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「おーいシオン! いつまでカッコつけて寝とるんや! 早よこっち来いや!」
波打ち際から、ナギの底抜けに明るい声が飛んでくる。
シオンはサングラス越しにその姿を捉えた。
太陽の下、輝く黄緑色のビキニ姿で白い歯を見せて笑う。
その周りにはアリア、アリス、エルド、ミナ。すでに何かを始める準備ができていた。
シオンは口元を緩めると、飲み干したトロピカルジュースのグラスをサイドテーブルに置いた。
「はいはい。今行くよ」
シオンはよっこらせと身を起こし、アロハシャツを脱ぎ捨てた。
鍛え上げられた上半身が露わになると、隣で優雅に寝そべっていたディアナが片目だけを開ける。
『あら、やっと動く気になったの?』
「まぁ今日はそういう日だ」
シオンは軽く準備運動をしながら、白い砂浜へと足を踏み出す。
日差しは強いが、風は心地よい。夏を感じさせるすべてがこの場所にあった。
「よし! シオンも来たし、チーム分けするでー!」
ナギがビーチボールを掲げ、高らかに宣言する。
「負けたチームは、晩御飯の買い出し係な!じゃあ、始めていくで!ルールは簡単。魔術および身体強化の使用は禁止! 純粋な肉体のみで勝負や!」
ナギがボールを指先で回しながらルールを説明する。
ミナのような戦闘特化でない精霊使いならまだしも、王級精霊使いであるアリアやアリスたちが本気で魔術を使えば、ビーチバレーどころか地形が変わってしまう。当然の処置だ。
「チーム分けは……グッパーでええな?」
「望むところだよ!」
アリスがやる気満々で拳を突き出す。
厳正なる抽選の結果、チームは以下のように分かれた。
Aチーム:ナギ、アリス、エルド
Bチーム:シオン、アリア、ミナ
「っしゃあ! パワーならこっちの勝ちや!」
「よし、アリアたちをボコボコにしてあげる!」
勝利を確信してハイタッチを交わすナギとアリス。
その横で、同じチームになったエルドだけが、どこか遠い目をしていた。
「……なぁ、これ俺の負担がでかくないか? 身体も心も」
「ドンマイ。せいぜい猛獣使いとして頑張ってくれ」
ネット越しに、シオンが同情の声をかける。
シオンのチームは、アリアとミナ。落ち着いたメンバー構成だ。
「純粋な運動は久しぶりです。皆さんも怪我はしないようお願いしますね?」
アリアが優雅に髪をかき上げる。
その言葉とは裏腹に、彼女の目は完全に「勝ち」を狙っていた。負けず嫌いの血が騒いでいるらしい。
「わ、私……足引っ張らないように頑張ります!」
ミナがぎゅっと拳を握る。
「気楽にいこう。アリアが前衛で揺さぶって、ミナが繋ぐ。俺が後ろでカバーするから、好きに動いていい」
「はい!」
「頼もしいです」
作戦会議は一瞬で完了した。
「では、始めてください」
いつのまにか、気配もなく現れたメイド姿のイオリが合図を出すと試合が始まった。
ドパァン!!
初手から、ナギの殺人サーブが炸裂する。
砂を爆発させながら飛んできたボールは、唸りを上げてシオンの顔面へ――
「……本当に身体強化なしかよ」
シオンは半歩も動かず、正面に来たボールを涼しい顔でレシーブした。
ただその涼しげな表情とは裏腹に、無情にもボールは強烈なスピンで回った後シオンの顔面に直撃する。
「ぶへらっ!!!」
「大丈夫ですかシオンさん!?」
ミナが思わず駆け寄る。
「仇はとります」
一足遅れて寄って来たアリアが、物騒なセリフを吐く。
「っしゃあ!!」
向かいのコートではナギとアリスがハイタッチしており、エルドはこめかみを抑えて天を仰いでいる。
「次は私達の番です」
アリアはボールを持つと、比較的緩やかで理性的なサーブを放つ。
そのサーブをエルドがレシーブすると、ナギが受け取りトスを上げる。
「アリスー! 頼んだ!」
「任せて!!」
アリスが砂浜を蹴って跳躍する。
その身体能力は、身体強化なしでも桁違いだ。
だが。
「とりゃあぁぁぁ!!」
ドゴォォォォォン!!
アリスの全力スパイクは、敵コートを遥かに飛び越え、遥か後方の海面に着弾。
巨大な水柱が上がった。
「「「…………」」」
一瞬の静寂。
「……アウト。色んな意味で」
シオンが冷静に宣告した。
「あー!! 力余ったー!!」
「アリス! 加減しいや! ホームラン打ってどうすんねん!」
「だってぇ! 砂が柔らかくて踏ん張れないんだもん!」
今度はギャーギャーと仲間割れを始めるナギとアリス。
エルドはまたまたこめかみに手をやっている。
「勝手に自滅してくれるならありがたく乗らせてもらいましょう」
アリアが口元に手を当てて笑う。
様々なプライドがぶつかる戦いの火蓋が切って落とされた。
序盤は連携がうまくいかないナギチームが自滅を繰り返しシオンチームが優勢で試合が進んでいく。
「なんだよー!全然点入らないじゃんか!」
「力任せに打つからや。もっと角っこ狙わんと」
「なぜあの馬鹿力でボールがまだ無事なんだ」
ナギチームは各々歩様が乱れ、チームワークのかけらも存在していない。
一方シオン達チームは着実に相手のミスで得点を重ねていた。たまに受ける失点もアリスのノーコンスパイクがシオンの顔面を強打するのみだったため、アリアやミナにダメージはない。
なかなか好転しない展開にエルドが痺れを切らしたように動き出す。
「お前らいい加減にしろ!」
「「ひぃっ!」」
エルドの怒号が響く。あまりの迫力に王級使いであるアリスですら小さな悲鳴をあげて振り返る。
「遊びでも勝負事なんだから、全力で勝ちに行くぞ。こんなマヌケな負けは俺が認めない」
「でもでもどれだけ本気でやっても全然点とれないよ!」
「いいか、よく聞くんだ。お前らの身体能力は反則級だ。これを活かさない手はない。今は制御がなっていないだけだ。ここからは俺が指示をだす。アリスは俺が跳べといったら跳べ。ナギは俺のレシーブをただ真上にあげろ。余計な回転はかけるな」
エルドの目がマジだった。
その気迫に押され、2人の野生児はコクコクと頷く。
「わ、わかった……」
「了解や」
エルドが深く腰を落とす。
「よし、反撃開始だ!」
ここから、本当の地獄が始まった。
「よし!撃て!」
「うりゃあ!」
「ぷぎゃら!!!」
「そこだ!ぶちかませ!」
「おりゃあ!」
「ぶびゃら!!!!!!!!」
エルドの絶妙な指示がフィールドを支配する。
2人は完全に力配分を理解して、次々に相手コートにボールを叩き込んでいった。
「ま、まってくれ!死ぬ!これ以上は死ぶへら!!!!!」
「くっ……ここまでですか」
アリアは悔しそうに唇を噛むが、ミナは完全に顔を隠して後ろを向いてしまい、シオンに至ってはしばらく立ち上がれていない。
「ピーーーッ!」
イオリの笛が高らかに響く。
「25対20!アリス様チームの勝利です!」
「「「よっしゃぁあーーー!!!」」」
抱き合って喜ぶアリスとナギ、そして何かが切れたかのようにその場で寝そべりながら喜ぶエルド。
対照的に、本当にビーチバレーをやっていたのか疑うような量の砂を浴びてボロボロのシオン達はその場に座り込んだ。
「……完敗だ。いくら僕でもゴリラには勝てない」
「誰がゴリラや!」
聞き逃さなかったナギが即座にツッコむ。
「……悔しいです。」
アリアは乱れた髪を直しながら、ため息をつく。
ミナも申し訳なさそうに縮こまった。
「すみません。私が足を引っ張ってしまいました」
「いや、あれはあっちがおかしい。気にすんな」
シオンは立ち上がり、身体についた砂をはらう。
それを聞いたアリアも連れて立ち上がる。
「そうですね。シオンさんの言う通りです。」
「ほな、シオン達が買い出しやからな!頼んだで!」
勝者であるナギが親指を立てる。
それを見たシオン達は軽く息を吐き、皆で笑い合うのだった。




