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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第6章

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「行くぜ!」


「望むところですわ!」


 開始の合図と同時に、演習場の空気が裂けた。


 観客席の何人かが反射的に目を閉じる。

 遅れて、地面を走る紫電が視界に残像を残した。


 ユーゴ・グレイスの加速は、もはや“走る”ではない。

 爆ぜるような一歩で距離を消し、次の瞬間にはルシアの背後にいた。


 短剣の軌道は迷いがない。

 首筋へ一直線。


 ——当たらない。


 金属音だけが虚しく残った。


 ルシアの身体は、斬撃の直前に半歩だけ横へずれていた。


「……速いですわね」


 焦りのない声。

 彼女の背に浮かぶ光翼が、ゆっくりと羽ばたく。


 その羽ばたきに合わせ、彼女の重心が滑るように移動した。

 跳ぶでもなく、走るでもない。地面に貼り付いたまま位置だけが変わる。


「見えてるって顔だな」


「ええ。追えますわ」


 ルシアの足元に光の紋様が展開される。


 強化術式の重ね掛け。

 身体能力の底上げではない。“最適化”に近い調整。


 ユーゴが再び踏み込む。


 二歩目はさらに速い。

 雷を纏った踏み込みで横合いへ回り込む。


 連撃。


 袈裟、返し、足払い。


 すべてが紙一重で空を切る。


 回避ではない。

 先に“そこにいない”。


(外させられてる……?)


 ユーゴの思考がわずかに揺れる。


 ルシアは追撃しない。

 ただ距離を保つ。


 ——観客がざわつく。


 先ほどの試合の記憶が残っている。

 圧倒の後だからこそ分かる。この試合は成立している。


「なら——!」


 ユーゴが床を叩いた。


紫電ライトニング!」


 床石が弾け、雷が地表を這う。

 直線ではない。網の目のように広がる導線。


 ルシアは跳ばない。

 退く方向を選ぶ。


 だがその瞬間、ユーゴが踏み込んでいた。


 短剣が閃く。光刃が迎撃する。


 火花。距離ゼロ。


 ユーゴの肩口が裂ける。

 ルシアの袖が焦げる。


 互いに初めて触れた。

 観客席が一斉に息を呑んだ。


 ルシアの腕が振られる。

 光弾の複数展開。


 だが直撃狙いではない。


 逃げ道を削る配置。


 ユーゴは止まらない。走る。避ける。

 しかし攻められない。


 それをみて、ルシアが一歩踏み出す。


 光翼が大きく広がる。爆発的な加速。


 ——ここで初めて、ルシアが攻めに転じた。


 光刃が横薙ぎに走る。

 ユーゴがしゃがみ、すれ違う。


 直後、蹴りが入る。


 ユーゴの身体が吹き飛ぶ。

 床を滑り、止まる。


 勝負はこれからと言わんばかりに歓声が上がる。


 ユーゴが立ち上がり、息を吐く。


(押されてるな……だが)


 ルシアは間合いを詰めない。

 追撃しない。


 “勝ち急がない”。


「……あの人、急がないな」


 シオンの言葉にナギが小さく頷いた。


 勝てる形を選んでいる。

 力押しではない。


 ルシアが腕を高く掲げる。


「これで、終わらせますわ」


 光が収束し、闘技場の空気が熱を帯びる。誰が観てもこの一撃で決めに来たと分かる雰囲気。


 だが、ユーゴが笑った。

 その表情を見て、ルシアの踏み込みがほんの僅かに遅れる。


 違和感。


 勝負を決めに行った瞬間に見せる顔ではない。

 追い詰められた側が浮かべるものでもない。


 ——狙っている顔だ。

 だが、もう止めることはできない。


「『戦乙女の天翼ヴァルキリー・ウィング――収束』」


 背の光翼が崩れ、光の魔力体へと凝縮される。

 周囲の光粒子が吸い込まれ、空気が震える。


 逃げ場はない。

 面制圧の光。


 ユーゴは、動かない。構えもしない。ただ、その場に立ち尽くす。


(……避けるつもりはないと?)


「――『極光砲オーロラ・カノン』!」


 閃光がフィールドを塗り潰す。


 視界が白に沈む。

 観客席の生徒たちが腕で目を覆う。


 衝撃が遅れて届いた。


 爆風が観客席の制服を揺らし、砂煙が舞い上がる。


 直撃。

 誰もがそう思った。


 だが、シオンだけが目を細める。


「……いや」


 白煙の中心。

 光の芯が、僅かに“曲がった”。


 その瞬間、ルシアの背後で、雷鳴が炸裂した。


「なっ……!?」


 振り向くより早い。


 衝撃が手首を打ち抜いた。ルシアの体勢が崩れるのに合わせて光も崩れ始める。


 維持していた強化術式が、一斉に乱れた。


「っ、屈折リフレクト……!」


 循環が途切れる。重ねた術式の均衡が壊れ、身体の感覚が一瞬遅れる。

 その“遅れ”へ、刃が滑り込んだ。


 喉元へ迫る切っ先。ルシアは咄嗟に防御を重ねる。


 いくつもの防御魔術が展開される。


 だが、ユーゴの短剣は止まらない。


紫電一閃ライトニング・アクセル


 刃から走った電流が、光膜を伝う。


 防御の魔力を逆流し、術式の制御を揺らす。


「……っ!」


 膝が折れる。


 立てない。


 強化が維持できない。


 ルシアは理解した。


(最初から……この瞬間を……)


 ユーゴは最初から決めに来ていない。

 削っていた。


 回避を制限し、選択を誘導し、最大火力を撃たせる位置に立っていた。


 そして、撃った瞬間に入る。


 光の収束点へ短剣を投げ、雷を落とし、死角へ回り込む。


 ——選択の誘導。


 ユーゴの息が荒い。


「強いよ、君は。さすがは王級。真正面じゃ勝てねぇ」


 短剣が、寸前で止まる。


 結界が光り、勝負が決した証明をする。

 ルシアの身体から力が抜け、地面に手をつく。


「……判断負け、ですわね」


 悔しさを滲ませながら、笑う。


「速さも出力も……互角でした。ですが戦い方で負けました。さすがは3年生といったところですわね」


「そりゃどうも」


 ユーゴは短剣を下ろし、大きく息を吐く。


 観客席は静かだった。


 派手な決着ではない。

 理解に時間がかかる勝敗。


 そして——遅れて、どよめきが広がる。


 圧倒ではない。

 攻略された勝利。


 先ほどの試合とは、別の意味での強さ。


 審判が声を上げる。


「勝者、ユーゴ・グレイス!」


 歓声が、今度こそ上がった。


 恐怖ではない。

 興奮のざわめき。


 大会の空気が変わる。


 ただ踏み潰されるだけの場ではない。

 勝負が成立する舞台だと、誰もが理解した。


 ユーゴは退場口へ向かいながら、小さく呟く。


「まじ危ねぇ」


 その言葉に、今までの緊張がすべて詰め込まれていた。


 一方、ルシアは担架を拒み、自力で立ち上がる。

 膝は震えているが、それでも顔を上げる。


 視線は、次の入場口へ向けられていた。


 次の試合。


「これが3年生ですの。私達のエースはどう乗り切るのでしょうか」


 観客の期待と不安が、再び混ざり始めていた。

 

 

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