19話 石碑の謎と無防備な天使
「これは……!!」
(前と記述が変わっている!
最後に見たのは三年前……、そこから悪魔が少ない所を探し始めたことと、何か関係が……?
それに前はノイズがかかったようにぐちゃぐちゃに意味のない言葉で書かれていたけれど、これは天界で使われていた文字と同じ!)
石碑に触れてからいつしか悪魔達が固まって動こうとしない。
ラフィアは神剣の発動を解除し、石碑に書いてある文字を読み込むが、そこに書いてあるのは意味がありそうですよく分からない言葉の羅列があった。
『ここに眠るは天使の亡骸。
この先に未来あること叶わず。
甘んじて怠惰と共に受け入れよ。
さすれば安寧の長き眠りに付くだろう。
待ち人は現れない。
それは待ち人ではない。
純潔の天使と清廉なる悪魔が出会うならば、
この碑は解放される。
幹が諸共枯れ落ちて
どちらかの選択が迫られる。
還るのもいいだろう。
それをあなたが望むのならば』
後ろから颯馬が歩いて石碑を覗き込むが、顔をしかめて「なんだこりゃ」と漏らすのみ。
「ここに来た意味は大いにありました。
一度戻りましょう。情報の整理がしたいです」
「残りの悪魔、止まってるが一応殴っとくか?」
「ええ。私も手伝います」
そうして残る悪魔を一掃してからアレンの元へと戻ったのは、日付が変わるほど夜更けとなった。
「お疲れ様でした。ラフィア様、そして颯馬。
街中の悪魔達が一斉に『逆さまの世界樹』へ向かったので、何か大変なことが起きているとは思っていましたが、ご無事で何よりです」
「ええ。ありがとうございます。
今日は少しくたびれました。
颯馬が少し無茶をしたので、しばし身体を休める時間が必要です」
「俺はそこまで消耗しちゃ……、わかったわかった! そんな目で見なくてもちゃんと休む」
「よろしい」
(おっかねぇ……、目線だけで凄みを出すな全く)
大人しく颯馬が部屋へと戻った時、ラフィアは久しぶりにお酒を飲もうとバーテンのカウンターへと座った。
「マスター、極上の一杯を下さい」
「かしこまりした。しかしよろしいのですか?」
「何がです?」
「ラフィア様。お酒弱かったではありませんか」
「いいのです。そういう気分なので」
「ではまずはコチラを」
出されたのはグラスを半透明の茶色に染めるもの。パチパチと弾ける気泡は、高級フレグランス顔負けの芳しい香りが鼻を爽やかに突き抜けた。
一口だけ含むと、今日の疲れが癒やされていく。優しいアルコール度数は、お酒の弱いラフィアでも楽しめるように気配りが施されていた。
カランッと積み重なった氷が崩れる軽快な音が耳を打つ。
「美味しいです。お酒を飲むのも本当に久しぶりですね」
「先代の時に何度かお出ししたという記録が残ってますが、これはラフィア様が楽しめるように研究していたものです。お気に召されたようで何よりです」
僅かに紅く染まる頬が示すのは、自らの不安を口にするには丁度いいくらいには酔いがすぐに回ってくる。
「私は一度、ここを抜け出して日本へ逃げました。もう何もかもが嫌になって、偶然現れた変異体の悪魔に瀕死にされた時、ようやく死に場所を見つけられたと思いました」
アレンは何も言葉をかけない。
ただじっとラフィアの言葉をしっかりと聞いていた。
驚いただろう。完全無欠と思っていた大天使ラフィアがここまでしおらしく弱音を吐き出したのは、先代から何も聞いていない。
だが、だからこそアレンはラフィアが言葉を返すタイミングを用意してくれるのを待った。
「その時に出会ったのが颯馬です。
彼は心臓に悪魔が取り憑いている。
なんとかしなければなりません。
彼の寿命はすぐに尽きるか、はたまた私や悪魔と同様に永遠の時を生きることになるでしょうから。
人の身にはとても抱え切れる重さではありません。それでも彼は、颯馬は何も変わらない。
いえ、私と同じように少し変わったかもしれませんね。今まではどこか放任主義というか興味関心がないというか。
ですが……、今は私と同じように心のどこかで助けられる命が目に見える時に、協力してくれるようになりました。
私は一度諦めた身ですが、颯馬に救われました。辞めたっていいとも言われたんですよ?
事情を全く知らないというのに、そこまで苦しいのなら辞めたっていい。決めるのはお前だ。
そう言われた気がしました。
彼と一緒なら、何かが変えられるかもしれない。
漠然とした期待でしたが、その期待は確かに当てはまるのかもしれません」
アレンを見ると、言葉と共にお代わりを滑らせるように渡してくる。
今度は一息で飲み干して、机に突っ伏しながら声のボリュームが一つ上がる。
「逆さまの世界樹の中心にある石碑の文字がわかりました。
なんで今までわからなかったのか!
本当にもう!」
(まだ二杯目だけど、相当回ってきてるな)
「お代わりください」
「少しペースが早いのではないですか?」
「何ですかー? 私はこの千年間ずっと頑張ってきたのですから、これくらいはいいではありませんかー。私だって頑張ってるのに……」
「わかりました。これで最後にして下さいよ。
深酒は二日酔いになられますから」
「えへへ、ありがとうアレン。
いつも温かく迎えてくれて感謝していますよ……」
思いがけない隙だらけの天使に魅せられて、思わず手で触れてしまえる距離感に、アレンは自らの腕を掴んで自制した。
それだけに惹きつける魔性の魅力がある。
「颯馬。そこで聞いてるんだろ?」
扉が音もなく開けられ、颯馬がカウンターで寝そべるように静かに寝息を立てているラフィアの頬に遠慮なく指で触れるのを見て、アレンの表情が微妙なものに変わる。
「全く、こっちの気も知らないで。
お前は本当に怖いもの知らずだな」
「生きる意味を見出してくれた奴だからな。今日のイレギュラーも俺の力不足が迷惑をかけた。だからこれくらいのことはするさ」
「そうか。んじゃラフィア様を頼んだ。無防備なラフィア様にくれぐれも」
「しねぇって。俺も今日はクタクタなんだ。
部屋まで運んだらここで寝る。
だから寝床の準備よろしく」
「おう」
短い返事を返された後に颯馬はラフィアを抱えて部屋の中に戻り、毛布をかけて部屋を後にする。
その時、ラフィアの寝言が部屋を後にしようとした時の颯馬を立ち止まらせた。
「感謝しています。颯馬」
踵を返して少し笑ってから、颯馬は思った。
(それはこっちの台詞だよ。ラフィア)
部屋を後にした颯馬は、次の日ラフィアになぜ一緒の部屋で寝なかったのか問い詰められたが、それは自分の心の中に問いかけて欲しいと思ったのだった。
緊張とは無縁のやり取りとは裏腹に、颯馬を待っていたのは地獄と形容していいくらいの一週間。
「アンタ、やっぱり鬼だろ」




