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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第6章

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「第二試合、エルマ・サンディ対ススピール・バラシア!」


 選抜戦4日目、審判の声と共に3年の次席がゲートから入場する。

 セルナ・アシュミールに余力さえ残して圧勝したその女傑は、今日も優雅に舞い降りる。


 ゆったりとしたロングスカートの制服にショールを羽織り、手には愛用の扇子。

 戦場に立つ戦士というよりは、休日の昼下がりに散歩を楽しむ貴族の令嬢のような佇まいである。

 だが、その優雅さこそが、彼女と対峙する者にとっては何よりも恐ろしいプレッシャーとなっていた。


 対する西ゲートから現れたのは、2学年序列4位のススピール・バラシア。

 中級精霊を複数同時に使役する技巧派として知られる彼だが、その表情は入場した時点から硬く、額にはすでに玉の汗が滲んでいた。

 無理もない。初日のセルナ戦を観ていれば、目の前に立つ『地』の王級契約者がどれほど理不尽な存在か、嫌でも理解しているはずだ。


『始め!』


 審判の腕が振り下ろされた瞬間、ススピールは即座に動いた。

風刃ウィンド・ダガー炎弾連射フレイム・ガトリング!」

 風と炎、二柱の中級精霊による複合魔術。炎を風で加速、かつ拡散させ、回避困難な面制圧の弾幕を形成してエルマへと叩き込む。

 小細工なし。牽制もなし。初手からの最大火力による速攻こそが、格上に対する唯一の勝ち筋だと判断したのだろう。


 だが、エルマは動かない。

 避ける素振りも見せなければ、扇子を振るって迎撃することすらしない。


「あらあら。あなたも随分と元気があっていいわね」


 エルマが扇子で口元を隠し、目を細めて微笑んだ。

 その瞬間、彼女の足元の石畳が、まるで意志を持った巨大な生き物のように蠢いた。

 王級精霊『グラン・ガイア』。

 魔術の詠唱も、陣の展開も不要。エルマがそこに「在る」というだけで、大地そのものが彼女の意志と直結し、絶対的な防壁となる。


 ゴゴゴゴォッ!


 隆起した巨大な岩の壁が、迫り来る炎の弾幕を容易く受け止める。

 轟音が演習場に響き渡り、爆炎が空を焦がすが、分厚い岩壁は表面がわずかに煤けただけで傷一つ負っていない。


「くそっ!なら、足元からだ!」

 ススピールは絶望することなく、即座に戦術を切り替えた。

 地を這うように水の魔力線を走らせ、岩壁を迂回してエルマの足元を泥濘に変えようとする。

 視界を塞がれた状態での、見事な判断と精緻な技術。

 だが、エルマはその努力すらも、ため息一つで無に帰した。


「『砂海デザート・オーシャン』」


 エルマの静かな声が響いた。

 途端に、ススピールの放った水は、乾いた砂漠に撒かれた一滴の水滴のように、瞬時に蒸発し、吸い込まれて消えた。

 それどころか、フィールド全体の硬い石畳が、一瞬にしてサラサラの流砂へと変質していく。


「なっ……!?」

 

 ススピールの足が砂に沈む。

 展開していた精霊たちも、足場を失った術者の激しい動揺に引っ張られ、術式の維持がブレていく。


「足場が悪いと、うまくステップも踏めないでしょう?」

 エルマが指先を軽く持ち上げると、流砂が意思を持った大蛇のようにうねりを上げ、ススピールを四方から包囲した。

 逃げ場はない。上空へ跳ぼうにも、足首まで砂に飲まれていては踏み込むことすら不可能だ。


 砂の大蛇がススピールにのしかかり、その体を優しく、しかし絶対的な重圧で拘束していく。

「が、あ……っ!」

 骨が軋む音。呼吸すらままならない圧迫感に、ススピールは抗う間もなく意識を手放しそうになった。


「降参、か……?」

 

 審判がススピールの状態を確認し、即座に手を上げる。


「そこまで! 勝者、エルマ・サンディ!」


 会場は、静まり返った後に、遅れて感嘆のどよめきに包まれた。

 エルマは一歩も動かず、服に砂埃一つつけずに、2学年上位の実力者を赤子のように捻り潰したのだ。

 王級の圧倒的な出力と、環境そのものを支配する規格外の力。

 3年生の壁は、あまりにも高く、そして分厚かった。

 


 


「……やっぱり、エルマ先輩も化け物やな」

 

 観客席の一角で、ナギが呆れたようにジュースのストローを噛みながら呟いた。

 その隣では、ミナが手元のノートにすさまじい勢いでペンを走らせている。

 

「ええ。出力の桁が違います。ススピール先輩の複合魔術も完璧なタイミングでしたが、エルマ先輩の防壁を削るにすら至っていません」

 

「順当といえば順当だが、見ていて気が滅入ってくるな」


 エルドが腕を組んで、重い溜息を吐いた。


 今日、アリアとアリスの姿はこの場にはない。

 アリスは初日の精神的ショックからまだ療養中であり、アリアも自身の試合に向けた調整や妹の看病のために時間を割いている。

 1年生のトップが不在の観客席で、残された三人はいまいち盛り上がりきれない重苦しい空気を共有していた。


「Eグループのユーノ先輩も、さっきの試合でエグい勝ち方しとったしなぁ」

 

 ナギが思い出すように空を仰ぐ。

 時間の都合で先に行われた、3学年序列3位のユーノ・ナテラ対3学年序列8位ザルマ・ウルヴィッフィの試合。同学年対決でありながら、ユーノは一歩も動くことなく、空中に展開した無数の『反射鏡』だけでザルマの攻撃を全て反射・軌道操作し、見事に自滅に追い込んだのだ。


「ユーノ先輩は、魔力量で圧倒するエルマ先輩やルイ会長とは違って、純粋な技術と戦術の極致だな。あのトラップの配置や誘導、俺の目にもまったく見えなかった」

 

「あの手の方は、まともに打ち合ってくれない分、ある意味で一番戦いたくない相手ですね」

 

 エルドの分析に、ミナも同意するように深く頷く。



 


 シオンは固く決意していた。

 初戦のタルマ戦は、相手が勝手に深読みして自爆しただけの不運な事故だ。

 今日は相手の実力をしっかり引き出し、見せ場を作らせた上で、華麗に吹き飛ばされて散る。それこそがシオンの描く理想のシナリオだった。


 アナウンスに急かされ、シオンは気怠げに立ち上がった。


 演習場の東ゲートへと向かう薄暗い通路。

 シオンは一人、深呼吸をして本日の「敗北計画」を脳内で反芻していた。

 相手は2学年序列6位のナービィ・ブライト。初戦で1年生のエドを難なく水魔法の檻で完封したらしい、実力ある先輩だ。


(適当に魔法を撃たせて、防御の素振りを見せつつ吹き飛ぶ。これで完璧だ)

 シオンが小さく頷いたその時、足元の影がゆらりと揺れた。


『完璧? なにが完璧なの?』

 

 金色の粒子が空中に舞い、ディアナが優雅に姿を現す。その金色の瞳は、いつになく爛々と輝いていた。

 

「……お前、今日は絶対に余計なことをするなよ」

 

 シオンは顔を引きつらせて一歩後ずさる。


『あら、私は何もやってないわよ? あなたが勝手に念仏みたいに唱えていただけじゃない』

 

 ディアナは尻尾を機嫌よく揺らしながら、シオンの足元をすり抜ける。

 

『前回は本当に退屈だったわ。あんな豆粒みたいな光、私にとっては欠伸をするようなものだもの。今日はもっと、派手にやらせてくれるんでしょう?』

 

「やらせるか! いいか、絶対に余計なことはするな。僕がやられたら、泣きながら駆け寄るペットの役だけやってろ」

 

『ふふっ。どうかしらね』


 ディアナは不敵に笑うと、再び金色の粒子となってシオンの影へと溶け込んだ。

 

(……嫌な予感しかしない)

 

 胃の痛みを覚えながら、シオンは光の差し込むゲートへと足を踏み出す。


「――第3試合! シオン対ナービィ・ブライト!」

 アナウンスと共に、歓声が降り注ぐ。

 対面の西ゲートからは、青い髪をショートに切りそろえた2年生、ナービィ・ブライトがすでにフィールドに立っていた。

 彼女の周囲には、すでに濃密な水の魔力が渦巻いており、初戦とは打って変わって初手から全力を出してくれるようだ。


(頼むから、ディアナの暇つぶしになる前に僕を倒してくれ……!)

 

 シオンは内心で相手に悲痛な声援を送りながら、無気力な足取りで演習場の中央へと向かった。

 

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