。

 私を信仰しているのなら、戦っている理由も理解しているはず。


 ならその技術を普及させようとするのが自然ではありませんか?

 今、こうして人々が苦しめられている現実が変わらないのなら、第三勢力も可能性に入れるべきですね」


 ここで颯馬は日本の東京で遭遇した団体の男を思い出し、苦い表情へと変わる。


「そんな単純な奴らの集まりとは思えねぇんだよな。なんか不気味っつーか、腹の底が見えねぇっつーかよ……。

 言葉にし辛いが、単純にラフィアだけを信仰しているネジの飛んだ連中には思えねぇんだよな」


「はい。不気味さは確かに同意します。

 私は人間ではないので理解が難しいことが多々ありますが、掘り下げると私を信仰していなくとも、宗教団体に入っている方がいる可能性がある。ということでしょうか」


「そうそう。そんな得体の知れない奴がいてもおかしくないってこと」


「警戒は続けつつ、悪魔ゾルダートから民を守る方針は変わりありませんね。

 颯馬の修行も無事に終わりましたし、一旦頭をリセットして羽目を外して下さい。

 アレンさん。颯馬の修了祝いを用意して下さいますか?」


「はい。仰せのままに。

 颯馬、なんか食いたい物はあるか?」


「肉は前に食ったから魚! 直火で焼いた川魚にシンプルに塩をかけたやつ!」


「となるとオススメはクラッピーだな。

 ここアメリカでは割と食されるポピュラーな淡水魚だが、塩を振りかけて油で軽く揚げたムニエルなんかも美味いぞ」


「おぉ! んじゃそれを頼むわ!」


 ここでアレンが申し訳なさそうに冷蔵庫を開けながら声のトーンを落とした。


「だがすまねぇ。魚を保存しておく冷凍室はこのご時世だ、用意が出来ない。

 釣ってくるしかないな。

 今となっては鮮度のいい魚は高級食扱い。

 自由に外を歩ける人間は聞いたことがないからな。

 食材を用意してくれれば俺が美味い料理にさせてやるぜ」


「よっし! ならすぐに釣りに行こう。

 ラフィア、いいよな?」


「ええ。構いません。

 しかし魚釣りですか。

 私は釣り竿を持った老人を一度だけ日本で見たことがありますが、知識が無い分上手く釣れるかどうか……」


「あー……、俺も自信ねぇな……」


 二人で唸りながら考えていると、アレンが執事服の裾を捲って


「任せとけ」


 と自信たっぷりに頷いた。




 人数分の釣り竿をどこからか取り出し、一緒に川へ行く支度を整えていざ到着。


「昔は私有地の関係で、こうして川で魚釣りは出来なかったらしいが、今となっては気にすることはない。存分に釣りが楽しめる。


 しかしラフィア様。一日だけとはいえ食事のためだけに時間を使ってもいいのですか?」


「ええ、構いません。張り詰めた緊張の糸を緩めることも大切ですから」


 アレンは微笑んで、竿を手渡すと針に小エビを取り付け、川へ釣り糸を慣れた手つきで横から投げ入れた。


「「おお」」


「色々とコツはありますが、今回は生き餌なので強過ぎずに竿先を少しだけ動かして下さい。

 こんな感じで」


 竿先が言葉通りに小刻みに揺れる。

 すると、早速竿の先が反応を示す。

 我慢が出来なくなった颯馬が口を挟んだ。


「なぁ、もう食いついてるんじゃね?」


「まだ餌を突いているだけだ。我慢我慢」


 余裕を感じさせる立ち姿は、心が完全に凪の状態で波風すら立っていない。アレンの落ち着いた雰囲気にラフィアは感心する。


「中々手慣れていますね。アレンさん」


「ええ、これでも子供の頃は、よく釣り竿片手に危険地帯を練り歩いてポイントを探していたものです」


「子供の頃はわんぱくな性格でしたからね。

 未だに昨日のことのようで懐かしい」


「あの頃はご迷惑をおかけしました。

 っと、釣れましたね。これがクラッピーです」


 颯馬が目を輝かせてアレンの釣った魚を見た。


「これが美味い魚か」


「そうだ。せっかくだから何匹か釣ってしまおう。

 最低でも後二匹。楽しんでくれ」


 ラフィアは食に感しては年相応の少年に戻る颯馬を見て少し笑いながら、生き餌が入っているケースに目を向けた。


「ごめんなさい」


 謝りつつも小エビの背に針を通して川へ投げ入れる。アレンの動きを完璧にトレースする抜群の観察力と模倣力を発揮して、見事にクラッピーを釣り上げた。


 しかし、一時間経っても颯馬の針はピクリとも動かない。


「釣りってこんなに難しいのか。つーかなんでラフィアだけ釣れてんだよ」


「ふふ、それは人間よりいい目を持っているからですね。身体の精密動作を高めるいい修行になりますよ」


「げっ、ここでも修行かよ」


 イタズラっぽく笑うラフィアを見て、颯馬は渡された釣り竿を握り潰さないように優しく握り、先端に意識を集中させる。


 するとようやく反応が返ってくる。

 心臓がドキッと跳ねたが、アレンが手で制してまだ引き上げるなと合図。


 一際強い引きが来た瞬間、勢いよく釣り竿を引き寄せ、見事お目当ての魚を釣り上げた。


「よっしゃあ!」



 目的を達成し、いざこれから帰るといったタイミング。

 川辺を後にしようとした頃、再び悪魔ゾルダートの出現を知らせる空の色が青く光を放った。


「どうやら通常の悪魔ゾルダートのようですね」


「めんどくせぇけど片付けてくるわ」


「ええ、もうあなたの敵ではないでしょうし、お願いします」


 そう言い残して颯馬が一人で悪魔ゾルダートの下へと向かったが、夕暮れになっても帰ってこない。


 一体どこで油を売っているのか。颯馬自身、早く帰って魚料理を食べたいだろうに。


 そう感じたラフィアの肝が少しだけ冷える。最悪の状況が頭をよぎった。

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