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16話 二人の距離は思っていたより近いのかもしれない

「さっきまで悩んでくせに……」


「そもそも、天使相手に欲情するなどあるはずがないのです。

 あなたは邪な視線を私に送るのですか?

 颯馬」


「普通はするだろ。そんだけ整った顔立ちしてりゃ」


「……。本当に?」


 少し俯きながら上目遣いで見つめてくる赤髪の天使の表情は、なんだが色っぽい雰囲気を醸し出していた。


「俺はしない。こんくらいの歳の男がこんな狭い部屋、それに誰彼構わず魅了しちまう天使と一緒になったらって話だ。

 俺はシャワー浴びる」


「あっ! 私も入りたいのですけど!」


「天使は汗水垂らさないんだろ?」


「意地悪」


 先にラフィアを差し置いてシャワーを浴びる颯馬を待ちつつ、今のやり取りを思い出すと徐々に私は何を期待していたのだろうと自分を諌めた。

 颯馬になんて声をかけて欲しかったのだろうと頭の中がぐるぐると反復する。


 ベッドに背中を預ける。

 清潔にされた白いシーツが透き通るような白い肌を包み込む。


 大きいため息を一つ。

 芳しい洗剤の香りが心地よく、だんだんと眠くなってきた。

 微睡みの中、ラフィアの意識はそこで途切れる。


 シャワーから半裸で出てきた颯馬はバスタオルを肩にかけて髪の毛を乱雑に拭きながら、規則的な呼吸をするラフィアを見て、呆れながら肩を揺する。


「おーい天使様。次入っていいぞー」


「うーん……」


「天使は寝なくてもパフォーマンスが落ちないんじゃないのか?」


 横になっていたラフィアが仰向けになる。

 普段意識していなかったラフィアの整った顔立ち、体型が目に入る。

 胸元に少しの影がかかり、否応なく颯馬の心臓が跳ねた。


「はぁ……本当に目に毒だな。この天使は」


 見えなくなるように薄い毛布をかけて、颯馬は木で出来た床に雑魚寝するように横になり、一言だけ愚痴を漏らした。


「床、冷てぇな……」


 それから数時間が経過し、体力が回復したラフィアは自動的に目を覚ました。

 ハッとして飛び起きると薄い毛布がかけられており、颯馬に寝ている所を見られたと恥ずかしい思いをしたが我慢する。


 横にはここまでついて来てくれた相棒が反対を向いて寝ている。


 気を使わせてしまったと多少の反省をしたが、せっかくの宿だ。自分だけこの柔らかなベッドで眠っているわけにはいかない。


 念力魔法で颯馬を浮かせ、隣に寝かせる。


(起きていないですね)


 自分にかけられた毛布を一緒にかけて、ラフィアはもう一度だけ朝が来るまで目を閉じた。



 地下に部屋がある関係で朝日は部屋に差してこない。

 二人とも少し長めの朝を迎えていた。

 コンコンと扉をノックする音が聞こえてくる。


「ラフィア様。朝食の準備が出来ましたが、いかがしますか?」


「朝ですか……すぐに行きます。

 ほら颯馬、朝ですよ」


「あれ……いつの間にこっちに来てたんだ?」


「私はシャワーを浴びてから向かいます。

 アレンさんの手伝いをして来てください」


「あいよ」


「覗いちゃダメですからね」


「しねーよ! 早く行ってこい!」


「せっかく一緒に寝てあげたのに……もう知りません」


 扉を開けてアレンの下へとベッドを降りて向かうと、そこには昨日と変わらない執事服に身を包んだ長身の男が待っていた。


「昨日は休めたか?」


「まぁ、ラフィアがちょっと気は利かせてくれたみたいで」


「そうか。ちなみに昨日はラフィア様に不貞は働いてないよな?」


「するか! 

 そんで手伝い! さっさと寄越せ」


「あいよ、なら配膳手伝ってもらうわ。

 これ持っていってくれ」


「なぁアレン。ラフィアの分の朝食も頼む」


「それはいいけど、ラフィア様は結構食わず嫌いというか、無駄なことはしないと思うけどな」


「いいからいいから。きっと驚く」


「そうかい。ならこいつも頼むわ」


 短いやり取りでアレンはすぐに颯馬へ二人分の朝食を手渡した。


 しばらく待っているとラフィアが髪を乾かし、後ろにハーフアップした装いでテーブルへ着く。


 少し驚いた様子のアレンは恐る恐る尋ねた。


「ラフィア様。シャワーを浴びられたのですか?」


「ええ。昨日の悪魔ゾルダートとの戦闘で汚れてしまいましたから。朝食の用意も助かります」


「それは構いませんが、本当に食されるので?」


「はい。私は少し変わったかもしれません。

 久しぶりに見て変化があったのは、ここにいる颯馬と会ってからですね」


「な? 食べるって言ったろ?」


「なるほど」


 朝食は焼いたパンにバターが塗られ、ベーコンが乗せられている。

 飲み物はもちろん水のみ。アメリカで清涼飲料水が飲めること自体貴重なのだ。


「「頂きます」」


 最初に口に含んだラフィアは、また新しい味を覚えて感嘆の声を上げた。


「私がこの宿に来てから初めての食事でしたが、ずっとこの料理を食べずにいたのは損失でしたね。

 とても美味しいです。ありがとうアレンさん」


「勿体なきお言葉ですラフィア様。

 このくらいでしたら毎日ご提供できます。

 どうぞお楽しみください」


 颯馬はラフィアが美味しそうに食べているのを見てから、黙々と口に放り込んでむしゃむしゃと食べている。


 食べ始めの挨拶は知っているようだが、それからのマナーはついぞ知らない颯馬を見て、甲斐田のラボでお菓子を摘んでいた頃を思い出して最初こそ引いていたラフィアだったが、いつかもっと一人の人間として立派に育って欲しい。


 誰にも自分の隣にいることに文句を言われないように、しっかりと教育してあげたいと思った。


 朝食を手早く済ませ気力と体力を回復させた二人は、『逆さまの世界樹』を目指して支度を始める。


「もうご出発なされるのですか?」


「ええ。夕方には恐らく戻って来ますので、またよろしくお願いします」


「承知致しました。ご武運を」


 青空から差す陽光が扉から出たラフィアを照らす。颯馬も後に続き、再び瓦礫と草が生い茂る道なき道を歩いていく。


 だが、夕方になっても二人は戻ることがなく、『逆さまの世界樹』にて戦闘がひっきりなしに続いていた。

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