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しばらくの間、誰も声を出さなかった。
1つ前の試合の時と同じ静寂。
だが、質が違う。
やがて、誰かが小さく息を吐く。
「……すげぇ」
ぽつりと漏れた一言。
それを合図に、ぱらりと拍手が鳴った。
重苦しさが、ゆっくりほどけていく。
ナギが肩の力を抜いた。
「なあシオン。今の、普通に試合やったよな」
「ああ」
シオンは演習場を見下ろしたまま答える。
「いい“勝負”だった」
視線が、自然と次の入場ゲートへ向かう。
「アリアは大丈夫やろか……」
◆
「第3試合!クレア・セントール対アリア・フェンリズ」
審判の声が響き、各生徒が演習場へ入場する。
その表情は対照的だ。
妹が立ち上がれないほどのダメージを負った直後に自分の試合。そこに自分の心配は一切なく、全ての感情がアリスに向けられていた。
相手は3学年序列4位。相性差はあるものの、先ほどルシアがユーゴに敗れたばかり。
それに合わせて、今のアリアの精神状態でまともに戦えるのかという不安が、会場に静かに広がっていた。
対する、クレア・セントールの表情は晴れやか。
勝てば、ほぼ1位抜けが確定する状況。相手は1学年序列1位。王級相手に勝つことができれば、自身の進路も明るい。
この戦いに対するモチベーションは限りなく高かった。
「始め!」
審判の合図が響き渡る。
先に動いたのはクレアだった。
「蒼牙水龍!最初から全力よ!」
水属性の上級精霊による、精霊魔術行使で速攻をしかける。
前戦では火属性の精霊装具化を使用していたが、相性を考えてだろう。
この辺りの判断の速さも3年生ならではである。
しかし、その属性、その術式はアリア・フェンリズの得意分野だ。
「セレスティア……蒼牙水龍」
2頭の水龍が激しくぶつかり合う。
しかし、その威力には明らかに差があった。
「……ぐっ!まだまだぁ!」
押されているクレアが二重詠唱を開始する。
王級相手に押されることはわかっていた。だからこその奥の手だ。
「蒼牙水龍!」
もう1頭、アリアの水龍の背後にクレアの水龍が出現する。
それをみたアリアは即座に目の前の水龍を粉砕し、後ろの現れた水龍と対峙する。
しかし、クレアの詠唱は止まらない。
1頭が倒されるとすぐにもう1頭の水龍を出現させ、2頭の水龍を途絶えさせない。
千切られても、噛み砕かれても、間断なく、蒼い牙が空を裂く。
フィールドの湿度があがる。水圧が重くなる。
客観的に見れば、攻めているのは明らかにクレアだった。
王級を相手に、押している。そう錯覚するほどに。
だが、アリアの足元に変化はない。それどころか、試合開始から1歩も動いていない。
新たに生まれた蒼牙が、アリアに向けて襲いかかる。
そこで初めて、アリアは1歩だけ、踏み出した。
――その瞬間。
龍の顎が、空を噛む。
位置が半歩ずれている。避けたのではなく、そこにいなかった。
背後から二頭目が迫る。
しかしその軌道も、わずかに歪む。
水が、水を押し流している。
目に見えぬ流れが、すでに場を支配していた。
それでも、クレアは止まらない。水龍同士での撃ち合いは不利と見るや否や、1頭で水龍を抑え込み、もう1頭の水龍をアリアへの直接攻撃へと舵を切る。
「魔力量は王級にも負けないわよ……!」
クレアがそう示すとおり、蒼い牙が幾重にも重なり、圧倒的な物量を見せつける。
だが、アリアは全く動じない。
「水龍の障壁」
一切乱れぬ魔力の障壁が、アリアを守護する。
――轟音。
クレアの水龍がアリアの水障壁へと突撃する。
衝撃で会場が揺れ、湿度が最高潮に達する。
霧の壁が晴れた時、そこにいたアリアは無傷であった。
変わらぬ立ち姿、服に水一滴たりともついていない。
足元の水面が、緩やかに波打っている。
アリアの水龍がクレアの水龍を呑み込む。
この戦闘ではじめて、クレアの水龍がフィールドから姿を消した。
水龍の錬成スピードが明らかに落ちている。
連続生成。
二重詠唱。
最大出力。
いくら魔力量が多いクレアでも、これ以上の戦闘継続は困難を極める。
自分の水が思うように動かない。
これまでの循環が、ほんの少しだけ遅れる。
アリア・フェンリズを相対するにあたって、その“少し”が致命的だった。
「蒼龍王の槍」
アリアがそう唱えると、アリアの頭上に巨大な投槍が生成される。アリスの業火滅槍と対をなす、必殺の投槍。
槍自体が意思を持ったかのように付近の魔力が巻き込まれていく。
フィールドの水が引き寄せられ、一気に湿度が下がる。
これが王級と言わんばかりの一撃はクレアに絶望を与えた。
「……これを、放つ必要はありますか?」
「参りました」
「……そ、そこまで!勝者アリア・フェンリズ!」
観客席は完全にアリアの水に呑み込まれている。
審判でさえもその力に魅了されていた。
しかし、アリアの視線は前を見据えていなかった。
勝者のコールから数秒、アリアは蒼龍王の槍を瓦解させる。
集まった水が霧となり、アリアの姿を隠した。
一方のクレアは膝をつき、肩で息をする。
王級と上級、1年生と3年生。ルシアvsユーゴの試合とは打って変わり、王級がその地力を見せつける結果となった。
数十秒の間の後、呆気に取られていた観客席からパラパラと拍手が上がる。
この結果により、2年連続で1学年序列第1位の選抜戦突破は濃厚となった。
アリアの周りの霧が晴れる。
だが、すでにアリアの姿はそこにはなかった。




