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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第6章

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 熱狂と絶望の中、初日の最終試合が終わり、日はすでに暮れていた。

 

 学院はまだ選抜戦の余韻に包まれているが、代表生徒たちが集まるエリアだけは、静謐な空気が流れている。


 シオンとナギは、中央棟にある特別医務室を訪れていた。


「……よう。生きてるか?」


 シオンが恐る恐るカーテンを開けると、そこにはアリスが、ベッドの上で不機嫌そうに頬を膨らませていた。


「……うるさい。生きてるよ」

 

「怪我の具合は?」

 

「結界のおかげで外傷はないよ。魔力枯渇と精神的なダメージだけ。ここも治癒魔術の結界が張ってあるから、一晩ここで過ごせば次の試合も問題ないってさ」


 アリスはふん、と鼻を鳴らすが、その声にはいつもの覇気がない。

 無理もない。

 初戦敗北。しかも、相手は一番負けたくなかった友であり、同級生の中では直接的なライバルだ。

 この『死のグループA』において、初戦を落とすことが何を意味するか、彼女が一番理解しているはずだ。


「……なにか食べたいものはあるか? リンゴは持ってきたが」


 仏頂面で膨れるアリスをみて、苦笑いを浮かべながらシオンが尋ねる。


「いらない。……と言いたいところだけど、お腹空いたから貰う」


 アリスは乱暴にリンゴを受け取ると、そのまま豪快に齧り付く。

 その光景を見て、シオンは密かに胸を撫で下ろす。

 食欲があるなら問題ないだろう。


「それにしても、やっぱり王級はすごいな。うちじゃあんな戦い方は思いつかんし、そもそもできんわ」


 ナギが先ほどの戦いを回想し賞賛する。


「今思えば、全部ルシアの作戦通りっぽかったけどね。広範囲系の魔術を使わされたアタシの負け」

 

「カウンター狙いだったっちゅうことやな」


 さすがは王級、学年3位と言うべきか。試合終了後は悔しそうにしていたアリスも、ここではすでに先を見据えていた。


「だけど、まだ終わってないよ。厳しい状況にはなったけど、グループ内で序列が一番下なのは元から。アタシにとってこれは挑戦で、その先へ進むための舞台。このまま終わらせるつもりはないよ」


 アリスは強かった。

 負け惜しみは言わない。ただ、その瞳の奥には「次は絶対に勝つ」という炎が、消えることなく燃えていた。


 


 

 見舞いを終えたシオンとナギは、夕食をとるために学内食堂へ移動した。

 そこには、一足先に食事を済ませていたミナとエルドの姿があった。


「アリスさん、大丈夫でした?」

 

「ああ。案外元気そうだったで。明後日の試合も大丈夫そうや」


 ナギたちの報告に、エルドとミナは茶を啜りながら安堵の息をつく。


「なら良かった。毎年回復が間に合わず棄権する生徒もいるらしいから心配していたが」


 エルドもアリスの無事を聞いて胸を撫で下ろす。


 アリスの無事がわかると、話は今日の全体の感想へ移る。

 

「それにしても……2年生のレベル、正直拍子抜けでしたね」


 ミナがこぼした言葉は、今日の会場全体の空気を代弁していた。

 サリッサもウェルズも、決して弱くはなかったはずだ。だが、1年生の王級契約者組や、3年生の上位陣と比べると、明らかに一枚落ちる。


「『不作の世代』とは聞いていたが、今日の結果を見るとどうしてもな……ただ一人を除いて」


「シュナ先輩、やな」


 ナギが呟くと、その場の空気が数度下がった気がした。

 ミナが真剣な眼差しで頷く。


「ええ。あの方だけは別格です。観客席から見ていても前触れは何も感じませんでした。アリスさんと互角だったあのアストラさんが、何もできずに負けてしまったことがその異質さを示しています」

 

「何が起きてたんやろな? 魔力を練った気配もなかったで」

 

「おそらくあれは【精霊魔力行使エレメンタル・ドライブ】による『魔術』ではありません。あの氷柱も檻も、彼女にとっては【精霊装具化スピリット・アーム】……つまり『身体強化の一部』なんです」


「身体強化……?」


 エルドが怪訝な顔をする。


「ええ。元々発動している強化の範囲を、一瞬で外部へ拡張して具現化させた。だから『魔術発動の予備動作』がなかったんです。アストラさんが気づけなかったのも無理はありません」

 

 ミナの分析に、全員が押し黙る。

 今日のアストラの敗北がそれを証明していた。計算高い彼が、「何もしていないはずの相手」に心を折られた理由。それは、最初から彼女の世界に取り込まれていたからだ。


「……」


 シオンだけは何も言わず、ただ静かにコーヒーの黒い水面を見つめていた。

 肯定も、否定もしない。ただ、その沈黙がミナの推測の正しさを物語っているようでもあった。


「あと、もう一人……」


 ナギの視線が、虚空を彷徨う。

 言わずもがな。

 3学年序列1位のルイ・コフィーンだ。


「あれは……どうやって勝つんでしょうね?」


 ミナが乾いた笑いを漏らす。

 その場から動かず、アストラのように具体的な命令も行わない。独立して動く精霊だけで3年5位を完封する。

 絶望という言葉が服を着て歩いているような存在だ。


「アリスもルシアも、まだ予選で会長と当たるんやろ? 地獄やな」

 

「……棄権を勧めたくなるレベルだが、あいつらは引かないだろうな。特にアリスは」


 シオンは天井を仰いだ。

 初日にして、優勝候補の「格」が見えすぎてしまった。

 ルイ、シュナ、そしてアリア。この三人が、頭三つくらい抜けている。


「ま、僕ら凡人は、凡人なりに足掻くしかないってことさ」


 シオンは努めて明るく振る舞い、コーヒーを飲み干した。


「いつものメンバーしかおらんから言わせて貰うけど、シオンも大概やからな?」

 

 重苦しい空気を振り払うように、ナギがシオンに向き直る。


「明日はシオンくんの初戦ですね」

 

「2年生の試合見たら余計に楽勝で勝ち残れる気がしてきたわ」


 ナギが茶化す。

 

 Aグループが「死の組」となっていることで、どうしても緩いグループは出てきてしまう。

 3年6位のタルマ、2年6位のナービィ、そして1年8位のエド。

 猛者揃いの他グループに比べれば、数字上は1年7位のシオンも含めてかなり緩く見えるだろう。


「……僕は怪我しないように、うまくやってくるよ」


 シオンは肩を竦める。

 本心だった。

 

 今日の化け物たちの試合を見た後だ。目立ちたくないし、あんな命の削り合いに参加するつもりもない。

 なんなら負けるくらいがちょうどいい。


「油断は禁物ですよ。何があるかわかりませんから」


 ミナが心配そうに言うが、シオンは「わかってるって」と軽く手を振った。


 嵐のような初日が終わり、静かな夜が更けていく。

 新たな戦いに向けて。

 

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