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エルマ・サンディの圧勝劇は、2日目初戦で盛り上がる会場の空気を一変させた。
それは畏怖に近い静寂だった。
王級契約者とは、ただ出力が高いだけではない。
その在り方そのものが、戦場における「理」となる。
そして、エルマが見せた「余裕」こそが3学年と1学年の「経験の差」だ。
その後のDグループの試合は、エルマが残した衝撃の余波の中で淡々と進んだ。
第2試合、2学年序列4位ススピール・バラシア対、2学年序列7位レイ・ティティ。
互いに中級精霊を使役する技巧派同士の戦いだったが、経験に勝るススピールがレイの隙を突き、危なげなく勝利を収めた。
結果、Dグループの初戦は、3年生のエルマと2年生のススピールが白星発進。
1年生のセルナは、その実力を見せつけることが叶わず完敗を喫した。
「......やっぱり甘くないわね」
出場生徒が入れる特別ルームで試合を見ていたアリアが、小さく息を吐く。
その横顔には、焦りこそないものの、同級生の敗北に対する悔しさが滲んでいた。
「セルナさんの動き、悪くなかったんですけどね......相手が悪すぎました」
手元のメモにペンを走らせながら、今後戦うかもしれない相手の情報を書き記す。
「次はグループE......フェザー君の出番ですね」
アナウンスが、次なる戦いの始まりを告げる。
「第3試合! ユーノ・ナテラ対フェザー・グレイン!」
歓声の中、フィールドに二人の姿が現れる。
西ゲートからは、1学年序列5位、フェザー・グレイン。
線の細い、身軽な格好をした少年だ。
だが、その表情に臆した色はない。セルナの敗北を見てもなお、「自分ならやれる」という強い自負が瞳に宿っている。
対する東ゲートからは、3学年序列3位、ユーノ・ナテラ。
黒縁の眼鏡をかけ、学者のような知的な雰囲気を纏った青年だ。
脱力感が伺える状態で現れたその姿は、これから戦いを行う者とは思えないほど静かだった。
「......嫌な相手ですね」
モニター越しに、アリアが独りごちる。
隣で準備運動をしていたシオンが首を傾げた。
「......そう見えるか?」
アリアは画面の中のユーノから目を離さない。
立ち位置、視線の配り方、そしてあの自然体な構え。
王級のようなデタラメな暴力性はない。だが、そこには隙という隙が一切見当たらない。
「精霊使いは、経験が全てといって過言ではありません。アリスとアストラさんが互角だったのはその為。あの方からはかなりの経験を感じます」
◆
『始め!』
試合開始の合図。
「行きます! 」
フェザーが虚空へ手を掲げると、光の粒子が急速に収束し、一本の長杖が形成された。
【精霊装具化】。
それだけではない。
「光輝の翼!」
さらにその背中から光が噴出し、六枚の翼を形成する。
飛行能力と、高速機動を可能にする攻防一体の術式だ。
フェザーが光の尾を引きながら空へ舞い上がる。上空からの急降下。長杖の先端に光を集束させ、レーザーのような刺突を放つ。
「『閃光突』!」
光速に迫る一撃。
だが、ユーノは動じない。
左手を開くと、そこには瞬く間に紫色の魔力で織り上げられた分厚い『魔道書』が実体化していた。
眼鏡の位置を指で直しながら、光で描かれたページを指先で弾く。
「――『反射鏡』」
フェザーの突きが、ユーノの目の前で見えない壁に弾かれた。
空中に浮かぶ、半透明の幾何学模様。光を屈折させる鏡の盾だ。
「防がれた!? なら、これで!」
フェザーは即座に離脱し、今度は周囲を旋回しながら光弾を連射する。
雨のような光の弾幕。
会場が眩い光に包まれる。
だが、ユーノはその場から一歩も動かない。
ただ淡々と魔道書のページをめくり、指先を指揮者のように振るうだけだ。
「『反射鏡』......展開」
ユーノの周囲に、無数の小さな鏡が出現する。
光弾は鏡に吸い込まれ、あるいは跳ね返され、フェザーの方へと逆流していく。
「くっ!?」
自分の魔法に追われる形で、フェザーが回避行動を取る。
攻めているのはフェザーのはずなのに、主導権は完全にユーノが握っていた。
「あの攻撃でも届かないか」
観客席で見ていたエルドが悔しそうに下唇を噛む。
「そうですね、エルドくんの考えている通り、私達1年生が出せる最大値をフェザーさんは見せてくれています。ですが……」
ミナもつられて拳を握りしめる。
「あの攻撃ですら余裕で弾き返してくるのが3年生と1年生の経験値差っちゅうことやな」
そう結論づけるナギは、すでに気落ち気味だった。
フィールドでは、焦りを募らせたフェザーが勝負を急いでいた。
「魔力が先に尽きる......! これならどうですか!」
フェザーが上空で静止し、全ての光翼を長杖に収束させる。
最大出力による広範囲殲滅魔法。
鏡で反射しきれないほどの質量で押し潰すつもりだ。
「 『天聖突』!!」
極太の光の柱が、ユーノへと降り注ぐ。
直撃すればフィールドごと蒸発しかねない威力。
だが、ユーノはそれを見上げ、眼鏡の奥の瞳を冷ややかに細めただけだった。
「......誘導完了。そこまでだ」
パチン、と。ユーノが指を鳴らした。
その瞬間、フェザーの周囲――上空の空間に、目に見えない「何か」が起動した。
「え?」
フェザーが気づいた時には、遅かった。
彼が必殺技を撃つために「静止」したその座標。
そこは、ユーノが序盤から鏡の反射を利用して、密かに魔力を溜め込み、「トラップ」として配置していた。
「――収束」
フェザーの放った『天聖突』よりも早く、周囲360度から見えない熱線がフェザーを襲った。
超高熱の結界が、フェザーの逃げ道を完全に塞ぐ。
「あ、がぁあああああっ!?」
熱量に焼かれ、フェザーの『天聖突』が霧散する。
魔術構築が維持できない。
集中を乱されたフェザーは、光の翼を維持できず、きりもみしながら地上へと落下した。
「ぐっ!」
地面に叩きつけられたフェザーが、苦悶の表情で起き上がろうとする。
だが、その喉元には、いつの間にか移動していたユーノの指先が突きつけられていた。
「......良い魔術だったよ。でも、君は自分の光に目が眩んで、周りが見えていなかった」
ユーノが静かに告げる。
その手元の魔道書が、音もなく閉ざされ霧散する。
「戦いとは火力比べじゃない。相手を自分の掌の上で躍らせるゲームだ」
「......っ、ぐ......!」
フェザーの手から長杖が滑り落ち、地面に当たる寸前で光の粒子となって霧散した。
完敗だった。
力の差ではない。戦い方の引き出しの差、そして「場」を支配する経験値の差。
「勝者、ユーノ・ナテラ!」
審判の声が響く。
「......やはり強かったですね」
控え室で、アリアは深いため息をついた。
ユーノは汗一つかいていない。
最初から最後まで、フェザーはユーノの描いた脚本の上で踊らされていただけだ。
「……経験値が違いすぎたな」
隣のシオンが横目でモニターを見る。
あの試合を見てもなお、表情が崩れないシオンをみてアリアは一種の不気味さを覚えるが、それはアリアにとって今に始まったことではない。
「さて......そろそろ僕の番か」
シオンが立ち上がる。
会場ではEグループの残り試合――ユアン対ザルマの3年生対決が始まろうとしていたが、それを悠長に見ている余裕はない。
その次はいよいよ、グループFの初戦。
シオン対タルマ・ネウギ。
「行ってくるよ。......まあ、適当にやってくるさ」
「1年生の意地を見せてくださいね」
アリアの言葉にシオンは苦笑いを浮かべ、控え室を後にする。
その足取りは重い。
「タルマ先輩は3年6位。ユーノ先輩ほどの技巧派じゃないにしても、百戦錬磨の上級生です。シオンさんであれば対応できると思いますが、やはり3年生があれだけの実力差を見せてくると不安は拭えません」
アリアは重たい足取りで出ていくシオンを見送りながら、再度モニターに映るEグループの第2試合に視線を戻した。




