17話 努力の痕跡を感じ取って
「ここが『逆さまの世界樹』の入り口なのは間違いないのか?」
「はい。ここ以外には上空から攻めることも出来ますが、最奥にある石碑へ向かおうとする途中、トラップのように街中の悪魔がここに向かって来ます。
以降近隣のパニックになりますので、一度頂上に歩いて向かい、石碑に向けて降りて行くのが正規のルートだと思います」
「なるほどねぇ。クライミングみたいに壁をよじ登る要領ではどうなるんだろうな」
「さっきも言いましたがパニックになり得る行動は慎んでください。
二百年前にそれをやって大層な人数に怒られたんですから」
「ラフィアに怒れるやつなんているのか……」
「そんなものですよ。何を言ってもイエスしか言わない教団よりよっぽどマシですし」
近くで見るとなおも壮観な見た目で、ネジ巻きをしているようなモニュメント。
今まで見たことがないほどに巨大。
何メートル登ればいいかは到底測ることのできない高さは見上げた首が痛くなる。
首を軽くコキッと鳴らしながら颯馬が準備運動を始めると、ラフィアも片手剣ほどの魔力光を一本出現させる。
「随分とやる気に見えますが、何かいいことでもありましたか?」
「いいや? 別にないけど?」
ラフィアはそれ以上声をかけず、颯馬を除いた魔力の感知感覚を最大限広げると、悪魔の反応は分かるだけでも三十は下らない。感知範囲外を考えてもそれ以上の数は容易に想像できた。
「やはり多いですね。
少なく見積もっても中には百体はいるでしょう」
「なんだ。たったの百体か。
この前より少ないじゃねぇか」
「油断大敵ですよ、颯馬。気を引き締めて下さい」
「へいへい。んじゃ、行きますかね。
ルート案内は任せた。
俺の攻撃はアイツらには大して効かねぇ。
夕方には戻るんだろ?
相手の体制崩すから、止めよろしく」
「わかりました。ふふ、では前衛は任せます」
「何笑ってんだよ?」
「今まで私が人間達の前に立って守り続けていたのに、今度は私より前に立ってくれる方がいるのは何だか面白くって」
「何だそれ、それが効率的ってだけだろ」
「そうですね。それで行きましょう」
近づいて手で触れると、極太の木の枝のように木目を感じ取れることから、世界樹という名は伊達ではないとわかる。
木の葉はついておらず、ただ巨大な枝が伸びていき、遠目からは上部になるにつれて枝先が広がっていくのみ。
歩きながらラフィアが周囲を確認する。
やはりというべきか、この『逆さまの世界樹』からは微量ながらも魔力が含まれている。
感知範囲を広げないとわからないほどの微量な誘引剤にもなる。
悪魔が群がっているのは、『逆さまの世界樹』が持っている微量な魔力の可能性が高い。
ならば、ラフィアがこの『逆さまの世界樹』の中心部で魔力を解放すればどうなるのか?
答えは一つに絞られる。
「颯馬。石碑に問題なく到達したら、すぐに戻りましょう。
帰りは戻る時に空を飛んでもトラップは発生しませんので時短ができます」
「なぁラフィア。もしかしなくても結構色々試してるのか?」
「それはもちろん。千年の間、無駄に戦ってばかりではいませんよ」
颯馬は自分の年齢の百倍近くもの間、もしずっと戦っていたらどうなっているのか改めて考える。
(俺には到底出来る気がしねぇよ。やっぱすげぇこと一人でずっとやってたんだな)
微妙な表情の変化に気づいたのか、ラフィアが颯馬の顔を覗き込んだ。
「なんだよ?」
「いいえ。何か考え事をしていると思って」
「別に、ただボッチの天使が頑張ってたんだなって思っただけだ」
「ボッチとは失敬な!
天界からの連絡が途絶えてなければ、もっと多くの天使がやってくるはずなのです」
口には出さないが、颯馬はこの時少し悲しい気持ちになる。千年間一人で頑張ってる天使に何の連絡もないのは、いくら寿命の概念が無い天使と言えど精神的に磨耗する。
日本への逃避行は言ってしまえばラフィアのSOSだ。
再び柄にもなく考えていると、ラフィアは逆に颯馬を気遣って声をかけた。
「いいのです。今はあなたが横にいる。
一緒に頑張ってくれる方が近くにいるのは心強いのですよ?」
「半分は悪魔みたいなもんだけどな」
「軽口が飛ばせるくらい戻ってきましたか。
丁度前方に一体悪魔がいます。
行きますよ」
「おう」
二人が『逆さまの世界樹』を登っていると、そこにいたのは通常の悪魔。
だが、日本で見た時と決定的に違う所が一つ。
比較すると倍近くある大きさの悪魔は、粘着質にも見える足がベトベトと世界樹に張り付くようにくっついていた。
「アメリカの悪魔は全部このくらいデカいのか?」
「もしかしたら私がアメリカを離れてから時間が少し経って、この魔力の供給源である木の枝から吸い上げ続けた結果かもしれません」
「つまりラフィアの後始末が悪かったってことね!」
「そういうことになりますね!」
二人が駆け出して近づくと、すぐさま新しい魔力を捕捉した悪魔の両腕が伸びて捕まえようとしてくる。
伸びてくる腕を寸前の所で空中に跳躍して躱し、手を悪魔の腕に突いて一回転。腕の上に乗ってから更に強く蹴って近づいて行く。
ラフィアもまた同様に翼を使って飛び上がって躱し、颯馬の三次元的な動きで作られるであろう隙を見逃さないように、戦況を俯瞰出来る位置で見守る。
腕を戻して颯馬を迎撃しようと悪魔も動いたが、初速の差が両者にあった。
足場の悪い腕を疾駆する颯馬には追いつかない。
近づいた時の勢いと抜群の膂力で顔面を蹴り付けた攻撃は、悪魔を正確に捉えて何本も頑丈そうな歯を吹き飛ばしながら大きく体制を崩した。
「今だ! ラフィア!」
颯馬が声をかけるよりも早く悪魔がよろけた瞬間を見逃さなかったラフィアは、魔力光で作った片手剣を振りかぶって伸びた腕を切り落とし、顔面を二度深く切り上げて沈黙させた。
(安定した前衛がいると戦いやすいものですね)
二人は最初の試練ともいう巨大な悪魔を見事に打ち倒し、再び上を目指して進む。
順調に出会った悪魔を打ち倒しながら、頂上付近に近づいた時にある変化があることにラフィアは気づいた。
(木の形状が、ルートが若干変わっている……)




