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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第5章

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59



 深夜の王城。

 石造りの廊下を、焦燥に駆られた足音が響く。

 アーデルハイト公国、近衛隊員ハンスは、脇目も振らずに皇女ベルク・アーデルハイトの私室へと急いでいた。


 体中が軋む。

 あの2人、シャルロッテとティコから受けた衝撃は未だに緊張をほぐしてはくれなかった。

 だが、それ以上に彼の心臓を早鐘のように打たせているのは、託された「伝言」の重みだった。


「……ハンスか。入れ」


 扉の向こうから、ゲイルの低い声がした。

 ハンスは乱れた呼吸を整える間もなく、部屋へと滑り込む。

 そこには、窓辺で腕を組み、外を睨み続けていたベルクと、部屋の出入り口を固めるゲイルの姿があった。


「報告いたします……ッ!」

「息が荒いぞ。落ち着け。……随分と乱れているようだが

、何があった」


 ゲイルが眉をひそめる。

 平服とはいえ、ハンスは近衛の中でも指折りの使い手だ。それが泥だらけになり、焦燥で落ち着きもなく、ただ事ではないことが伺える。


「裏通りで……接触しました。我々が探していた『異物』に」

「異物だと?」


 ベルクが振り返る。その瞳が鋭くハンスを射抜いた。


「ええ。……化け物でした。十にも満たない見た目の少女と、眼鏡の女。たった二人で、私の剣技など児戯のようにあしらわれました」


 「貴様が後れを取るほどの相手か……。それで、取り逃がしたのか?」


 ゲイルの問いに、ハンスは首を横に振った。

 そして、腹に力を入れて告げる。


「いいえ。……向こうから、接触を求めてきました」


 「何ですって?」


 ハンスは懐から、一枚の紙切れを取り出した。

 ティコが去り際に走り書きして渡してきたメモだ。


「彼女たちは言いました。『ロイ・アーデルハイトの死について話がある』と」


 その言葉が出た瞬間、部屋の空気が凍りついた。

 ベルクがツカツカと歩み寄り、ハンスの手からメモをひったくる。

 そこには、明日夜に城下町の外れにある酒場と、一言だけが記されていた。


 ――『真実を知る覚悟があるなら来い』


 文字を見たベルクの手が震える。

 恐怖ではない。激情だ。


「……ゲイル。出るわよ」


 「なりません!」


 即答だった。

 ゲイルはハンスを睨みつけ、それからベルクに向き直る。


「明らかに罠です。どこの誰とも知れぬ……しかもハンスを圧倒するほどの手練れ。そんな危険人物の指定した場所に、姫様を連れて行くなど言語道断!」

 

「罠でも構わない。そいつらは兄様の名前を出したのよ」

 

「それが誘い水なのです! 姫様を誘き出し、暗殺……あるいは人質にするつもりかもしれん。行くなら私が参ります。部下を集め、その酒場を包囲して――」


「それじゃあダメなのよ!」


 ベルクの叫びが、ゲイルの言葉を遮った。


「包囲してどうするの? 制圧して尋問する? ハンスですら手も足も出なかった相手に、近衛隊が何人死ぬと思っているの」

 

「それは……しかし、姫様の御身には代えられません」

 

「話を聞くだけよ。向こうもそれを望んでいる。殺すつもりなら、ハンスを生かして帰したりはしないわ」


 ベルクはメモを握りしめ、ゲイルを真っ直ぐに見据えた。


「ゲイル。貴方は言ったわよね。『泥を被る覚悟がある』と」

 

「……はい」

 

「なら、私を信じなさい。私はもう、守られるだけの子供じゃない。兄様の無念を晴らすためなら、悪魔とだって契約してやるわ」


 その瞳の強さに、ゲイルは言葉を詰まらせた。

 かつての、宝石やドレスに目を輝かせていた可憐な皇女はもういない。

 そこにいるのは、修羅の道を行くと決めた一人の支配者だった。


「……ハンス」

 

「は、はい!」

 

「その二人の特徴をもう一度言え。少女と、眼鏡の女と言ったな?」

 

「はい。少女の方は『シャルロッテ』、もう一人は『ティコ』と名乗っておりました。ティコと名乗る者と近くで接敵しましたが、底知れない魔力を感じました。ただし、そのティコ曰くシャルロッテの実力はそれ以上とのことです」


 ゲイルは深いため息を一つ吐き、腰の剣帯を締め直した。


「……分かりました。お供いたします」

 

「ゲイル!」

 

「ただし! 私の背中から一歩でも離れないでください。もし相手が少しでも不穏な動きを見せれば……私の命に代えても姫様を逃がします」


 それが、忠臣としての精一杯の譲歩だった。

 ベルクはフッと表情を緩め、頷く。


「ええ。頼りにしているわ、ゲイル。この件が終わったら必ず褒章を」


 

 ◆



「シャルロッテさん、あんなので本当に来てくれるんですかね?」


「乗り込むよりも幾分穏やかに話が進むじゃろうて。直接会うたことはないが……随分なじゃじゃ馬娘だとは聞いておる」


 翌夜、すでに日が落ちた城下町の酒場に2人の女の影。

 どこぞの輩が寄ってきてもおかしくはない状況だが、2人から発せられる形容し難い圧がそれをさせていなかった。


 2人は昨日の出来事を振り返り、今後の作戦を練る。


「お主もわかっておるじゃろうが、妾の優先順位は【原相方舟(アークヘルム・エイドス)】じゃ。あやつらを誘い出すにはやはり若い王族の精霊使いが必要じゃからの。恐らく奴らの本命ではないと思うが、こちらから差し向ければ奴らも乗ってくるじゃろうて」


「ただ、それはかなりリスクでは?殺されてしまいでもしたら元も子もありません」


「なぁに、姫さん1人護りきれぬお主でもなかろう。以前の古代龍との戦いでお主の強さはよくわかっておるわ」


「貴方にそう言われるのは嬉しい限りですが、私の精霊は護衛には向いていません。シャルロッテさんもそうではないですか?」


「護ろうとするから弱気な思考になるんじゃ。殺られる前に殺ってしまえばいいだろうに」


 脳筋すぎる。ティコはその一言を噛み殺す。

 これ以上まともにとりあってもシャルロッテから現実的な案は出ないと判断し、自ら先の状況をシミュレーションする。


「なんじゃ?急に黙りおって。折角の酒の場なんじゃからもっと盛り上がらんかい」


「絶対酒場よりいいところありましたよ。一国のお姫様を呼び出してるんですよ?」


 半分、いやそれ以上、すでに諦めの感情が混ざった声色で仕方なく返事をする。

 こうしている間にも、ベルク姫が来た時と来なかった時のそれぞれの最善択を考えねばならない。組織の新人である彼女にとって、与えられた任務とはそれくらい重たいものなのだ。


 そんな彼女の感情とは裏腹に、シャルロッテは酒を次々と腹の中へ収めていく。

 側から見ると10歳程度の少女がこの豪快な飲みっぷりをしているのだ。


 これが目立たないわけがない。


 しかし、ティコは理解している。この状況でも荒事に巻き込まれないのはシャルロッテの放つ圧が理由であると。


 その圧倒的なオーラがここまでの旅路を順調に進めているのもまた、事実であった。


 


 



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