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『随分汚れたわね』
沈みかけた夕日を背に、ディアナがシオンに語りかける。
別荘に備え付けられた屋外シャワーエリア。
夕日に照らされる金色の粒子は、その神々しさをより際立たせているが、対する主の姿は砂まみれで悲惨なものだ。
「そうだな。随分酷い目にあった」
シオンは苦笑しながら、冷たい水を頭から被った。
髪に絡みついた砂と、じっとりと張り付く汗が洗い流されていく。
火照った体に冷水が心地よい。
『楽しめてるようで安心してるわ。昔のあなたじゃ考えられないくらい』
「そうか?」
シオンは濡れた前髪をかき上げる。
かつての自分なら、こんな無防備に遊びに興じることなどなかっただろう。
常に周囲を警戒し、最短で任務を遂行することだけを考えていた。
「……まぁ、悪くはない」
ポツリと漏らすと、ディアナは満足げに喉を鳴らした。
『そう。なら良かったわ』
シャワーを止め、用意しておいたタオルで体を拭く。
身体の水気を拭き取ると、ビーチバレー前のアロハシャツと短パンというラフな格好に着替え、サンダルを突っ掛ける。
「さて、待たせるのも悪い。行くか」
『ええ。彼女達も張り切っていたようよ』
シオンがディアナを肩に乗せてエントランスへ向かうと、そこにはすでに着替えを済ませた二人の少女が待っていた。
「あ、シオンさん! お疲れ様でした!」
「準備完了です」
ミナは清楚な白いワンピース、アリアは涼しげな淡いブルーのサマードレス姿だ。
水着姿も破壊力があったが、こうして着飾った姿もまた、夏の夕暮れによく映えている。
「悪い、待たせたな……?」
2人はシオンに気づくと何か言いたげにシオンをじっと見つめる。
『彼女達も張り切っているわよ』
ディアナが合流する前に吐いていたセリフを繰り返す。
「……あぁ。2人とも似合ってるぞ」
シオンがさらりと言うと、二人はパッと顔を輝かせた。
「えへへ、ありがとうございます……!」
「あら、お世辞でも嬉しいです」
「よし、じゃあ行くか。腹を空かせた猛獣たちが暴れ出す前に」
三人は夕暮れの潮風を受けながら、賑わう市場へと歩き出した。
◆
市場は、熱気と食欲を誘う香りに包まれていた。
地元の漁師が獲れたての魚を並べ、農家の屋台には色鮮やかな夏野菜が山積みになっている。
「わぁ……! すごいですシオンさん! 見てくださいこのトマト、真っ赤で美味しそう!」
ミナが目をキラキラさせて屋台に駆け寄る。
「おじさん、このトウモロコシまとめて買うのでもう少し安くなりませんか? あと、あっちの玉ねぎとピーマンもつけてくれたら嬉しいんですけど……」
「おお、お嬢ちゃん可愛い顔してしっかりしてるねぇ! わかった、じゃあ全部まとめて負けてやるよ!」
ミナは手慣れた様子で店主と交渉し、あっという間に大量の野菜を安値でゲットしてしまった。
「す、すごいです。ミナさん……。あのような交渉術、初めて見ました」
アリアが目を丸くして感心している。
普段、このように食べるものや日用品を自ら買うことのない彼女にとって、市場での値切り交渉は未知のエンターテインメントらしい。
「ふふ、家計のやりくりは大事ですから! 浮いた分でマシュマロも買っちゃいましょう! 次はお肉ですね!」
「頼もしいな。じゃあ肉と飲み物は手分けするか。ミナは飲み物をお願いできるか? 水とかジュースとか、結構な量になるけど」
「はい! あまり得意ではないですが、その程度の身体強化なら私でも平気です!」
ミナは力こぶを作るポーズをして、ドリンク売り場の方へと駆けていった。
残されたのはシオンとアリアの二人。
「さて、俺たちも行くか。肉屋はあっちだ」
「ええ」
二人は並んで精肉店が並ぶエリアへと歩き出す。
周囲の喧騒に紛れながら、アリアがふと口を開いた。
「……シオンさん」
「ん?」
「皆がいる前では聞きにくかったのですが……一つ、お聞きしてもよろしくて?」
アリアの声色が、少しだけ真剣なものに変わる。
シオンは視線だけで続きを促した。
「貴方のその猫ちゃんのことです」
「……どういうことだ?」
シオンはとぼけるが、アリアの瞳は真っ直ぐに彼を見据えていた。
「何か隠していることは理解しています。あの霊峰での一件や、ナギさんの誘拐事件。……学年1位として非常に耳が痛い話ではありますが、シオンさんがいなければどうなっていたかわからない」
さすがは王級。そして名門フェンリズ家の次期当主候補。自分の実力を客観視しながら、さらなる自己研鑽を求める姿勢。
シオンは内心で苦笑しながら、周囲の喧騒に紛れさせるように肩をすくめた。
「……俺もディアナも一般生徒と一般精霊だよ。それ以上でも以下でもない」
「にゃぁん」
シオンの肩にいるディアナも同調するように鳴く。
「そうですか。……では、質問を変えます」
アリアは一歩踏み出し、シオンの隣に並ぶ。
「ナギさんやミナさん、エルドさん。彼女達に危機が迫った時、私は貴方と同じくらい彼女達の力になれるでしょうか?」
それは探りではなく、純粋な友人としての覚悟を問う言葉だった。
シオンは少しだけ足を止め、隣を歩く少女を見る。
その瞳に迷いはない。
「……あぁ、間違いないね。そんなことがあれば、一番に頼りにさせてもらう」
シオンが短く答えると、アリアは満足そうに微笑んだ。
「……今は、その言葉が聞ければ十分です。ありがとうございます。それと、申し訳ありません、楽しい時間なのに……。では最高のお肉を選びに行きましょうか! 負けた分、美味しいものを食べないと気が済みませんから!」
「違いない」
シオンも口元を緩める。
重くなりかけた空気を自ら払拭し、アリアは先程までの明るい表情に戻って歩き出した。




