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いまだにルビの振り方がよくわかってません。振られてたり振られてなかったらあると思いますがご容赦ください
学院の第1闘技場は、かつてないほどの熱狂と、張り詰めた緊張感に包まれていた。
空は突き抜けるような青空だが、フィールドの空気は重く沈殿している。
観客席の最前列。シオンは胃の痛みを堪えるように眉間を揉みながら、フィールドを見下ろしていた。
「……最悪の開幕だな」
「しゃーない。神様の悪戯か、学院の作為か……どっちにしても残酷なショーやで」
隣でナギもまた、珍しく真剣な眼差しを向けている。
シオンたちのいるFグループは初日の試合がないため、今日は完全に観客としての参加だ。だが、この初戦を見逃すわけにはいかなかった。
フィールドの中央。対峙しているのは、見知った二人の少女だった。
1学年序列2位、ルシア・アルステッド。
1学年序列3位、アリス・フェンリズ。
1学年王級契約者3人のうちの2人。グループ分け次第ではどちらも勝ち残る可能性がある好カードだ。
だが、ここは予選リーグ『グループA』。
同組には学院最強の生徒会長と、3年上位のユーゴがいる。つまり、ここで負けた方は、その時点で「1位通過」の可能性が限りなくゼロになる。
初戦にして、事実上のサバイバルマッチである。
フィールドには、肌を刺すような魔力が満ちていた。
アリスは、いつもの明るい表情を消し、燃えるような紅蓮の瞳で友を見据えていた。全身から立ち昇る陽炎が、彼女の闘志を物語っている。
「……まさか、初戦からルシアとやることになるなんてね」
「そうですわね。運命とでも言いましょうか。でも――」
ルシアが静かに手を前に構える。
その周囲に、黄金色の光の粒子が舞い始めた。彼女の精霊『エル・ラディアン』の属性は『光』。本来は治癒や支援を得意とする属性だ。
だが、今の彼女から放たれているプレッシャーは、慈愛などという生温かいものではない。
「手加減は致しませんわよ。私は私のために、ここで立ち止まるわけにはいかないですから」
「奇遇だな。アタシもだよ!」
『始め!』
審判の声が落ちた瞬間、世界が赤く染まった。
アリスの足元が爆ぜた。
開始1秒。音速に迫る踏み込みで、アリスは瞬きする間にルシアの懐へと飛び込んでいた。
「――焼き尽くせ、『業火滅槍』!!!」
アリスが虚空を掴むと、渦巻く炎が収束し、一本の巨大な紅蓮の槍へと姿を変えた。
精霊の力を武器として具現化する高等技術。
物理的な質量と、触れるものすべてを灰にする超高熱を兼ね備えた、アリス・フェンリズ最強の矛である。
「吹き飛べ!」
横薙ぎの一閃。
それは槍術というより、暴風そのものだった。
石畳のフィールドがバターのように溶け、熱波だけで観客席の防護障壁が悲鳴を上げる。
「くっ……!」
ルシアは反応こそしていたものの、そのあまりの圧力に顔をしかめた。
とっさに展開したのは、複数の光の盾。
「甘いよ!」
アリスの槍が、光の盾をガラス細工のように次々と粉砕していく。
王級契約者としての圧倒的な魔力出力。技巧を暴力でねじ伏せる、アリスの真骨頂だ。
「らぁぁぁぁっ!!」
盾を砕かれたルシアが後退する。
アリスは逃さない。追撃の刺突。穂先から放たれた炎の奔流が、ルシアを飲み込む――かに見えた。
「――『屈折』」
ルシアの姿がブレた。
炎の直撃を受けたはずの場所には、揺らめく光の残像だけが残されている。
光の屈折率を操作した幻影魔法。
「チッ、相変わらず逃げ足が速いんだから!」
アリスは舌打ちし、即座に槍を地面に突き刺す。
幻影で惑わすなら、フィールドごと焼き尽くせばいい。
「爆炎陣!」
アリスを中心にして、爆発的な衝撃波が全方位へ拡散した。
隠れていたルシアが、その衝撃に炙り出されるように空中に跳ぶ。
アリスはニヤリと笑った。
「捕まえた!」
空中なら逃げ場はない。
アリスは槍に全魔力を注ぎ込み、投擲の構えを取る。必殺のタイミング。
誰の目にも、アリスの優勢は揺るがないように見えた。
――だが。
「……貴方ならここで大技ですわよね」
空中に舞ったルシアが、冷徹な瞳で眼下のアリスを見下ろしていた。
彼女の唇が高速で祝詞を紡ぐ。
「光よ、我が身に宿りて力と成れ――『聖女の加護』『光速装動』『金剛の衣』『魔力充填』……」
一瞬の滞空時間の間に、10を超える支援術式が展開された。
瞬間、ルシアの体が太陽のように輝き出した。
本来は他者にかけるはずの強化魔法を、彼女は全て「自分自身」に、しかも、重ねがけしたのだ。
「遅いですわ!」
アリスが槍を投擲しようとした瞬間、視界からルシアが消えた。
強化された身体能力による超高速移動。
「ぐぅっ!?」
アリスの横腹に、重い衝撃が走った。
見れば、ルシアが硬く握られた拳でアリスを殴り飛ばしていた。
支援職にあるまじき、物理的な重打。
吹き飛ばされたアリスが受け身を取ろうとするが、ルシアは既にその着地地点に回り込んでいる。
「光輝爆撃」
至近距離からの極太の光線。
防御する間もなく直撃を受けたアリスが、ボールのようにフィールドを転がる。
「かはっ……!なんだよそのデタラメな身体能力……!」
「支援属性である私が貴方より上の「2位」にいること、それを思う存分その身で味わうといいですわ!」
ルシアは空中に浮遊しながら、雨のように光弾をばら撒く。
自己強化によって底上げされた魔力と演算能力。
さらに『光速思考』によって相手の動きを先読みし、的確に急所を穿つ。
今の彼女は、高機動・高火力の「移動砲台」そのものだった。
「くそっ、面倒くさいな!!」
アリスが槍を振り回して光弾を弾くが、数が多すぎる。
防御に徹すればジリ貧だ。アリスの体に無数の火傷と打撲が刻まれていく。
このままでは削り殺される。
「……そっちがその気なら、これでどう!?」
アリスが足を止め、防御を捨てた。
業火滅槍を頭上に構え、周囲の熱量を極限まで高めていく。
「滅尽焦土!!」
アリスが槍をルシアに向けて投擲すると、光線の1つにぶつかり、闘技場全体を飲み込むほどの火炎嵐が発生した。
回避不可能な広範囲殲滅魔法。
逃げ場はない。高速移動も意味をなさない。
フィールドのすべてを溶岩に変え、ルシアを道連れにする覚悟の一撃だ。
「これで終わりだぁああああ!!」
迫りくる炎の壁。
観客席からは悲鳴が上がり、シオンも思わず身を乗り出す。
「おい、あれはやばいぞ!結界保つか!?」
「ルシア、避けられへんで!」
だが。
炎の嵐を前にして、ルシアは手を高く掲げた。
逃げない。防御もしない。
「……ええ、貴方の言う通り、これで終わりです」
ルシアの手に精霊装具化によって杖が握られる。そしてその杖にすべての光が集束していった。
いくつかの強化解除してその分を魔力へと変換する。
「『天聖・極光波』」
音すら置き去りにする閃光。
ルシアが放った極大の光の奔流は、アリスの炎を正面から迎え撃った。
炎と光が激突し、凄まじいスパークが散る。
力と力のぶつかり合い。
だが、一点突破の貫通力において、光は炎を凌駕する。
「……くっ!」
アリスの『滅尽焦土』の中心を、ルシアの極光がこじ開けた。
炎を切り裂き、その奥にいる術者へと一直線に突き進む。
「しまっ――」
ッッッ――――!!!!
視界を埋め尽くすホワイトアウト。
鼓膜を破るような轟音と共に、フィールドの中央で大爆発が起きた。
土煙が晴れるまで、数秒か、あるいは数分か。
静寂が戻ったフィールドには、黒焦げになった石畳と、業火滅槍を解除されて大の字に倒れ伏すアリスの姿があった。
「……勝者、ルシア・アルステッド!」
審判の声が響き渡る。
その瞬間、会場が割れんばかりの歓声に包まれた。
圧倒的な火力勝負。だが、それを制したのは「支援職」であるはずのルシアだった。
「……嘘だろ。あのアリスが、力負けしたのか?」
シオンは信じられないものを見る目で呟いた。
アリスの火力は間違いなく1年生最強だったはずだ。
「……自己強化によるステータスの底上げか。支援も極めれば、立派な暴力だな」
エルドが冷や汗を拭う。
「アリスさんが範囲魔術を使ったのを見てから、ルシアさんがカウンターを入れたように見えました。狙っていたのであれば最初からこうなることがわかっていたのでは?」
ミナが冷静に分析をする。
しかし、勝ったルシアも肩で息をしており、立っているのがやっとの状態だ。
紙一重の勝利。
フィールドでは、ルシアが倒れたアリスに手を差し伸べていた。
「……私の勝ちですわね」
「……うるさい。バカ。……悔しいぃ……」
アリスは涙を流しながら、ルシアの手を借りて立ち上がる。
ボロボロになった制服、煤けた顔。
美しい友情の光景だ。
だが、現実は非情だ。
これでアリスは0勝1敗。
残る相手は、学院最強の生徒会長と、3年上位のユーゴ。
この『死のグループ』で初戦を落としたという事実は、アリスの予選突破が絶望的になったことを意味していた。
「……なんてグループだよ、まったく」
シオンは深く溜息をつき、次に行われるであろう『学院最強vs3年5位』という、さらなる化け物同士の戦いに視線を向けるのだった。




