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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第5章

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 ドアベルの音が、張り詰めた店内の空気を切り裂く。

 古びて煤けた内装の店内に、場違いな二つの足音が響く。


 一人は、豪奢な外套で身を包んでいても隠しきれない気品を持つ少女。

 もう一人は、その少女を背に庇うように立つ、屈強な剣士。


 店内に残っていた数少ない客たちは、彼らの姿を見た瞬間に顔を伏せ、あるいは勘定を置いて逃げるように裏口から出て行った。

 本能が告げているのだ。

 これからここで始まるのは、酔っ払いの喧嘩などではない。もっと致命的な何かだと。


「……お待たせしたかしら」


 ベルクは、逃げ惑う客たちには目もくれず、店の最奥へと進んだ。

 その視線の先には、テーブルに頬杖をつき、退屈そうに酒瓶を傾ける幼い少女がいる。


「よいよい。役者が揃わねば芝居も始まらぬ。……座れ」


 シャルロッテが顎で対面の椅子をしゃくる。

 だが、ゲイルは動かなかった。その手は剣の柄にかかり、殺気を隠そうともしない。


「……座る前に、確認させてもらう。貴様らが昨夜、私の部下を襲った二人組か」

「襲った? 人聞きが悪いな。じゃれついたのはそっちの犬じゃろうに」


 シャルロッテはケラケラと笑い、隣のティコを見る。

 ティコは眼鏡の位置を直し、淡々と答えた。


「正当防衛です。彼がいきなり剣を抜いてきたので、少し抵抗しただけですよ。……五体満足で帰したのですから問題はないでしょう」

 

「貴様ッ……!」


 ゲイルの殺気が膨れ上がる。

 だが、ベルクがその腕に手を添えて制した。


「やめて、ゲイル。喧嘩をしに来たわけじゃないわ」

 

「しかし、姫様!」

 

「座りましょう。……話はそれからよ」


 ベルクは毅然とした態度で告げ、シャルロッテの正面に腰を下ろした。

 仕方なく、ゲイルもその隣に立つ。座るつもりはないらしい。いつでも主君を連れて逃げ出せるよう、筋肉がバネのように張り詰めている。


「……まあよいわ。……して、単刀直入に聞くが」


 シャルロッテは酒瓶を置き、その真紅の瞳でベルクを見据えた。


「お主、本当に覚悟があるのか?」


 ベルクの肩がピクリと跳ねる。

 テーブルの下で、ドレスの生地を握りしめる手に力が入った。


「勿体ぶらないで。そのためにここへ来たのよ」

 

「よかろう。……奴らの名は『原相方舟アークヘルム・エイドス』」

「原相……方舟?」


 聞き慣れない単語に、ベルクは眉をひそめる。

 隣のティコが補足するように口を開いた。


「大陸全土で暗躍する組織です。精霊に関する禁忌の研究を行っています。表に出てくるような組織ではないらしいのですが……」


「どうやら、狙いは貴族……いや王族の精霊使いといったところかの。今のところは中級か上級の精霊使いに用があるようじゃな」


 ベルクの脳裏に、兄の顔が浮かぶ。


「……証拠は?」

 

「証拠?そんなもの、あるわけなかろう」


 シャルロッテは鼻で笑った。


「ですが……」


 ティコが代わって、一拍あける。


「ロイ殿下以外にも被害者はいます。私達で把握しているだけで殿下含め3人。いずれも王族。亡くなられたのは殿下だけですが、把握している方の1人は再起不能かと。もっと被害者がいる可能性もあります」


 それは半分真実で、半分は誘導だった。

 ナギ・ハイデンシュロームやライゼル・ヴォルトレイグの件は決して嘘ではない。だが、それ以上の被害者がいるかはわからない。

 

 しかし、ベルクを動かすには十分な餌だ。


「……つまり、兄様は王族かつ精霊使いだから狙われたと?」

 

「そういうことじゃ。そして、次はお主の可能性だって考えられようぞ。ベルク・アーデルハイト」


 シャルロッテが指先を突きつける。


「兄と同じ血を引き、同じく精霊使いである皇女。再現性を求めるならば、奴らにとってこれほど極上の『実験材料』はおらぬ」


「なっ……!?」

 

 ゲイルが色めき立つ。

 

「姫様が狙われているだと!? 馬鹿な、そんな情報、諜報部からは上がっていない!」

 

「諜報部? 奴らがそんなものに引っかかるものか。それにこれは推測じゃ。狙われたのが王族かつ上級、中級の精霊使い。お主もそれに含まれるであろう?と話をしておる」


 シャルロッテの言葉は堂々としすぎていて、ベルクやゲイルにとって偽りを感じることができない。

 

 ベルクは息を呑んだ。恐怖がないと言えば嘘になる。だが、それ以上に湧き上がってきたのは、好機だという直感だった。


「……なるほどね。状況は分かったわ」

 

 ベルクは震える声を抑え込み、シャルロッテを見返す。

 

「それで? 貴女たちは私に何を求めているの? まさか、親切心で忠告しに来たわけじゃないでしょう」


「さすがじゃの。話が早くて助かるわい」


 シャルロッテは愉しげに目を細めた。

 獲物は罠にかかった。あとは、引くだけだ。


「我々の目的もまた、原相方舟の壊滅じゃ。奴らには少々、借りがあってな」

 

「利害が一致している、と言いたいのね」

 

「左様。そこで提案じゃ。……手を貸せ。妾たち2人では絶対的な数が足りん。その代わりお主らには妾たちの力を貸すとしよう」


 シャルロッテはテーブルの上に身を乗り出した。


「我々には力がある。奴らを鏖にできるだけの力がな。じゃが、奴らの居場所が分からん。ネズミのように隠れるのが上手くてのう」

 

「……」

 

「一方、お主には数を動かす力、そして奴らが欲しがる『血』がある。……どうじゃ? お主が我々に協力するならば、兄の仇討ち、手伝ってやらんでもないぞ」


 それは、実質的な「囮になれ」という要求だった。

 だが、シャルロッテはそれを巧みに「協力」という言葉で包み込んだ。

 ゲイルはその危険な匂いを敏感に感じ取ったようだ。


「断る!得体の分からぬ連中と手を組むなど……それに、姫様を危険に晒すような真似ができるか!」

 

「ゲイル、黙って」

 

「しかし!」


「……できるのね?」


 ベルクはゲイルを制し、真っ直ぐにシャルロッテを見た。

 その瞳に、迷いはない。


「奴らを見つけ出し、兄様の無念を晴らすことが……本当にできるのね?」

 

「約束しよう。妾の目の前に奴らが現れれば、骨も残さず押し潰してやるとしよう」


 シャルロッテの言葉には、絶対強者特有の傲慢さと、それに見合うだけの説得力があった。

 ベルクは深呼吸を一つし、決断を下す。


「いいわ。乗りましょう」

 

「姫様ッ!!」

 

「ゲイル。これは私の戦いよ。城で震えて待っているくらいなら、私は自ら戦場へ出る」


 ベルクはテーブルに身を乗り出し、シャルロッテに手を差し出した。


「アーデルハイト公国皇女、ベルク・アーデルハイトよ。……貴女たちの力を、買わせてもらうわ」


 シャルロッテはその小さな手を見つめ、口元を三日月のように歪めた。

 悪魔的な笑み。

 だが、ベルクは目を逸らさない。


「よき覚悟じゃ。……契約成立じゃな」


 シャルロッテはその手を握り返さず、代わりに自身の鎌を軽く撫でた。


「では、早速仕事といこうか。……お主には少々、派手に動いてもらう必要があるからの」

 

「ええ。望むところよ」


 ベルクは知らなかった。

 自分が握ったその手が、救いの手なのか、それとも地獄への招待状なのかを。

 ただ確かなのは、公国の皇女が今、修羅の道へと足を踏み入れたという事実だけだった。

 

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