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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第5章

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5章終わりです。ありがとうございます。

6章ですが、もともと書き溜めている章の前に付け加えたい話があるのでいつもより更新頻度が下がるかもしれません。




 数日後。

 アーデルハイト公国の国城。

 窓から差し込む朝陽は穏やかだったが、城内の空気は以前とは決定的に異なっていた。

 悲しみは癒えていない。だが、停滞していた時が動き出したような、張り詰めた熱気が漂っている。


 その一角にある療養室に、ベルクの姿があった。

 ベッドには、全身を包帯で巻かれたゲイルが横たわっている。

 ティコの的確な応急処置と、公国最高峰の治癒術師たちによる懸命な治療により、彼は一命を取り留めた。だが、その代償は小さくない。


「……申し訳ありません、姫様」


 ゲイルが掠れた声で呟く。包帯の隙間から覗く瞳には、肉体の痛み以上の悔恨の色が滲んでいた。


「最後まで、お守りすることができず……あのような方々の手を煩わせてしまい……近衛隊長として、不甲斐ない限りです」


 彼は知っているのだ。

 最後は自分の力が及ばず、ベルクを危険に晒し、他国の人間に助けられたという事実を。騎士にとって、それは死よりも重い恥辱かもしれない。


「何を言っているの、ゲイル」


 ベルクは椅子の背を正し、優しく、しかし力強く首を横に振った。


「貴方がいなければ、シャルロッテさんたちが来る前に私は死んでいたわ。貴方は命がけで、文字通り体を張って私を守ってくれた。……貴方が時間を稼いでくれたから、私は今こうして生きているの」


 ベルクはそっと、傷だらけのゲイルの手に自身の手を重ねた。


「ありがとう、ゲイル。貴方は私の誇りよ。だから……自分を責めるのは許しません」

「姫様……」


 ゲイルの目尻に涙が滲む。

 かつてはお転婆で、守られるだけの姫君だと思っていた主君。

 だが今の彼女の言葉には、騎士を導く者としての「重み」があった。


「ゆっくり休んで。……私は、父上のところへ行ってくるわ」

 

「……御武運を」


 ゲイルの言葉を背に、ベルクは部屋を後にした。



 ◆

 


 謁見の間。

 重厚な扉が開かれ、ベルクが足を踏み入れる。

 広大な空間には、重苦しい沈黙が満ちていた。

 玉座に座る父――公王の表情は、かつてないほど険しかった。


「……ベルク」


 公王が低い声で名を呼ぶ。

 ベルクは玉座の前まで進み出ると、静かに跪いた。


「ただいま戻りました、父上」

 

「……無事で、よかった」


 その言葉は絞り出すようだった。

 だが、次の瞬間、公王の声に激しい怒気が混じった。


「だが! 余がどれほど肝を冷やしたか分かっているのか!? 護衛はゲイル一人、あのような危険地帯へ自ら飛び込むなど……正気の沙汰ではない!」


 玉座の肘掛けを叩く音が響く。

 それは公王としての叱責であり、同時に娘を失いかけた父親としての悲痛な叫びでもあった。


「もしお前まで失ったら……余はどうすればよかったのだ! ロイだけでなく、お前まで……!」

 

「申し訳ありません。ですが、どうしても行かねばならなかったのです」


 ベルクは顔を上げ、父の視線を真っ直ぐに受け止めた。

 公王は娘の瞳の強さに一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに視線を逸らし、厳しい口調で告げた。


「今回の件、近衛隊長であるゲイルの責任は重い。主君を危険に晒し、あまつさえ死地に連れ出したのだ。……処罰は免れぬぞ。隊長の任を解き、場合によっては――」

「なりませぬ!」


 凛とした声が、公王の言葉を遮った。

 周囲に控えていた文官たちが息を呑む。

 ベルクが立ち上がり、父を睨みつけていた。


「あれは私が命じたことです。ゲイルは何度も止めようとしました。それでも私が無理を言って連れて行ったのです。……彼を罰すると言うのなら、まずは私を罰してください」


「ベルク……」

 

「彼は命がけで私を守りました。王級クラスの敵を相手に、一歩も退かずに盾となったのです! そのような忠臣を罰するなど、公国の恥です!」


 一歩も引かない。

 その姿に、公王は目を見開いた。

 以前の彼女のような横暴さはない。

 自らが守りたいものに対して、自らの足で立ち、自らの意思で言葉を発している。


「……強くなったな、ベルク」


 公王の肩から力が抜けた。

 怒りは消え、代わりに深い溜息と共に、娘の成長を認める複雑な感情が顔を覗かせた。


「ゲイルの件は……不問としよう。お前の顔に免じてな」

 

「感謝申し上げます」

 

「して、報告を聞かせてもらおう。今回の事件について」


 ベルクは頷き、ゾルタンから得た情報を淡々と報告した。

 敵組織である原相方舟について。そこで行われている実験について。

 そして、兄ロイがなぜ犠牲になったのかという残酷な真実。

 しかし、シャルロッテ達と約束したハイデンシュローム王国の件に関してだけは最後まで言うことはなかった。

 

 話を聞き終えた公王は、長い沈黙の後、玉座から立ち上がる。


「……余は、間違っていたのかもしれん」


 彼は窓の外、公国の空を見上げた。


「波風を立てぬことこそが、国を守ることだと信じていた。他国との摩擦を恐れ、組織の闇を見て見ぬふりをしてきた。……その結果が、息子を殺し、娘を死地に追いやった」


 拳を握りしめる。

 ギリギリと音が鳴るほどに強く。


「もう、逃げぬ。これ以上、奴らの好きにはさせん」


 公王が振り返る。その瞳には、統治者としての、そして復讐者としての暗い炎が宿っていた。


「アーデルハイト公国は、本日をもって『原相方舟』を国家の敵と認定する。国内に潜むネズミを一匹残らず狩り出す……徹底抗戦だ」


 それは、穏健派と言われた公王の、明確な宣戦布告だった。

 ベルクは深く頭を下げた。


「賢明なご判断です、父上」

 

「ベルクよ。お前にも苦労をかけることになる。だが、力を貸してくれるか」

 

「はい。……私の命は、この国と兄様の遺志のために」


 ベルクは顔を上げる。

 その表情は晴れやかだったが、内心には父にも明かしていない、ある決意が秘められていた。


(国を守るためには、意思だけでは足りない。……力が必要だ)


 脳裏に浮かぶのは、圧倒的な力で全てを薙ぎ倒す二人の英雄。


 ベルクの決意と共に、公国を覆っていた暗雲は晴れた。


 だが、物語は終わらない。

 

 ベルク・アーデルハイトの物語はまだ始まったばかりなのだから。


 

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