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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第5章

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 雨はすでに上がっていた。

 だが、夜空を覆う分厚い雲は去ることなく、月明かりを遮断している。

 アーデルハイト公国の国城、ベルク・アーデルハイトの私室。

 濡れた衣服を着替え、髪を整え直したベルクは、鏡に映る自分を睨みつけていた。


 短くなった髪。

 それは決意の証であり、同時に「かつての自分」との決別でもあった。


「……ゲイル。配置はどうなっているの?」


 背後に控える騎士に問う。

 ゲイル・ラーマンは、主君の変貌を静かに受け入れ、淀みなく答えた。


「既に信頼できる部下を数名、私服で城下へ放っております。特に、先ほどの廃棄場周辺と、裏社会の人間が出入りすると思われる酒場を中心に」

 

「そう。……手際が良いわね」

 

「姫様が動くと決めた以上、私も迷いを捨てました。亡きロイ様が追っていた『闇』……今回の事件とどこまで関わりがあるのか、その尻尾を掴むにはこちらも泥を被る覚悟が必要です」


 ベルクは鏡から視線を外し、窓の外へと歩み寄った。

 硝子に映る城下町の灯りは、どこか儚く、そして不気味に見える。

 あの光の下で、どれだけの悲劇が黙認されているのか。


「これはただの弔い合戦ではないわ。兄様の仇を討ったあとは、必ずこの国を蝕む膿を、今度こそ、根こそぎ焼き払う」

 

「……御意に」

 

「近衛隊からの情報が入るまで待機よ。焦って動けば、こちらの首を絞めることになる。でもこの国にそのヒントがあるかはわからない。いつまでも待つわけにはいかないわ」


 ベルクは自身に言い聞かせるように呟き、固く拳を握りしめた。

 震えは止まっていた。

 その瞳には、冷たく燃える復讐の炎が宿っていた。



 ◆

 


 すでに時刻は日付を回っている。

 表通りの店は軒並みシャッターを下ろし、静寂が支配し始めている。

 だが、裏通りは別だ。

 陽の光を嫌う者たちが蠢くこの時間こそが、彼らにとっての「朝」であった。


 近衛隊員ハンスは、酔っ払いを装いながら路地裏を歩いていた。

 酒瓶を片手に、千鳥足で進むその眼光は鋭い。

 彼はゲイルが最も信頼を置く部下の一人であり、隠密行動にも長けていた。


(……妙だな)


 ハンスはふと足を止めた。

 何かトラブルがあったのだろうか。野次馬や衛兵の姿が見える。

 だが、ハンスが気になったのはそこではない。

 その騒ぎから「遠ざかる」ように歩く、奇妙な二人組の影だった。


 一人は、眼鏡をかけたショートカットの女性。

 形式ばった質素な服装だが、その歩き方には隙がない。

 そしてもう一人は――小さな少女。

 十歳にも満たないような幼い容姿。ただし、感じる圧やオーラは眼鏡の女性以上だった。


(あんな子供が、こんな時間に……?)


 違和感。

 ただの親子や姉妹には見えない。

 何より、彼女たちが放つ空気が異質だった。周囲の闇に溶け込みすぎていて、意識して見なければ認識すらできないほどの気配の希薄さ。


 ハンスは酒瓶を懐にしまい、気配を殺して追跡を開始する。

 相手は何者か分からない。だが、ロイ殿下の死に関わる「何か」である可能性は捨てきれない。

 もしそうであれば、尋問して情報を引き出す必要がある。


 路地裏を抜け、人気のない沢沿いに出た瞬間。


「――いつまでついてくる気じゃ?」


 鈴を転がすような、だが底冷えするような声が響いた。

 ハンスは息を呑んだ。

 完璧に気配を消していたはずだ。距離も二十メートルは開けている。気づかれるはずがない。


 前を歩いていた少女が、くるりと振り返る。

 街灯の薄明かりに照らされたその顔は、人形のように整っていた。

 だが、その真紅の瞳は、人間を見る目ではなかった。路傍の石ころを見るような、絶対的な無関心。


「……気づいていたのか」


 ハンスは観念して姿を現した。

 近衛の誇りにかけて、ただの不審者として終わるつもりはない。

 懐から近衛隊の紋章をちらりと見せ、威圧的に告げる。


「公国近衛隊だ。貴様ら、こんな夜更けに何をしている?お世辞にも治安がいい場所とはいえない場所だぞ」


 通常の市民なら、近衛の名を聞けば萎縮する。

 悪党ならば、逃げ出すか武器に手をかける。

 だが、少女は――笑った。


「そうか……お主がこの国の。なら都合がいいかもしれんの」


「……何がおかしい」


「なあに、お主には関係のないことじゃよ。じゃが、お主の国のことじゃ、少しばかり手伝ってもらうとするかのう」


「……どういう意味だ」


「そのままの意味じゃよ。――ロイ・アーデルハイトについて……といえばわかるかの?」

 

 それを聞いた瞬間、ハンスは精霊装具化で実体化させた剣を素早く構える。


「ほう……なかなか素早いではないか」


 関心する少女に注意を向けるハンスであったが、その横にいたはずの女性がすでにいないことに気づいた。


「なっ……!?」


「あまり、大きな声を出さないでください。あなたに危害を加えるつもりはありませんので」

 

 その女性はハンスの後ろに回り込み、背中には剣が突きつけられていた。


「……近衛隊として、お前らのような怪しげなやつを放置するわけにはいかない」


「そうですね……。では、自己紹介でもしましょうか」


「自己紹介だと?」


女性は一瞬で数歩距離をとる。その動きすらハンスには見切ることができなかった。

そのまま、かけていた眼鏡を取ると整った顔が露わになった。

 

「ティコ・グレイ。ロイさんの通っていた学院の教師です」


「……っ!殿下の……!」


 驚くハンスに今度は少女が話かける。


「お主も探しておるのじゃろう?自分らの主の仇を」


「あの人はシャルロッテさん。私よりもずっと強いですよ。無謀なことは考えないほうがいいかと。なんなら年齢も私やあなたよりも随分上っぽいです」


 ティコは、少女――シャルロッテのことも併せてハンスに伝える。今し方、強さを見せつけた自分よりも強者であると。


「これ若いの。あまり不要なことを喋るでないわ」

 

 呆気にとられるハンスは戦意喪失していた。

 ただし、流石は近衛隊というべきだろうか、すでに次の行動パターンを何通りも考え切り抜けるための最善択を考え始めている。


 しかし、その思考もすぐに破られることになる。



 

「お主のところも姫君も気をつけなければ、王子の二の舞になるぞ」

 

 

 

 


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