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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第5章

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 空気が軋む音。

 それが、死の宣告のように聞こえた。


「ハァッ……ハァッ……!」


 ゲイルは荒い息を吐きながら、風の精霊魔術で身体能力を極限まで高めていた。

 視界の端で、巨大な戦鎚が風を切る。

 直撃すれば即死。かすっただけでも骨が砕ける質量兵器。


 ゲイルは紙一重でそれを回避し、ギガスの懐へと潜り込む。


(速さなら……私のほうが上だ!)


「疾風連斬!」


 目にも止まらぬ三連撃。

 狙うは首、心臓、そして大腿動脈。

 いかなる強固な鎧とて、風の刃と精霊強化された剣技の前には紙切れ同然――のはずだった。


 だが――


 硬質な音が廃工場に響く。

 ゲイルの手首に、痺れるような衝撃が走った。


「な……ッ!?」


 刃は届いていた。

 だが、斬れなかった。

 ギガスの皮膚を覆うように、薄く、しかしダイヤモンドよりも硬い「土の皮膜」が展開されていたのだ。


「……軽いぞ。その程度か?」


 ギガスが見下ろす。

 その瞳には、嘲笑の色すらない。ただの作業。害虫駆除のような無関心。


「っ……く!」


 ゲイルは即座にバックステップで距離を取ろうとする。

 だが、遅かった。


地揺アース・シェイク


 ギガスが軽く足を踏み鳴らす。

 それだけで、ゲイルの足元の地面が爆ぜた。

 物理的な揺れではない。地面そのものが意思を持ったように隆起し、ゲイルの逃げ場を塞ぐ。


「しまっ――」


 バランスを崩した一瞬の隙。

 そこへ、背後の岩石の巨腕が横薙ぎに振るわれた。


「がはァッ……!!!」


 まるで砲弾のように、ゲイルの体が吹き飛ばされる。

 数本の鉄骨をへし折り、瓦礫の山に突っ込んでようやく止まる。

 口から大量の鮮血が噴き出した。肋骨が数本、いや内臓すらも損傷しているかもしれない。

 精霊による身体強化が無ければ即死だった。


 

「ゲイル!!!」


 ベルクの悲鳴が響く。

 彼女は駆け寄ろうとするが、足がすくんで動けない。

 圧倒的すぎる。

 近衛隊最強の騎士が、まるで赤子のようにあしらわれている現実。


「退屈だぞ。もっと骨のある護衛はいないのか?」


 ギガスは戦鎚を肩に担ぎ直し、つまらなそうに首を鳴らしベルクを見下ろす。


 その様子を見ていた白衣の男、ゾルタンが時計を確認しながら溜息をつく。


「ギガス。あまり遊びすぎないように。素材が傷つくと勿体ないでしょう?」

 

「あ? 分かってるよ。だが、この騎士様がチョロチョロして邪魔なんだわ」

 

「なら、さっさと片付けてしまいなさい。……あまり時間がかかるようなら、私が手伝ってやってもいいですがね」


 ゾルタンがニヤリと笑い、懐から奇妙な筒状の魔道具を取り出した。

 その銃口が向けられたのは、瓦礫の中で呻くゲイルではなく――ベルクだった。


「動くなよ、皇女様。抵抗すると痛い目を見るよ?」


 ヒュンッ!


 放たれたのは、魔力を帯びた拘束用の網弾。

 ベルクは反応すらできない。

 その網が彼女を捉えようとした、その瞬間。


「させ……るかぁッ!!」


 血まみれの影が、ベルクの前に躍り出た。

 ゲイルだ。

 限界を超えた速度で割り込み、その身を盾にする。


 バチバチバチッ!!


「ぐ、あぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 網弾がゲイルの体に絡みつき、高圧電流のような魔力が彼を焼き焦がす。

 神経を直接焼かれる激痛。

 それでも、彼は倒れなかった。後ろにいる主君に、指一本触れさせないために。


「ゲイル! もういい! もういいから!!」

 

「ひ、め……さま……お逃げ……くだ……さ……」


 ガクリ、とゲイルの膝が折れる。

 白目を剥き、意識は既に飛んでいる。それでもなお、彼はベルクを庇うように立ち塞がったまま、どうにか前のめりに倒れた。


「……美しいねぇ。これぞ騎士道、というやつかな?」


 ゾルタンがパチパチと拍手をする。

 ベルクは崩れ落ちたゲイルを抱き起こした。息はある。だが、虫の息だ。これ以上のダメージは命に関わる。


「よくやったよ、騎士君。おかげで皇女様は無傷だ」


 ギガスが近づいてくる。

 その巨大な影が、ベルクとゲイルを飲み込む。


「さあ、終わりだ。大人しく俺たちについてきな」

 

「……」


 ベルクは震える手で、ゲイルの折れた剣を握りしめた。

 勝てるわけがない。


 魔法も使えない距離。剣術の心得もない。

 それでも、ここで諦めるわけにはいかなかった。


「……来ないで」

「あ?」

「来ないでって言ってるのよ!! この……悪魔!!」


 涙ながらに剣を構える皇女。

 その姿を見て、ギガスとゾルタンは顔を見合わせて嘲笑した。


「ハハハ! 悪魔だってよ!」

「違いねぇ! だが嬢ちゃん、世の中には悪魔より怖いもんがいるんだぜ?」


 ベルクを捕縛しようとギガスの腕が伸びてくる。

 ベルクはギュッと目を閉じた。


(ごめんなさい、兄様。ごめんなさい、ゲイル……)


 死を覚悟した。

 だが。

 いつまで経っても、その時は訪れなかった。


「……世の中には悪魔より怖いものがいる、ですか」


 凛とした声が響き渡る。


「それは、妾たちのことを言っておるのかえ?」


 続いて、妖艶な鈴の音のような声。

 

 ベルクが恐る恐る目を開ける。

 そこには、信じられない光景があった。


 振り下ろされたはずのギガスの巨大な腕。


 それが動かすこともままならず、ギガスの全身がプルプルと震えていた。


「な……ッ!?」


 ギガスの顔が驚愕に歪む。


 シャルロッテは、つまらなそうに欠伸をしながら、真紅の瞳で巨漢を見上げていた。


「遅くなってすまぬな、姫様。ギリギリまで敵を炙り出す必要があったのでな」


 その背後には、静かにゲイルの元に駆け寄るティコの姿もあった。


「こちらも大丈夫です。上手く致命傷は避けていますね。重傷ではありますが……」


 絶望の淵に現れたのは、味方というにはあまりにも禍々しく、頼もしい二人の怪物だった。

 

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