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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第5章

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 アーデルハイト公国、その外れにある公国第7区画。工業地帯として栄えたその場所も、かつての戦争による影響で、今では打ち捨てられた廃墟群と化している。


「こんなところが……」


「姫様は、まだ若いからのう。話くらいは、聞いたことがあるじゃろう?アーデルハイト公国とミゼル王国の凄惨な戦争を」


 ごくり、と唾を飲み込むベルク・アーデルハイト。

 隣にいる近衛隊長ゲイル・ラーマンも同じく呆気にとられ言葉を発せずにいた。


「200年も前の話じゃ。お主らアーデルハイト公国の勝利で終わったあの10年戦争じゃが、とても勝利を喜べるような損害じゃなかったようじゃな。いまでもこうして手付かずで荒れている場所があろう」


「伝えられている話では10年戦争はアーデルハイト公国の勝利。そしてミゼル王国は王家の断絶。アーデルハイト公国とその同盟国であるハイデンシュローム王国に併合されたと聞いています。終始、アーデルハイト公国優勢の戦争で進んだとも」


 後ろに控えるティコがシャルロッテに何かを確認するかのような問いかけをする。


「そりゃぁ、自国の勝利で終わった戦争じゃ。多少の脚色はするじゃろうよ。じゃが、現実はこうじゃ。決して一方的なものではなかった戦争はこうしてアーデルハイト公国にも傷跡をしっかり残しておる。そして――」


 その場にいる全員がシャルロッテを見つめる。


「極悪党にとってはこれ以上ない拠点になるわけじゃな」


「――ッ!」

 

 錆びついた鉄骨と、崩れかけた煉瓦造りの建物。

 数週間前、シャルロッテによってロイ・アーデルハイトの遺体が発見されたこの場所は、夜の闇も相まって、墓場のような静寂に包まれた。


「……姫様。引き返すなら今です」


 先導するゲイルが、剣の柄に手をかけたまま低く囁く。

 その背中は、どんな矢や魔法からも主君を守れるよう、隙なく構えられていた。

 

 だが、ベルクは首を横に振った。


「いいえ。……私たちがここに来なければ、奴らは出てこないわ」


 ベルクの声は震えていた。それは本能的な恐怖。

 シャルロッテとの言う通りであれば、自分たちは今猛獣の檻の中に生身丸腰で突っ立っているようなものだ。


「もう1刻もしないうちにアジト跡じゃ。そのまま真っ直ぐ歩けばわかるじゃろう。妾とお主らはここで一旦別れるがよいな?」

 

 ベルクは大きく息を吸い込み、そして吐き出す。


「ええ。この先に兄様の仇が……」


「お主らに釣られて原相方舟の奴らが現れたらすぐに加勢するとしよう。じゃが、ネズミとはいえ奴らも知能はある。多少距離を空けねばこちらの狙いもバレかねん。加勢するまでは死ぬでないぞ」


「わかっています」

「姫様の身は必ず私が護ります」


 シャルロッテは表情だけでその言葉に返答する。


「反撃をしようとは考えないでください。必ず身を守ることを徹底してください」


 ティコも2人に対して忠告する。


「それじゃあの」


 シャルロッテがそれだけいうと、シャルロッテとティコの姿が一瞬で消える。

 ベルクとゲイルは驚きに目を見開くが、すぐに自分を取り戻す。


「やはりあの2人、とんでもない手練です。あの消える瞬間ですら、精霊の気配や魔力を感じることができませんでした」


「まだ、完全に信用しているわけではないけれどあの2人が後ろについてくれているのは心強いわ。運が良かった」



 ◆



  二人の姿が消え、周囲には風の吹き抜ける音だけが残された。

 ゲイルは愛剣の柄を握る手に力を込め、ベルクの半歩前に出る。


「行きましょう、姫様。……復讐の入り口へ」

 

「ええ。頼りにしているわ、ゲイル」


 二人は瓦礫の山を越え、第7区画の奥へと歩を進めた。

 道中、人の気配はない。ただただ廃墟が続く。


 腐った窓枠の奥。

 崩れた壁の隙間。


 先の見えない空間がその不気味さをさらに際立たせる。


 ベルクは震える膝をドレスの下で隠し、最も大きな廃工場の前で足を止めた。

 入り口に見えない入り口が2人を誘う。


 ここだ。

 兄が発見された場所。


「……不気味ね」


「ええ。ですが今の所、気配は感じられません」


更に進むと戦争の残骸なのか、それとも原相方舟の仕業なのか。明確な原因はわからないものの、明らかに人の手で破壊されたであろう施設内に辿り着いた。


「ここで何が行われたというの?」


「自然による風化ではありませんね。明らかに人の手、いや精霊による力で破壊されています」


「私の精霊ではここまでのことはできないわ」


「一体どれほど強大な精霊の仕業なのか、想像もできません。最低でも王級、その中でもかなり上位の等級かと思われます」


「少なくとも私たちが叶うような相手ではないことは確かね……兄様の手がかりを探さないと――ッ!」


 2人は同時に気づいた。

 いつの間にか、先ほど歩いてきた入り口の方向に強大な魔力が溢れていることに。


「……姫様、下がってください」


 ゲイルが警告を発すると同時だった。

 パチ、パチ、パチ……と、乾いた拍手の音が闇の奥から響いてきた。


「これはこれは、ベルク皇女。なぜこんな不毛の地にあなたがいるのですかな?」


 不快な笑い声と共に、影から一人の男が姿を現した。

 泥と油で汚れた白衣を纏い、片目には奇妙な機械仕掛けのゴーグルを装着している。痩せこけた頬と、不健康なほど白い肌。

 その男は、値踏みするようにベルクを舐め回した。


「初めまして。ワタクシはゾルタン。今更質問するのは無粋でしたかな?ロイ殿下を追いかけていらっしゃったのでしょう?」


 ヒャヒャヒャと不快な笑いを繰り返す男は、ゾルタンと名乗る。

 結果として、出入り口を塞がれるような格好になったベルクとゲイルは意外にも冷静だった。


「……貴方が、兄様を?」


「人聞きが悪いですぞ。私はただ、殿下を『昇華』させてあげただけでございます。もっとも、殿下には少し忍耐が足りなかったようでして、すぐに壊れてしまいました」


 ゾルタンは肩をすくめ、目の前の瓦礫を蹴り上げる

 まるで、ゴミでも扱うかのように。


「……ッ!」


 冷静に対応していたベルクであるが、流石に頭に血が上る。殺してやりたいほどの怒りが、恐怖を凌駕した。


 だが、その激情こそが敵の狙いであることは間違いない。最後の理性がベルクを踏み止まらせた。


「姫様、気持ちはわかります。ですが、なんとかお気持ちを抑えてください」


「わかっているわ、ゲイル。ここで全てを無駄にするわけにはいかないもの」


 ゲイルもまた、頭に上る血を感じながらもベルクを最優先にことを進める。

 

「おやおや?随分おとなしいですね。公国の皇女はじゃじゃ馬娘だと聞いていましたが。いやはや、策なく向かってきてくれたほうが手っ取り早かったのですが、仕方ありません」


 そんな2人をみて、ゾルタンは自身の後ろに目配せをし、指を鳴らす。


 すると、周囲の闇から武装した戦闘員たちが湧き出した。その数、およそ10人ほど。

 さらに、ゾルタンの背後から、一際巨大な影が音もなく歩み出てくる。


「……ふあぁ。ようやく出番か? 待ちくたびれて眠るところだったぜ」


 現れたのは、身の丈二メートルを超える巨漢だった。

 上半身は裸で、無数の傷跡が刻まれている。背中には、身の丈ほどもある巨大な戦鎚を軽々と担いでいた。

 

 その全身から放たれるプレッシャーは、周囲の戦闘員とは次元が違った。


(……まずいな)


 ゲイルは冷や汗が頬を伝うのを感じた。

 周りの戦闘員だけであればどうとでもなる。だが、あの巨漢は別だ。

 歴戦の勘が告げている。あれは「同格」、いや――。


「ゲイル! 来るわ!」

「御意!!」


 戦闘員たちが一斉に襲いかかる。

 ゲイルの剣が閃いた。


「ハァッ!!」


 風精霊の魔力を纏わせた鋭い斬撃が、先頭の男の武器を弾き飛ばしその肩を切り裂く。

 返す刀で二人目の胴を薙ぎ、三人目の眉間を柄頭で砕く。

 近衛隊長の剣技は洗練されていた。無駄がなく、的確に急所を捉える。

 精霊とのコンビネーションも申し分ない。自分の手足のように完全にコントロールしていた。

 

 数的不利などものともせず、ゲイルはベルクの周囲に敵を一切近づけさせない。


「なんだあの騎士は!」

「近づけねぇ!こっちは強化してるんだぞ!」


 戦闘員たちがたじろぐ。

 だが、それを見ていた巨漢はつまらなそうに欠伸をした。


「どけ、雑魚ども。俺の獲物だ」


 巨漢が一歩踏み出す。

 それだけで地面が揺れた。

 彼は背中の戦鎚を片手で掴むと、まるで小枝でも振るうかのように横薙ぎに一閃した。


「ッ!!」


 ゲイルは咄嗟に剣で防御姿勢を取る。

 精霊の力を剣に流し込み、硬度を強化する。


 ゴォォォォンッ!!!!


 轟音が響き渡る。

 鉄と鉄がぶつかった音ではない。爆発音に近い衝撃。

 ゲイルの体は、防御の上から吹き飛ばされ、工場の壁に激突した。


「が、はっ……!?」

「ゲイル!!」


 ベルクが悲鳴を上げる。

 ゲイルは苦悶の表情で立ち上がったが、その手にある愛剣は、刀身がひしゃげていた。

 たった一撃。

 それも、まだ精霊の力すら使っていない、純粋な腕力だけの一撃で。


「……硬いな、アンタ。普通の騎士なら今のでミンチだぜ」


 巨漢はニヤリと笑い、戦鎚を地面に突き立てた。

 その瞬間、彼の背後に巨大な影が揺らめく。

 土色のオーラが実体化し、岩石で構成された巨人のような腕が空中に現れた。


「土の精霊使い……それも、王級か……ッ!」


 ゲイルは血を吐き捨て、折れ曲がった剣を構え直す。

 絶望的な戦力差。

 だが、退くわけにはいかない。背後には、守るべき主君がいる。


「へえ、分かるか。俺の名はギガス。しがない傭兵だがね、報酬分は働く主義なんだわ」


 ギガスが戦鎚を振り上げる。

 連動して、背後の岩の巨腕もまた、破壊の拳を振り上げた。


「さあ、潰れな。騎士様よ」


 空気が軋むほどの圧力が、ゲイルとベルクに襲いかかろうとしていた。

 

 


 

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