表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第5章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/109

57



「何故ですか!!! 何故動かないのです!!!」


 石造りの床を叩く雷鳴よりも鋭く、悲痛な叫びが謁見の間に響き渡った。

 重厚な扉の向こう、雨に打たれる窓硝子がガタガタと震えている。だが、この場を支配する空気の冷たさは、外の嵐の比ではなかった。


 薄暗い広間の最奥。玉座に沈み込むように座る老王に向けて、ベルク・アーデルハイトは声を枯らさんばかりに吠えていた。

 普段ならば綺麗に結い上げられている亜麻色の髪は乱れ、目尻には拭いきれなかった涙の跡が滲んでいる。


「何度も言ってるであろう。決して動いていないわけではない。ベルクの怒り、しかと伝わっておる。そしてその怒りはわしも同様じゃ」


 国王の声は重く、そして酷く老け込んで聞こえた。

 数日前、第一皇子ロイ・アーデルハイトの訃報が届いてから、この父は急激に歳をとったように見える。だが、その瞳には諦観のような色が混じっていた。それがベルクには許せなかった。

 政治的な配慮。他国との協定。証拠の不在。そんな「大人の事情」で、最愛の兄の死を濁そうとしているようにしか思えなかったからだ。


「では、何故ここまで進展がないのでしょうか!……兄様は、兄様は……ッ。私は絶対に許しません。父上の言葉も信用できません!」


 ドレスの裾を翻し、ベルクは玉座に背を向けた。


「待て、ベルク!」


 父の制止する声を無視し、重い扉を両手で荒々しく押し開ける。


 廊下に出た瞬間、冷ややかな空気が火照った頬を撫でた。

 そこには、一人の男が直立不動で待機していた。


「……姫様」


 近衛隊長、ゲイル・ラーマン。

 まだ三十手前という若さながら、その剣技と冷静沈着な指揮能力で近衛のトップに上り詰めた男だ。兄ロイも信頼を置いていた忠臣であり、幼い頃からベルクの守り役でもあった。


 彼はベルクの荒い息遣いと、充血した瞳を見て、全てを察したように小さく目を伏せた。


「陛下との対話は、不調に終わりましたか」


「ええ。話にならないわ。父上は臆病風に吹かれているだけよ」


「陛下もまた、御子息を失った被害者です。国を背負う者として、軽挙妄動を慎んでおられるだけかと」


「軽挙妄動? 兄様が殺されたのよ!? これを黙って見過ごすことが、王族の務めだと言うのなら……!」


 ベルクはギリリと奥歯を噛み締め、廊下を大股で歩き出した。

 カツカツとヒールの音が怒りを代弁するように廊下に響く。ゲイルは音もなくその背後に続いた。


「ゲイル。近衛隊を出しなさい」


「……何処へ向かわれるおつもりで?」

 

「決まっているでしょう。兄様の無念を晴らしに行くのよ」


 ゲイルは歩調を緩めず、淡々とした口調で返す。


「相手の居場所も、正体も掴めていない状況で兵は動かせません。それに、近衛隊を動かすには陛下の許可が必要です」


「貴方まで私を止めるの? 兄様があんな……あんな姿で戻ってきたのに!」


 ベルクの脳裏に、数日前の光景がフラッシュバックする。

 変わり果てた兄の姿。冷たくなった手。いつも優しく頭を撫でてくれたその手は、もう二度と動かない。


「止めます。それが私の役目ですから」

 

「なら、私一人で行くわ。退きなさい」

 

「なりません。この嵐の中、姫様をお一人で城外へ出すわけにはいきません」


 ベルクは足を止め、振り返ってゲイルを睨みつけた。

 だが、ゲイルの瞳は揺らがない。ただ静かに、主君の暴走を諫める壁としてそこに立っていた。

 ベルクは知っている。この男は、命令や脅しで動くような柔な精神をしていない。


「……そう。なら、貴方はここで番犬でもしていればいいわ」


 ベルクは懐から小さな短剣を取り出し、自身の長く美しい髪を無造作に掴んだ。

 銀閃が走る。

 バサリ、と音を立てて、亜麻色の髪の束が廊下に落ちた。


「ひ、姫様……!?」


「喪に服す時間すら惜しいわ。……ついて来る気がないなら置いていく。邪魔をするなら、貴方でも斬る」


 その瞳に宿る暗い炎を見て、ゲイルは深いため息を吐いた。

 理屈ではない。今の彼女を止める言葉を、自分は持っていないことを悟ったのだ。


「……承知いたしました。ですが、近衛隊全てを動かせば目立ちすぎます。信頼できる手勢を数名、私主導で同行させます」


「……ふん。最初からそう言えばいいのよ」


 ベルクは短くなった髪を乱暴にかき上げ、再び歩き出した。

 その背中は、震えているようにも、何か決死の覚悟を決めたようにも見えた。


「情報よ。父上があの体たらくなのであれば大した情報もないはず。先ずは情報を集めるの」

 

 

 


 公国の城下町は、分厚い雨雲に覆われていた。

 石畳を叩きつける雨音と、遠くで鳴る雷鳴が、街全体の色彩を灰色に塗りつぶしている。


 ベルクはフードを目深に被り、泥濘んだ路地裏を歩いていた。

 隣には平服に着替えたゲイル、そして背後には数名の精鋭が気配を殺して続いている。


「この辺りは治安が良くありません。姫様が足を踏み入れて良い場所ではない」

 

「文句が多いわね、ゲイル。兄様が生前、この国の『影』の部分を調査していたことは知っているでしょう? なら、手掛かりはこういう場所に落ちているはずよ」


 ベルクの足取りは焦りに満ちていた。

 確証などない。ただの当てずっぽうだ。それでも、じっとしているよりはマシだった。

 

 兄・ロイは生前。それも学院に入学する前から、公国内に蔓延る違法な薬物や、人身売買のルートを独自に洗っていたという話を聞いたことがある。もし兄を殺したのがその延長線上の敵だとするなら、裏社会の情報屋や、闇市場に近いこの区画に何らかの痕跡があるはずだ。


「……臭うな」


 ゲイルが低く呟き、腰の剣に手をかけた。

 雨の匂いに混じって、鉄錆のような、あるいは古びた血のような異臭が鼻をつく。


 目の前には、廃倉庫のような建物が立ち並んでいた。

 窓は割れ、入り口の扉は半ば外れかけている。

 ベルクはその中の一棟、特に異臭が強く漂う建物に目をつけた。


「あそこよ。……何か、嫌な気配がする」

 

「お待ちください。まずは私が」

 

「いいえ、行くわよ!」


 ベルクは制止を聞かずに廃倉庫の中へと踏み込んだ。

 中は暗く、天井の穴から雨漏りが滝のように降り注いでいる。

 雷光が一瞬、倉庫内を照らし出した。


「っ……!?」


 ベルクは息を呑み、口元を手で覆った。


「……なにこれ」


「姫様!」


 ゲイルがベルクに追いつく。

 そこで2人が見たものはあまりに凄惨な光景だった。


 子供から老人まで、いつ死んだかもわからない状態の死体がその場に放置されていた。


「……こんなことって」


「これが現実です姫様。光があれば闇があります。王子はこういった問題を解決しようと奔走していらっしゃった……本当に残念でなりません」


「……ゲイル。兄様の意思は必ず私が受け継ぎます。兄様の無念を必ず晴らして見せます!」


 薄暗闇の雨空の下、ベルクは決心する。必ず兄の仇を討つと。兄の夢を叶えると。

 ベルクの熱い思いは、降り注ぐ冷たい雨を忘れさせるほどの決意に満ちていた。

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ